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続けて投稿。
熱い。
最初に気付いたのはそれ。
痛みを凌駕する熱量は僕の思考をチリチリと燃やしていく。
続く思考。
泣くな。
泣き虫はいつまで経っても泣き虫だ。
強く握りしめた柄に続く鋭い刃は僕を貫いていた。
強いものが弱いものの肉を食うのはこの世界の理だ。
泣くなんて獲物に対して最上級の侮辱だ。
貫かれた熱さを無視して僕は泣き虫の頬を舐めてやる。
よくぞ、僕の闇を払ってくれた。
泣き虫の周りには闇に呑まれた僕によって惨殺された死体が所狭しと並んでいる。
この惨殺は僕がやったんだね?
食べるでもなくただひたすら≪殺す≫という生産性のない思考を泣き虫が止めてくれたんだ。
僕は少しだけ誇らしい気持ちになる。
何をしてもダメで、すぐに泣いて、癇癪を起すあの弱い生き物が。
それが僕の狂気を止めてくれた。
母を、まだ見ぬ兄妹を殺された僕が喜んでいいのかは分からない。
だけど、身を包んだ闇に任せての破壊衝動は理に反するということは分かる。
泣き虫が止めてくれなかったらきっと、もっと無関係な生き物に八つ当たりをしていたってことは僕にも想像できる。
良かった。
僕を止めてくれたのが、僕の友達の泣き虫で。
泣くなよ、泣き虫。
涙をいつものように舐めとってやりたいのに、舌の動きが鈍い。
違う。
全身が重苦しく、思う様に動かないんだ。
ゆっくりと頬から目尻にかけて舐めてやると、泣き虫はもっと涙を流した。
バカだな、そんなに泣いたら目玉が溶けちゃうぞ?
「ごめんなぁ…」
柄を握っていた手を放し、僕の顔を両手で撫でる。
「俺が…。…違うな、俺だけじゃない。人間が間違えているんだ。人という種族が全ての上だと奢り高ぶっているんだ。」
力が入らず、地上に横たわった僕を撫でる手は優しい。
「言葉は通じなくても分かり合えるものがあるんだ。」
降り注ぐ生暖かい水が僕の顔を叩く。
「何故人は己が欲望を優先してしまうのだろうな?」
もう視点も定まらない僕の視界には歪んだ表情の泣き虫がいる。
「俺は間違えてしまった」
震えたその言葉の意味を僕は知らない。
もっと人の言葉を勉強しておけばよかったかな。
そしたら、お前の苦しみを理解してやれたのに。
「だから次の世代には過ちを伝える。次の世代のその次にもその次にも続くように…。だが、全ては歪んでいくものだろう。
俺の子孫が俺の紡いだであろう言葉を歪んで繋いでいったのなら…」
暗い瞳が僕を捉えた。
「俺の家系はいずれこの罰を受けるだろう」
奥歯を噛み締め微笑む泣き虫の顔が僕の最後だった。
そんな顔をするなよと、舐めて慰めたいのに力が入らないや。
落ちていく意識が闇に囚われていく。
僕が言い付けを守らずに人間である泣き虫と仲良くなったから?
母はそのせいで死んだの?
僕のまだ見ぬ弟妹も死んだの?
でも僕は泣き虫を恨みたくないや。
あいつは僕の兄弟みたいなものでさ。
泣いてるあいつをさ…。
独りにさ…。
したくないんだ…。
ーーーーーーー
弱弱しく血に塗れた手を舐めてくれた舌が止まった。
同時に俺も柔らかな毛並みを撫でる手を止めた。
「う…ぐぅ…」
人間のエゴに純粋なお前を巻き込んでしまった。
お前の優しさが俺を今生かしてくれている。
最後の一瞬、お前が止まらなければ死んでいたのは俺だ。
出会った時に、食い殺してくれれば良かったのに。
食って欲しくて何度もお前に会いに行った。
なのに、お前は俺を元気づけようとしてくれたよな。
その瞳に俺は何度も何度も救われた。
大事な、大好きな俺の親友。
心の中で何かが砕けた。
人として欠けてはいけない何かが砕けたと気付く。
同時に左目に痛みが走り、血が滴る。
「またな」
まだ生暖かい友の口に口づけをした。
左目が痛い。
そんなことなど気にも止めず、俺はこれからについて思いをはせる。
さぁ、魔が勝つか、人類が勝つのか。
楽しい遊びを始めよう。
大事な友人とその母上の姿を残さねば。
立ち上がり空を見上げる。
「世界はこんなに綺麗で、汚いモノだったのだな」
皮肉を言っても応えるモノはない。
だが今の俺は分かる。応えなくても聞いているモノの存在が。
年末年始。
貴方は幸せな一年だったかい?