story2
ファーストフードの二階、隅にある四人席を一人で占領している当摩はラッピングぺーパーで包んだハンバーガーにかぶりつきながらパソコン画面を見ていた。
会社から出た後、当摩は国立図書館に向かい定期調査の人物を調べていった。
国立図書館はこれまで出版された書物や新聞等、全て保存しており調べ物をするのは勿論、探偵等が目的の情報を収集するにはもってこいの施設である。
生憎、夜7時に閉まるためある程度の文献のコピーを取り現時刻の9時までここでまとめていた。
ファーストフードの食事は金がかかるから好んでは行かない当摩だが、冷蔵庫が空なのを思い出すと渋々ながらも入ったのである。
よく考えれば8時になれば大体のスーパーの惣菜コーナーでは半額シールが貼られる時間だったのに、と頭の隅で後悔しながらスクロールバーを下に下ろしていく。
定期調査やその他の結果は調査報告書としてまとめる。だが元々このような事をする学校に通っている訳ではないので既に2、3ヶ月バイトを続けている当摩は未だに指摘をされる事が多い。
こうして何度か見返したりするのだが、それでも定期調査の半分以上はやり直しになることがある。
調べ上げた分の確認を済ませると、当摩はノートパソコンを閉じショルダーバッグの中に突っ込む。
傍に置いてあったクリアファイルもしまおうとして、コピーを取った一つの新聞記事に目がいく。
『矢代大学教授殺害』
見出しに大きくそう書かれたものは今から13年くらい前のものだった。
そうだ。この辺じゃ珍しいカタカナの苗字がリストに載っていたからその情報を見るために印刷したんだった。
『昨夜、シラヌイの矢代大学で教授として務めていた男性が殺害されていたのが発見された。』
所詮は他人事だ、とストローを口に加え上下に弄びながら当摩は更に読み進める。
『殺害されたのは単身でシラヌイに住在中だったレン・カーネーション(31)さんで──』
「……カーネーション」
当摩はその苗字を指でなぞる。
彼が探している調査対象の苗字と同じであり、その名前は少し読み進めた場所に書かれていた。
『更に、連れてきていた息子のリイン・カーネーション(6)の行方が分かっておらず──……』
この新聞が13年前のものなので、生きていれば当摩と同じ19歳である。
ただ、既に調査は打ち切られているようでこれ以降の新聞や雑誌に彼の名前が載る事が少なくなり、ここ数年で完全にその名前は消えていた。
調査対象にあるのはこのリインだが、13年も前に消息不明のため書ける事は限られてしまう。
その場合にはただ一言、書くだけで済まされる。
『調査不可』
自身で打ち込んだ文字を思い出した当摩はどこか片隅で不快感を覚え、ファイルを乱暴にしまう。
そしてショルダーバッグを持つとラッピングペーパーと空のコップを握りつぶしゴミ箱に突っ込む。
──今日はもう帰って寝てしまおう。
自分に言い聞かせると彼はファーストフードを出ていった。
夜の姿をさらけ出すダウンタウンには、既に昼とは違う人々で溢れ帰っている。
仕事帰りのビジネスマンの中に露出の高い女が客を入れようと媚びる姿がちらほら見え、思わず眉を寄せる。
駅に向かって歩けば、既にアルコールが入っているのか顔を赤くした中年小太りの男に肩をかけて歩く、これも酔っ払った男と至近距離ですれ違う。
酒とニンニクの悪臭が鼻につき当摩の機嫌は斜め45度に傾いていく。
様々な臭いに揉まれながらも、止まっている路面電車に何とか乗り込むと向かいの席に腰を下ろした。
幸いにも電車の中に人はさほどいない。
暫くして電車のドアが閉まり、ゆっくりと走り出す。
煌びやかに輝くダウンタウンの光が過ぎて行くのをぼんやりと見ながら当摩はようやく帰路についた。
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当摩が電車から降りた途端に、珍しく雨が降ってきた。
しかも言葉の通り、バケツをひっくり返したような激しい豪雨である。
走ってマンションに向かったものの全身ずぶ濡れになってしまった。
最悪だ、と大きく悪態をつきパーカーの下から突っ込んでいたショルダーバッグを出し無事を確認する。
死守したそれは、表面は少しばかり濡れてしまったが中は無事のようだ。
肌にまとわりつく濡れた衣服を少しでも早く脱ぎたくて仕方のない当摩は早歩きで玄関の前に向かう。
そしてパーカーのポケットから鍵を出そうとして──固まる。
ショルダーバッグをドアノブにかけ、自身の身体をくまなく探るが鍵の感触が全くない。
落としたか、とため息をついた時につい先刻の記憶が蘇る。
そういえば……ここに来る途中で雨が地面に激しく当たる音とは別の、コインが落ちるような音がした気が……。
「あの時か」
こういう時、聴力が上がる魔道具を身につけててよかったと思う反面に取りにいかなければならない倦怠感に襲われる。
しかし大方の場所が分かったなら仕方がない。
当摩はポストにショルダーバッグを無理矢理押し込む。
ドアの向こうからゴトン、と鈍い音がしたのを確認するとエレベーターに乗り再び雨の中に飛び出した。
バシャバシャと足が地面につく度に水が音をたてて大きく跳ねる。
ダウンタウンから少し離れた場所にあるここは向こうに比べてかなり静かで少し寂れた雰囲気を漂わせていた。
ここら辺だったはず、と一旦走る足を止めて当摩は辺りを見回す。
ちょうどマンションやアパートが建ち並ぶ通りだ。
地面を睨み回していたが、数メートル離れたアスファルトの上に星のような形をしたキーホルダーが落ちているのが見えた。
鍵につけている物だと確信すると当摩は走り出した。
ただ、彼は鍵に集中しすぎていた。
裏路地と、ちょうどT字路にあたる場所に鍵は落ちていた。
鍵を取ろうと勢いを殺さないまま当摩はそれに手を伸ばす。
──その視界の端に、赤い靴が水しぶきを上げて地面に着くのが見えた。
顔をそちらに向けた瞬間──衝撃と共に地面を転がった。
「!?」
驚きながらも右手に鍵の感触があるのを確認しながら当摩は身体を起こし、鳩尾にある重たいものを見る。
飛び込んできたのはうつ伏せの、白く長い髪を濡らした小柄な身体。
数秒の間それを見て、ようやくそれが少女だと頭が認識する。
呻きながら当摩の腹に手をついて少女が身体を起こした。
乱れた白髪を手で掻き分け、その顔を上げる。
少女の、血で濡れたような鮮やかで大きな赤い眼と目が合う。
伏せ気味の白いまつ毛を見開いて当摩の目を見つめ返す。
暫く雨音がその場を支配していたが、やがて少女が口を開く。
「ウサギ……?」
いや配色的にウサギはお前だろ、と言いかける口をは慌てて塞ぐ。
パーカーが兎を模しているのと、目の色も相まってそう言ったんだろうと当摩は解釈する。
「た……助け……」
少女がずぶ濡れの身体を震わせながらパーカーを掴んでくる。
唐突に助けを請ってくる少女に困惑していると、裏路地の方から複数人の足音が聞こえてきた。
鍵を、今度は落とさないようにズボンのポケットに突っ込むと少女を抱いて立ち上がる。
程なくして四人の男と対峙した。
四人とも黒いスーツに身を包みゴーグルをかけ、髪を7対3に分けている。
その様は例えるなら──……。
「アンタ達どこのエージェントだっ!!」
当摩が雨音を遮るほどの声量で目を見開き叫んだ。
どこぞの仮想現実と現実を行き来しながら、人類をコンピュータの支配から解放する戦いに身を投じる話に出てくる奴らだ、全く。
この時、男たちは勿論だが少女までもが当摩を凝視していたのは言うまでもない。
そして再び、雨音がその場を支配した。