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第5話 椿の悩み?


 椿は悩んでいた。


 何を?

 いや、ただの勘違い、自分の幼稚な妄想だとは思うのだが。


 シュウに剣術を習い始めてひと月あまり。

 今までだって、シュウの人当たりの良さとか、男女区別なく見せる思いやりや優しさとかは十分わかっていたつもりだった。

 つもりだったのだけど。

 ここへ来て剣術を習いながら見回すと、シュウは老若男女すべての人にモテモテなんだ。ただ剣術を教わってるだけなのに、みんなすごく楽しそうで、活き活きしたいい顔をしてて、で、見てるとそれはシュウが携わっているときに特に顕著になる。


 実は椿自身も。

「椿くんのこの場合は、もう少し踏み込まれた方がいいですよ」

「え、そうですか?」

「はい、少し遠慮されていますね」

「はは、わかってしまいましたか」

「そこが椿くんの良い所、優しさなのですが」

 そう言っていったん真顔になると、「このあたりです」と、かなり近いところまで踏み込んだあとに微笑んだ顔が…。

 何だかえらく色気があって、男の椿でもドキッとする。いや、椿は由利香ひとすじなので、シュウに気があるとかでは決してないのだが。


 これがあれか。

「シュウは最強天然人タラシだからね」

 と、冬里がよく言ってるあのセリフの正体か。


 で、実はそれが悩みの種なのだ。

 一番最初に『はるぶすと』の店員だったのは由利香ひとり。そしてその頃は、会計だ、経営相談だと由利香はよくシュウの部屋へ行って、夕飯までご馳走になって、そのまま寝落ちしてしまうこともあったらしい。

 笑い話のようにあっけらからんと由利香は話してくれるから、やましい事なんてなかったとは思うんだけど。

 ――でも、あれだよな、あの鞍馬さんの雰囲気。

 ほんとうに、一度も間違いはなかったのかな――


 悩み出すと、どんどん悪い方に考えてしまって、ある日とうとう由利香に聞いてしまった。けれど重く沈んだ椿の心とは裏腹に、大笑いしつつ由利香が言う。

「え? 何その被害妄想! そんなことあるわけないじゃない。だって、あの鞍馬くんよ? ぜーったいにないって、あんな朴念仁。アハハ」

「そうだよな、鞍馬さんにかぎって、だよな、あは、あはは」

「そうよお」

 と、バシン! と背中を叩かれてしまった。

 その明るい受け答えを、いつもの椿なら信じるのだが、もしかして、俺に気づかれないようにわざと明るく振る舞ってるのか? とか、ここまで来ると妄想は、もう誰にも止めようがない。



 こうなったら、と、今度はもう1人の本人に聞いてみることにした。

 隠し事出来ないように、裸の付き合いで! え?

 いやいや、この道場には汗を流すためのシャワールームの他に、なんと大浴場があるのだ。シュウはこの間の旅行で明らかになったように、なかなかの温泉好きらしい。今日も稽古の後にシャワーだけではなくて湯船にゆったりと浸かっている。

 椿もたまに大浴場を利用するから知っているのだ。

 そして今日は、都合が良いことに、中にいるのはシュウ1人だけだった。


「気持ちいいですね」

「ええ、稽古の後は特に、ですね」

 などと話しつつ、椿は心の中で自分にハッパをかける。

 今だ椿! 聞くなら今しかない!

「あの!」

「はい」

 えらく意気込んだ椿を怪訝な顔でシュウが見つめる。

「あの! 変な事を聞いて良いですか?!」

「はい」

「はい、って、え、あれ」

「何かお話しがあるのですよね」

「ええ、実は」

 と、椿は、由利香に聞いたのと同じ事をシュウに問いかける。するとシュウは、焦りも見せず笑いもせず、いつものようなポーカーフェイスで反対に椿に聞いた。

「それで、もし由利香さんと私の間に間違いがあったとしたら、椿くんはどうされるおつもりだったのですか? ご結婚を解消されるのですか?」

 これには椿の方が驚いた。

「い、いえ。俺はどんな由利香でも大好きですし、それに他のヤツらならともかく、鞍馬さんなら、仕方、ない、かと」

「仕方ない?」

「ええ、ええっと、いやあの変な意味じゃなくて、俺ですら勘違いしそうなほど、鞍馬さんって、こう、ひ、ひと」

「人タラシ、ですか」

「わ! ホントに変な意味じゃないです!」

 すると、シュウは軽く苦笑してうつむいた。

「そうですね」

 と、顔を上げてしばらく天井を見つめていたが、少し頷くと椿に向き直る。

 そんなシュウを、不思議そうに見ていた椿と目が合った途端。


「わ!」

 椿の頭にダイレクトに映像が飛び込んできた。それは『はるぶすと』が開店してからの様子。何倍速か、ものすごい早さだけれど、椿には店やシュウの部屋や、新店舗の2階リビングの様子が手に取るようにわかる。

 そこには、やましさも隠し事もない。ただ、由利香がとても楽しそうだ。シュウも、夏樹も、冬里も、そして椿も、みんな心から笑ってはしゃいで過ごしている。

 しばらくして、カラカラという音ともに映像が終わりを迎える。

「どうかなさいましたか?」

 呆然としている椿に、シュウが微笑んでみせる。

「え? いや、いまの」

「?」

 心持ち顔を傾けて微笑むシュウに、椿は、なんとなくもういいや、と言う考えが頭をよぎっていた。


「えーと。変な事聞いて、本当にすみませんでした」

「いえ、それで、椿くんはそれで本当に納得されましたか」

「はい。……あ、じゃあ、1つだけ」

 シュウは、声に出さずにしぐさで椿の言葉を促した。

「ええっと、鞍馬さんにとって、由利香との関係は、どう言うものですか?」

「由利香さんとの関係、ですか……」


 珍しく真剣な表情で、曲げた人差し指を唇にあてていたシュウが、思いついたようにつぶやいた。

「腐れ縁、ですかね」


「……、……、……、え? 腐れ、縁?」

 予想外の単語に、椿は相当長いことポカンとして、ようやく立ち直ると言葉を絞り出していた。そのあと、どうにもこらえきれずに爆笑する。

「あは、アハハハハ! 腐れ縁、ですか。こりゃいいや! アハハハ、それ、由利香に言っても良いですか?」

 すると、また苦笑いしたシュウが、今度は人差し指をすっと立てて唇に当てる。

「だめですよ。これは椿くんと私だけの秘密です」

 本当に綺麗に微笑んだシュウに見とれながら。

 椿は心の中で降参していた。


 うわあ。

 やっぱ鞍馬さんって、最強天然人タラシ、だよ。


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