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心身の疲労による覚束ない足取りで歩くアルバ。
そのアルバの歩みを止める衛兵達。
そのやり取りをしている遥か上空。
「あんよが上手、あんよが上手。ゆっくり歩きぃや。そない急がれたら物語が崩壊してまうからなぁ。」
雲の上で胡坐を掻き、下界を見下ろすマキシ。
仮面に隠れたその瞳は冷たく、弧を描く笑顔は作り物のようだった。
「あかんで魔王様。あんさんがいくら頑張ろうとも基本の物語は変えられへんのや。」
右手を緩慢に動かし、天に輝く太陽に向ける。
「わしの…いや、 の為にも変えさせるわけにはいかんのや。」
太陽を握り潰すように、掌を握りしめる。
力を込めすぎた掌からは血が滴り、地上に降り注ぐ。
その血の一滴はアルバの肩に付着。
付着した血液は意志を持っているようにアルバの耳から体内に侵入し、思考を≪先に進む≫から≪人間から情報を得る≫にシフトさせる。
「すまんなぁ…。」
皮肉でも嘲るでもなく、ただただ同情をするように口から洩れる一言。
その言葉は誰にも届くことなく風に解けて消えた。
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ペルケウという街は大きく、外周は石垣で出来ていた。
更に僕を連れてきた奴達の話によるとその石垣には強度を増す為の魔法刻印というものが施されているらしい。
よっぽどのことが無い限り街を囲う石垣は壊れることはないと言っていたが、よっぽどとはどの程度なのだろうかと少々首を傾げてしまう。
そんなことを考えていると、気付けば詰め所に着いていたようだ。
「治療をしつつ話を聞かせてもらいたいが良いだろうか?」
道中この近衛兵の隊長であると自己紹介してきたおっさんが声を掛けてきた。
門のすぐ横に作られている詰め所というには勿体ないぐらいな建物の一室に通され、木で出来た粗末な椅子に座らされた。
すぐにくたびれた白衣をきた爺さんが部屋に入ってきて、これまたくたびれた鞄から薬品や包帯を取り出し始める。
この爺さんは医者のようだ。
時間が勿体ないので頷いておく。
「有難い。では、早速なんだが…」
ごちゃごちゃとおっさん隊長が聞いてきた。
それと同時に爺さんが薬を塗ったり、包帯を巻いたりとしてくる。
結局聞きたい事とは、正体不明の何かが森林等を破壊し北上しており、その正体を見聞きしているかとのことだった。
まさかその正体が僕の相棒の百合子さんだと言えるわけもなく知らないと通そうとするが、冒険者カードに従魔登録をしているせいでその従魔は何処かと詰められた。
自由行動でのんびりさせていると答えると、しつこく追及してくる。
いい加減殺してさっさと先に向かうべきか?と苛立ち始めた頃に、おっさん隊長が部下に呼ばれ席を外した。
「あ~、治療は終わったけんども~、数日はゆっくり休まないといかんでよ~。」
おっさんが席を外してすぐに爺さんもいなくなった。
治療をされた箇所は痛みが軽減し、楽になっている。
もうさっさとずらかるか…と考えていると、おっさんが戻ってきた。
顔をしかめながら、渋々といった表情で
「時間を取らせて申し訳なかった。身元引受人が来たので、今日の所はもういい。また後日話を聞かせてもらうかもしれないが、その時はよろしく頼む。」
身元引受人に覚えがなく首を傾げそうになるが、無表情を装い頷いておく。
おっさんに先導され、詰め所から出ると目を開けているのかどうかも分からないぐらいの細目にいやらしく上がったままの口角の男が立っていた。
ダークブラウンの髪は丁寧に撫でつけられ、品の良さそうな服を着ている。
商売繁盛している商人という感じのその男に見覚えがある。
「お久しぶりでございます、アルバ様。アルバ様に似たような人が詰め所に連れていかれたと聞いたので急いで参りました。お元気そう…とは言えませんが、会えて嬉しいです。」
第一大陸で何度も会った情報屋ケタ。
いつも汚い恰好をしていたあの情報屋が、何故か小奇麗な恰好をして僕の目の前に立っている。
目で「何故?」と問いかけると、胡散臭い笑みが深くなる。
「さぁさぁ、お疲れのようですし、まずはお身体を休めましょう。私の家へお連れしてもよろしいでしょうか?」
僕にウィンクを投げかけ、おっさんに連れて行って良いか確認をとるケタ。
おっさんは頷きつつ
「また話を聞かせてもらう時は頼む。」
そう言って僕とケタを見送った。
ケタが用意したという馬車に乗せられ、ケタと向かい合う。
「何故しがない情報屋という風貌だったお前がそんな金持ちのような恰好でいるんだ?そもそも、近衛兵が気を使っているように見えたが…。」
乗るや否やすぐに問いかけるとケタは乱雑に髪を掻き毟り笑う。
「いやー、何というか…調子乗ったというか、へへへへ。」
僕が渡した情報料を元に商売をしつつ、情報を集めていたら予想以上に商売が繁盛してしまったとのこと。
今ではこの街では注目の商人だとか。
何か知らんが偉くなったんだな、うん。
「とりあえず、俺っちの家で詳しい話をさせて欲しいっす。身元引受人ということで、ちと勝手にどこかに行かれると俺っちも困るもんで…。」
苦笑しながら頭を掻くケタ。
ここまで来て騒ぎになってしまっては、我慢した分が無駄になってしまうので大人しく馬車に揺られることにした。
馬車の揺れに、ウトウトとしてしまう。
気が付くと、到着したらしく、案内されたのは豪邸と言っても差し支えない大きな屋敷だった。
無言で屋敷を見上げるとケタが少し誇らしげに
「一流の情報屋は商人に向いてるんすよ!」
と胸を張っていた。