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お久しぶりです。
仕事等落ち着いたのでポチポチ続き書きますー。
【世界が軋む音】がした。
その日、その世界、その星に生きている全てのモノ達は聞いた。
それは、亡者の嘆きの声だと。
それは、龍の怒りの咆哮だと。
それは、破滅の始まりのお告げだと。
それは、死する者達への葬送曲だと。
それを聞いた人々が語る共通点は【不安を掻き立てられる音】だった。
気の弱い者は倒れ、病や怪我に伏す者は息絶えた。
生者は語り、歴史書には綴られる。
≪人≫と≪魔に名を連ねるモノ≫が対立し、血を血で洗う暗黒の時代が始まった契機は、確かにあの日の音だったと。
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それは幸か不幸か。
パールティアの東に位置する島国があった。
その島国は独自の魔法理論を確立し、ハンガーナ魔法帝国と名乗り、世界屈指の魔法国家であった。
その日は貿易の為に、パールティアにはハンガーナ魔法帝国からの使者が訪れていた。
死を運ぶ嵐の訪れに使者達は敏感に気づく。
「…会議の途中ではあるが、中断せねばならないようだ」
ハンガーナ魔法帝国次席魔法士ラオ・イーミンは威厳を湛えた髭を一撫でし、会議の席を立ちあがる。
背後に立っていた護衛の者達も顔を引き締め、これから下される命令に即応出来る様直立不動の姿勢をとる。
パールティア領主であり、アヴェーツァ家の当主であるリモネス・アヴェーツァは困惑の表情を浮かべた。
「急にどうされたというのですか?もしや、何か失礼な事でも…」
ハンガーナ魔法帝国との貿易が不調となり、最悪国交断絶となってしまっては被る被害は甚大である。
魔術師育成のノウハウ、人口魔石の輸入、最高位の魔法学院への優先入学等が消える。
冷や汗がリモネスの頬を伝う。
ラオは同様に騒めくドト王国側を凪いだ瞳で見やる。
濃厚な死を纏う魔力の塊が近づいて来ている事に気付かぬリモネス、ひいてはドト王国の者達をラオは嗤うことはない。
この気配を感じ取れるものは高位の魔術師や騎士、Sランクの冒険者ぐらいだからだ。
凡人は嵐が目の前に来て初めて理解する。
ラオにはこのままでは自分を含め全員が死ぬという確信があった。
今から自分達だけでハンガーナ魔法帝国に帰還しようにも、魔法陣を起動する時間がない。
はてさて、どう動けば最悪|自分≪ラオ≫だけでも生き残れるだろうか。
あらゆる事柄を脳内で計算。
はじき出された答えは何度計算し直しても同じであった。
ラオは髭をまた一撫でしてから柔らかな瞳を護衛達に向ける。
「お前達は帰還用魔法陣を起動準備、起動し次第即座に本国へ帰還せよ」
歴戦の猛者であり、どんな事でも動揺をしないであろう護衛達は目を見開いた。
異を唱えようとする口は長年の訓練で固く閉ざされてはいるが、目は雄弁に語っている。
それに応えるように、ふむと優しく椅子に立てかけていた魔法杖を手に取るラオ。
「何度脳内で計算しても、最適解はそれなのだ」
長年使用し続けている相棒である魔法杖に語り掛ける様な優しい口調で部下に説明を続ける。
「お前達に時間を稼いでもらい儂が本国へ帰還する可能性は0.52%である。逆に、儂が時間を稼ぎ、お前達を帰還させられる可能性は50%だ」
なんてことはない事を言うようにラオ。
その言葉に一斉に歯噛みする音が部屋に響いた。
要は「お前達では弱すぎて時間稼ぎも出来ない」と言われているも同然であり、自分達が敬愛するお方を逃がすことは愚か、逆に守られ逃げなければならないという生き恥をさらせと命令をされているのだ。
「情報は未来を切り開く為の大事な欠片である。一つ一つの情報の欠片がより良い未来へと人類を導く。生きて情報を持ち帰るのもまた重要な使命なのだよ」
ラオは今生最後であろう可愛い護衛であり、弟子たちを見遣る。
「生きる為にぐずぐずするでない!さっさと取り掛かれ!!」
号令がかかり、噛み締めすぎて口の端から血を流す護衛達は揃って最敬礼をとり、走り出す。
その背を見送り、小さく息を吐いたラオは今だ現状を理解できていないドト王国の者達に振り返る。
「ここは籠城戦は得意であろうか?」
死ぬのであれば研究し続けていたあの魔法を披露しても誰も文句は言えまい。
年甲斐もなく胸が躍る。
自分の命を賭しても勝てるか分からない戦いなんて何十年振りだろうか?
「戦いの準備をせねばならん。時間との勝負である。国籍なんぞそこらの魔物に食わせて、力を合わせて戦わねばならんぞ」
魔法杖を力強く床に叩き付け、威圧を放つ。
場の主導権を握るには手っ取り早い。
今だ青ざめた顔をしている青二才なんぞ歯牙にもかけない。
これは自分の戦い。
天災との自分の全てを賭けた戦いなのだ。