私にこの手を汚せというの
会える!やっと人に会える!しかも多分母さんに!(一番頼りになる)
そんな気持ちでいっぱいで、俺は煙の元に走っていった。
もう、今日は一日わけもわからない場所を歩きまわったり、熊から全力で逃げたり、肉体的にも精神的にもボロボロだった。
こんな俺を癒してくれる存在が、母さん以外にいるだろうか?いやいない!
もうこいつマザコンか?と思われても仕方ないレベルの思考で俺は全力だった、色々と。
そう言えば、俺がここまで全幅の信頼をおけるような母さんについて、まだ話したことがなかったような気がするので、少し走りながら説明をしようと思う。
鈴木 深雪ことうちの母さんは、うちのあの馬鹿親父と恋愛の末結婚したらしい。
しかし、母さんの親は結婚には大反対だったらしく、半ば駆け落ちだったようだ。
それもそのはず、うちの親父は天涯孤独で孤児だったらしく、所謂捨て子だったらしい。
それが孤児院で育ち、色んな仕事(どんな仕事かは親父は話してくれない)をして金を稼いでいたようだ。
母さんとはとある仕事で出会い、お互い惹かれ(馴れ初めは詳しくは話してくれない)恋愛が始まったようだが、実は母さんはとある良家の一人娘だったらしくいざお腹に俺が出来、挨拶に行った時なんか、殺されるところだったそうだ。
さて、ここまでだと両親の恋愛話をしただけになってしまうので、いい加減母さんのスペックの話に移ろうと思う。
まず、普段の母さんはおっとりしていてこいつ、大丈夫か?と思ってしまうような人なのだが、
何かをさせると無駄に完璧にこなしてしまう、こいつ、化物か?って思ってしまうくらいに。
一つ、例をあげよう。
――俺が小学生の頃、夏休みの自由研究の課題でうんうんうなっていたころ、まだ甘えたがりだった俺は母さんに甘えたことがある。
ここで、親によっては自分でやりなさい、とか、または親が張り切ってしまって明らかに小学生が作れる作品じゃないものが出来たりするんだが、うちの母親はそうじゃなかった。
母さんは
「じゃあ、裕ちゃんが作りたいもの、一緒に考えてあげるわね」
「うーん、僕、お金が作りたい!お金作って、ママに楽させてあげたいんだ!」
「裕ちゃん……わかったわ、ママ、頑張るわね」
その頃はまだ親父は特別な仕事をしてたらしく、あまり家に居ることが少なく、母親と二人で過ごすことが多かった俺は、それでもうちが貧乏なんだなーっと小学生ながら薄々と感じていた。
だから、その時は子供心ながら無邪気な気持ちで言っただけだったんだ。
母さんのあの時の決意なんて、ちっともわかってなかったんだ。
次の日、母さんは物凄く真剣な顔をして、偽札の作り方をネットで調べていた。
「裕ちゃん、ママ、一生懸命覚えるから、後で教えてあげるわね」
「うん!頑張って、ママ!」
そのまた次の日、母さんはなにやら何処かに電話して、俺に少し出てくる、といったきり2日帰ってこなかった。
そして、テレビでは都会で偽札が大量に出回っている、これはぱっと見は本物との見分けが全くつかない非常に巧妙な偽札だが、しかし何故かお札をよく見て光に照らすと『裕太の自由研究』という単語が浮かび上がる、という、非常に世間をなめきった偽札となっている。という報道が続いた。
そして、帰ってきた母さんはとても上機嫌で「プロに褒められちゃったわ~」とか言っていたのを覚えている。
偽札事件は、結局お札を作った犯人は捕まらなかったそうだ……
――と、まぁこの話だけだと母さんももしかして馬鹿と思われるかもしれないが、違うんだ、母さんはちょっと天然が入ってるだけで、決して馬鹿なんかじゃないんだ。少し箱入り娘なところがあって未だに世間を少し知らないようなところもあるけれど、けっしてうちのあの馬鹿親父やバカ妹と一緒にしてやらないで欲しい。
とにかく、まぁ、何が言いたかったというと母さんは何をやらせても凄いってことだ……
そんな母さんに会えば、もう、こんな状況だって一発でなんとかしてくれる!
そんなことを考えていたもんだから、俺のこのテンションも許して欲しい。
そして、とうとう火元が見えてきた俺、そして遠くから見てもわかる、あれは母さんだ。
あのおっとりしたようで優しそうな顔、それでいて実年齢が絶対バレないであろうあの見た目の若さ。
肌の美しさ、きめ細やかさ、あの黒髪ロングのキューティクルっぷり、間違いなく俺の母さんだ。
『おまえ、やっぱりマザコンやろ?なぁ、認めろや……』
「否定はしない、我が家の唯一の良心だからな」
『あ……はい……』
俺の脳はそれきり黙ったようだ、そりゃそうだろう、ぼっちで寂しかったから生み出されたであろう俺の思考、グッバイ!
俺は、ついつい嬉しくなって大声で母さんの元に走っていった
「母さ--ん!」
いきなり大声で近寄ってくる人影に、少しぎょっとしていたものの、俺とわかるや母さんは笑顔で迎えてくれた
「よかった、やっと見つけたよ!母さん!」
「お帰りなさい、裕太、遅かったわね?」
母は何処でも、マイペースだった。