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人生の夏は……

作者: 八音 都和

 自分の人生にはまだ、夏どころか春さえも来ていない。人生の春が来た、などと一瞬思いこんだ青春はもう何十年前だ?

 「サクラサク」「春が来た」など、春は合格や恋愛成就など、人生の中で何かうまくいったときに例えられる季節。夏に至ってはもっと勢力があり、ノリノリで仕事も恋愛も何もかも絶好調にうまくいっている雰囲気が伝わってくる。

 今、私には恋人や家族はいない。恋愛を人生の季節に例えるなら冬だ。しかも相当雪解けの悪い、長くて春の遠い冬を過ごしている。こう長いとただ大雪に覆われる日ばかりでなく、時にまるでかまくらの中に居るような、寒さに対しての“慣れ”という温もりを覚え、ずっとぬるめの暖冬を過ごしている感覚を覚える。

 私の周りには人生の春や夏を求めて頑張る続けている「婚活女子」が多数いる。かく言う私も少し前までそのメンバーの一員だった。婚活成功者になれば春どころか、大輪の向日葵を咲かす人生の盛夏を迎えられるものと信じて疑っていない彼女らと少し前の私。

 合コン、街コン、お見合い、紹介、さすがに結婚相談所の登録までには至らなかったが話だけは聞きに足を運んだりするなど、思いつく限りの婚活をやり尽くした。そしてそういう相手には結局巡り会うことが出来ぬまま、精根尽きた。

 本当は途中からよくわからなくなっていたのだ。いや、逆にわかってきていたのかもしれない。自分の人生における目標の一番上にあるのが結婚なのか? そうであるべきだと思い込んでいるだけなのではないかと……。

 「結婚すること」が目的であるがために、システマチックに相手を見つけることが私にとって「サクラサク」であり人生の盛夏へと繋がる道なのか?という疑問が、ハラの中で日ごとに大きくなっていった。私の周りには恋人をいとも簡単に見つける女性だっている。結婚は二の次としても、私は恋人さえつかむ手技さえ今ひとつ欠けているのだ。

 そして、ある冬の夜の合コンを最後に、あれほどまでに激しく行っていた婚活をやめた。元々必死で何かを探したり選んだりすることが苦手だった。性に合っていたわけもなく、自分が本当に望むことと真剣に向き合ってもいなかった。というかあえて本気で望むものからは目を背けてきたような気さえする。

 夢など追わず、一般的な人生を望むべきだと……。

婚活をやめた今、暖冬のまま一生を終わらせるわけにはいかない。自分にとって人生の夏が本当は何なのか真っ直ぐに見つめよう。自分だけの大きな向日葵を咲かせる夏にたどり着こう。土の下からゆっくりと芽を出し、暖かい陽を浴びながら春を迎え、一気に大輪の花咲かす盛夏を迎えよう。

 何がそれにあたるのか、もう分かっているのでしょう。本気の人生のお楽しみはまだまだこの後に残っている。想像するとホコホコと胸が躍り出す。何年か後の夏、私の人生にも草木が生い茂げ、カンカンに太陽が照りつける盛夏がきていることだろう。

 だって、かつて向か側で酒をのむ男たちに向けていた私の目は、今は本当に望む幸せの形をまぶたの裏に映しだしているのだもの。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 生々しいながらも、生き生きとした希望。 そんなものが感じられる一片でした。 [一言] 個人的には、これぐらい割り切った女性のほうが魅力的に見えたりするのです。男からは。笑
2014/02/08 23:43 退会済み
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