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静かにメイドがお茶の準備をする。
手慣れたようにあっという間にテーブルの上にはお茶の準備が完了していた。
無駄のない鮮やかな手際だった。
ケタは手を振り、人払いをすると応接間からは僕とケタ以外の人間は出ていった。
久しぶりに会ったケタは商人として大成していた。
落ち着いた所作を見れば、貴族のそれと大差ない様に思う。
と言っても、貴族と付き合いとかないので想像上の貴族ではあるが。
「貰った情報料を元手に商売を始めたら、あれよあれよと上手くいって。
まさかこんな上等な服を着て、デカい家に住んでってなるとは思わなかったす、へへ」
はにかみながらもソファーに座っているケタ。
互いに淹れられた紅茶に口をつけ唇を湿らせる。
僕は言葉を紡ぐ。
「俺が頼んでいた情報は手に入ったのか?
いや、それよりも俺の従魔であるユーリの行方は知っているのか?」
いつもの癖で懐から金を出そうとすると、ケタは手で制する。
「情報料は要らないっす!ただ行方は予想がつくっす」
真剣な眼差しで胸ポケットから紙を取り出す。
その紙は地図だったようで、カップを脇に寄せ広げた。
「今俺っち達がいるのがここペルケウ。ペルケウから更に北に馬車で1週間の所にパールティアという第二大陸で
一番栄えている都市があるっす」
ケタの指が地図の上を滑っていく。
指につられ僕の視線も移動していく。
「パールティアには昔広大な森が広がっていたと言われてるっす。
資源の宝庫である森は少しずつ開拓され、順調にパールティアは力をつけていったっす。
そして、その当時のパールティアをおさめていたアヴェーツァ家侯爵は自分の家の力を示す為に次期当主である長男に森に住む魔獣討伐を命令したっす。
次期当主のルドウェル・アヴェーティアは見事魔獣討伐を遂行し、当主の座を揺るぎないモノにしたっす。
討伐された魔獣は」
「もういい」
既に百合子さんの妻子が辿った運命は百合子さんから聞いている。
それ以上聞きたくもなかったのでケタの言葉を遮る。
ケタは首を竦め、苦笑交じりにパールティアの位置を指差す。
「ここまで普通の馬車なら10日、早馬を乗り継いでも5日はかかるっす。
体調が万全なあんたなら1日でいけるんじゃないっすか?
とりあえず今日は風呂に入って、寝て休んで下さいっす」
ケタが手を叩くと扉からわらわらとメイドが入ってきて、僕を客間に案内する。
客室も大きく、備え付けられた浴室やトイレなど何もかもが今まで寝泊まりした宿屋より豪華だった。
風呂の手伝いをしてこようとするメイド達を威圧して全員追い出し、ゆっくりと風呂を頂いた。
汚れを落とし、さっぱりして風呂から出るとバスローブが置いてあり元々着ていた装備品がない。
仕方なくバスローブを身に着け、客間に戻ると出来立ての食事が用意されており、致せり尽くせりだ。
疲れ切った体は食事を拒むが、無理に胃に押し込んだ。
久しぶりのフカフカなベッドに身を横たえるとあっという間に夢の世界へ飛び立った。
何故だかこの日は悪夢を見ないで深く熟睡したように思える。