ミラーハウス。鏡の向こうにご注意下さい。
スタンプカードを見る。
また、知らずのうちにスタンプが押されていた。
アクアツアーの隣の四角を見る。
次はミラーハウスに行かなければならないらしい。
これは一体何なのだろうか。
ただアトラクションを順番通りに体験するだけだ。
特に何も楽しくはないし、何か収穫があるわけでもない。
私は何のためにここへ呼ばれたのだろう。
ミラーハウスは、アクアツアーを出てすぐ横にあった。
建物の中からは、キラキラという効果音でもつきそうな、オルゴールの音が漏れている。
エメラルドグリーンの扉。
取っ手は金になっていて、ギザギザの模様が刻まれ、お洒落だ。
ドアノブをひねって扉を押す。
中は目がチカチカとしてしまうほど明るかった。
入ってすぐには少し広めの部屋があり、目の前にソファが置かれている。
そのソファの両脇に、道がそれぞれにあった。
どうやら今回はアナウンスが流れないのか、あの跳ねたような声は聞こえてこない。
どちらが正解であるかはわからないが、動くままに、右側の道へ進んだ。
上も下も、右も左も鏡。
一番はじめのカーブで、思わず立ち止まった。
何となく、気持ち悪いような感じがする。
酔っているのかもしれない。
真正面の鏡を見る。
さっきのアクアツアーでびしょびしょに濡れた少女の姿があった。
服装は、普段高校へ着ていく制服だ。
カッターシャツの上にベストを着て、紺色のスカートは膝上まで折り曲げてある。
ウサギの縫いぐるみを抱えた少女。
何の感情も浮かべない表情。
髪がボサボサなことに気付き、無意識に手が延びる。
三、四回ほど手櫛で髪をすくと、ごわごわとした毛はだいぶ落ち着いた。
気分も治まると、再び歩き出す。
所々で鏡に体当たりしてしまうことが数回あったので、鏡に手を付きながら、慎重に歩いていく。
途中にあった分かれ道で左へ曲がってしまい、ぐるぐるとまわった挙げ句、また結局元の道へ戻ってきてしまったらしい。
数分ほど時間を取られた。
疲れが出てきたのか、縫いぐるみが更に重くなる。
下を向いていた顔を上げて、先々にある鏡にうつる縫いぐるみと自分を見た。
__やはり、そうだ。
縫いぐるみが重く感じるのは、疲れからではないのかもしれない。
重くなった縫いぐるみ。
それは、明らかに大きさが変わっている。
アクアツアーの時もそうだ。
水気を絞っても変わらなかった重さ。
この縫いぐるみは、だんだんと、大きくなっているのか……?
両腕で縫いぐるみの脇を抱えるように抱くと、縫いぐるみの体が下へ垂れて、足の先が膝のあたりまできている。
そしてもうひとつ。
それを見て、思わず口が開いた。
可愛らしいウサギ、だったはずの縫いぐるみの顔。
これは、初めに私が一瞬見た顔と同じようだった。
数ヶ所、乱暴に縫い合わされたような痕のある顔。
そして体も少しだけ汚れて黒ずみはじめ、目からは赤いシミのようなものが口の辺りへ垂れている。
背筋に冷や汗が垂れる。
なんだ、これは。
頭もずきずきと痛む。
「っ……!?」
一瞬、ほんの少しだけ、何かがフラッシュバックしたような気がした。
笑い声が聞こえる。
別にホラー的な何かの笑い声というわけでもなく、楽しそうな、数人の。
「……!」
まただ。
今度は……メリーゴーランド。
その次、アクアツアー。
それから、ミラーハウス。
そのどれからも、楽しそうな笑い声。
ほんの少し、話し声も聞こえる。
痛む頭を押さえて、重く、大きくなる縫いぐるみを抱え、ミラーハウスの出口を目指した。
体のあちこちを鏡にぶつけながら、ようやく出口のような場所を見つける。
暖簾のようになっている場所をくぐり抜けると、突然暗転したように、視界が暗くなった。
外へ出たのだ。
恐る恐る、ウサギを覗き込む。
息を飲んだ。
先程のは、見間違いではなかったのか。
不気味なまま、変わっていない。
息が荒かった。
けれど、スタンプカードに書かれたアトラクションは、残り一つ__