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男とメリーさん

ーーーー「もしもし、私メリー。今、あなたの町にいるの。」

男に突然電話をかけてきたのは、かわいらしい女性の声だった。




とある町の静かな住宅街に男は住んでいた。近くに便利な交通網があるわけでも、それほどにぎやかでもないものの、安くて静かなこの土地を、男は気に入っていた。


「ううぅ…今日もつかれたぁ…早く帰って休もう…」


時刻は十時を少し過ぎた夜中。その日の仕事を終えた男は帰途に就いていた。今日も人並み以上の仕事をこなした彼だったが、少しミスをし、そのせいで遅れて帰宅していた。


「あんなヘマしなければもっと早くかえれたんだろうなぁ…」


真っ暗な住宅街のあいだで、愚痴を漏らしつつ男は足をはやめる。でもとりかえせるだけマシなミスだったんだろう、と自分を慰めたり、明日は久々の休みだ、と内心少し喜んだりしつつ歩いていると、ふと、みちばたのゴミ捨て場になにやら妙に白く小さい目立つものが捨てられていることに気づく。


「…?」


彼は疲れているのも忘れ、興味本位でその白いなにかに近づく。

それは、白を基調に水色の模様があしらわれたワンピースを着た、金髪のかわいらしい人形だった。まるで生きているような印象を受けるほど綺麗だが、あちこちがすりきれていて、よく見ると小さな傷までついている。


「…」

(長い間乱暴にされた後に捨てられたんだろうか……だとしたらなんともかわいそうな人形だな…見た目は高価な人形なのに。)


なにかモヤモヤとしたものを心に感じながら、男はひとつため息をつき、自宅へと歩き出そうとする。しかし男はすぐに足を止める。


(なんだろうか…この心に引っかかる何かは…)


男はしばらく悩んだ後、戻ってその人形を拾うと再び自宅へと急いだ。


============================================


帰宅した男は残りの仕事を終え、シャワーを浴び終えたところだった。


「ふう…さっぱりしたし飯食うか」


《リリリリリリ》


男の部屋に電話の着信音が鳴り響く。


「?……もしもしどちらさまですか?」

《もしもし、私メリー。今、あなたの町にいるの。》

「メリー…?すみません、人違いで―――」

《ガチャッ…プ―…プ―…》

「………なんだったんだ…」


不思議に思いながらも男は受話器を置く。男はしばらく考えるものの、思い当たることもないため、何かの間違いだろうと深く考えるのをやめた。

しかし、しばらくすると。


《リリリリリリ》

「…もしもし、どちらさまですか」

《私メリー。今、あなたの家の前にいるの。》

「……」

《ガチャッ…プー…プー…》

「またか…」


男は首をかしげる。男にはイタズラ電話をかけられる覚えもなければ、二度もかけてきているため間違い電話であるとも考えられなかった。


「…なんか別なことをやってわすれようかな」


そうつぶやくと男は帰り道に拾ってきた人形をそっと抱えると、二階にある自分の部屋へと向かった。


三十分後。


男の手には新品同様まで綺麗に修復された人形が抱えられていた。


「まさかここまで裁縫技術が役立つとは思わなかったな。」


男は達成感にあふれた笑みをもらした。仕事の量の割には安月給の男だからこそ、日々の生活で自然と身についた技術だった。男は綺麗になった人形を机の上に座らせると、今度こそ夕食の用意を始めた。そうしてやっと夕食の用意を終えた頃、


《リリリリリリ》


再び電話が鳴った。


「またかよ……もしもし?」

《もしもし、私メリー。今あなたの部屋の前にいるの。》

「……」

《ガチャッ…プー…プー…》

「…」


三度目の電話に男もさすがに違和感を抱き始める。何度もかかってくる電話、現在位置を告げる内容、そして、メリー、という名前。

―――それはやがて確信に変わっていった。


「これって……まさか……」


男が確信したときだった。


《リリリリリリ》

「……」

《もしもし、私メリー。今―――――――



 ―――――あ な た の う し ろ に い る の。》


背後にかすかな気配を感じ、男はゆっくりと後ろをふりむいて――――――
















――――そこにいたメリーをゆっくりと抱きしめた。


「ふぇっ……??」


状況の理解ができないメリーはそのまま硬直してしまう。


「…人間の都合で捨てられて、誰にも見向きもされないまま長い間すごしてきたんだね。とても辛かっただろう。人形ならなおさらだよ。」


そう言って男は微笑む。それを見ているメリーは何が何だかわからない、といった表情でボーっとしている。


「実は、君が来ると思って夕飯、君の分も作っておいたんだ。もし無理でなければ食べて欲しいな。あ、苦手なものがあったら言ってね。」


男はメリーを食卓へと座らせると、食べ始めた。メリーは変わらずボーっとしたまま、スープを一口、すくって飲んだ。


「………う…うぅ…ふえぇぇぇぇええ…」


飲んだスープの温かみにやっと理解が追いついたのか、泣き始めてしまうメリー。男は穏やかに話しかけた。


「つらがっだよおぉ…かなじかったよおぉ…」

「うんうん。よくがんばったよ。」

「うっ…ひっぐ…うぐ…うぅ………わたし……わたし…捨てられて…悲しく、て…ひっぐ…ずっと悲しくて…気づいたら、動けて…ぐす…………拾ってくれた…人もいたけど……うぅ…みんな、わたしが会うと…………ひっぐ……倒れ…て…死ん、じゃうし………だから、ずっと…ひっぐ……ひとりで……」


泣きじゃくるメリーを男は優しくなでる。

「…う…うぅ…ぐす……」

(俺、下手したら危なかった?  …まあ、いいか。)

「よしよし。とりあえずゆっくりでいいから落ち着こうね」

「…ぅん……うぅ…………………………………………すぅ……すぅ…すぅ…」

「あら、寝ちゃったか…。疲れてたんだろうな。まぁ、細かいことは明日でいいか。俺も寝たいし。もう夜遅いし。」


男はメリーをベッドに寝かせて毛布をかけた。


「あ、俺寝るとこ無いじゃん……いや、ソファでいいか。」


男は電気を消した。








翌日。

男はいつも通り、目覚まし時計で目を覚ます。今日は久しぶりに一日の休暇をとれたおかげで、男の起床はやや遅めだった。体を起こすと首と腰に鈍い痛みを感じた。


「痛い。寝違えたか……ていうかなんで俺ベッドで寝てないんだ?」


ベッドの方を見てみると毛布がよせられており、だれかが寝ていたことは明白だった。


「うーん……あ…」


男はそこで昨日の一部始終を思い出した。慌ててもう一度ベッドを見るが、やはり誰もいない。


「メリー?」


どことなく呼びかけてみるものの、やはり返事はない。


(夢だったのかな?)


体の痛みをこらえつつ、机の上にのせておいた人形を見る。まるで生きているかのように錯覚するほどの様相だった人形が、はっきりと分かるほど色あせ、生気を失い、ありきたりの人形になっていた。


「……」


「……………」


「…………………」


「――――あの…」

「うわっ…びっくりした。」


背後からの声に振り向くと、見た目は二十代だろうか、とても綺麗になったメリーが立っていた。着ている服装は、昨夜男が裁縫し修復したとおりのもだった。しかし男はそれにも気づかず、メリーがいきなり現れたことの不自然さも忘れて見とれてしまう。


「………」

「す、すいません。昨日はすみませんでした。そしてありがとうございました。」

「…あ、い、いや、構わないよ。ゆっくり休めた?」

「は、はいおかげで…でも、人でもない私のためにどうしてそこまで…?」


首をかしげたメリーに、男は何かを思い出すように言った。


「…自己満足みたいなものだよ。最初は、ボロボロだった君に共感してね。そしてそのあと、昨夜の君の告白を聞いて気づかされたんだ。自分も似たようなものだったんだ。」

(まぁ、メリーの方が辛かっただろうけどね)

「そうだったんですか……。」


重い空気が漂う。見かねた男はふと気になっていたことを聞いた。


「そう言えば、なんか人形の方の様子が変わってたんだけどあれどうしたの?」

「…!!………そ、それは、その…あの…」

「?」

「どうやら、わたし……あなたの守護霊みたいなものになったみたいなんです…。」

「守護霊?」

「はい…その人に対して愛情や、れ、恋慕などの強い想いを持った存在が、人間じゃない状態の時になるのが守護霊です。もうあの人形はわたしではありません。…」


話しつつも、メリーは顔が赤くなっていった。男はそれを不思議に思いながらも話を続けた。


「なるほど、そういえば、メリーは人形に取り憑いた怨霊だったんだよね。」

「……そう、です……。」

「んで、今は守護霊とやらになっていると。んで、守護霊は……って、え……………もしかして……?」

「~~~~~~~ッ!!」



メリーは顔を真っ赤にした。

男は一瞬のあいだ驚いた後、照れながらも微笑むと、彼女を抱きしめた。


「ふぇぇ……す、末永くよろしくおねがいしますぅぅ……」

「こちらこそよろしくね。」









あの日以来、男には「いつのまにか外国人の奥さんがいる」、「その奥さんが浮遊してるのを見た」などいくつかの噂が流れた。

しかし、圧倒的に一番よくきかれた噂は、「二人とも幸せそうで、仲睦まじいおしどり夫婦である」というものだった。


彼らは今でもどこかで仲良く暮らしてるという。



 

お読みいただき、ありがとうございました。

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