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死ねない男の物語

作者: むい

 その男は死ななかった。

 ある時は首を跳ねられた。またある時は、脈打つ熱い心臓を抉り取られた。それでも、男は死ななかった。否、死ねなかったのだ。


 男は死にたかった。周りに虐げられて生きて、何をされても死ねずに、まだ生きている。男は病気のように、ずっと死にたいと思っていた。


 ある日男は、自宅に火をつけた。全身を焼かれて、男は灰になった。しかし死ねなかった。気がつくと、体が再生していた。

 次の日は首を切った。床を血で汚して貧血になっただけで、やはり死ねなかった。体に付着した血を流すついでに入水自殺を図ったが、それも徒労に終わる。

 痛いだけ。辛いだけ。苦しいだけ。死ねない。死にたい。痛い。辛い。苦しい。

 男にとっては、生きている事も、死ぬことと同じくらい苦しいことだった。完全な“死”、肉体の消滅。それこそが、男が求めて止まない光。

 男は何千、何万回と自殺未遂を繰り返した。同じ方法も何百回と繰り返した。

 渇望している。執着している。“死”という概念に、解放に。


「ああ、死にたいよ」

「誰か、誰でもいい。誰か俺を、殺しておくれ」


 ある日男は、恋をした。花のような、可憐な少女に。

 彼女は瑞々しかった。花屋の娘だ。色鮮やかな花を抱えて微笑む姿は、瑞々しい、“生”に溢れていた。

 男は苦しかった。彼女を明日も見るために、生きたい。しかし彼にとっての“生”は絶望だ。自ら絶望の奔流に身を置くのは憚られた。男はまだ解放を望んでいる。死にたい。生きたい。


「俺はどうしたらいい?」

「死にたくない。でも死にたいんだ」

「誰か俺を、助けておくれよ」


 ある日少女に、男が出来た。男が逆立ちしても、それこそ死んでも叶わないような美男子だった。少女は、彼女が大好きな花にそうするように青年に微笑みかける。男はそれを見て、絶望に打ちひしがれた。


「もう、俺は駄目だ!」

「消えたい! 消えたいんだ!」

「誰か俺を――」


 絶望的なまでに、爽やかな晴れた午後。全身を焼く絶望に掻き立てられた男は、崖から飛び降りた。何千、何万回と死のうとした男が、初めて選んだ自殺方法だ。否。初めてではない。

 崖から落下していく男は、初めてそこに“死”を見た。――自分の死を。

 自分の体が地面に叩きつけられる音はしなかった。代わりに、先程まで聞こえなかった筈の雨の音を聴いた。

 地面に落ちていた自分の死体と重なった男の意識は、薄れゆく視界で、こちらを見下ろす少女の姿をとらえた。


「馬鹿ねあなた。あの人は遠方に住んでいる私の兄よ」

「――ああ、本当に、馬鹿ね」


「私はあなたが好きだったのよ」


 少女の最後の呟きは、死にゆく男の耳には届かなかった。

 長い夢から覚めた男の意識は少女の泣き顔を捉えて、緩やかに消滅していった。
















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