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15. 勿忘草の涙

 女から告げられた事実にマツホは、しばらく動くことができなかった。


「……ご両親は?」

「……二年前に、二人共死にました」

「なぜ?」

「父は事故です。木を切っている時に、倒れてきた木の下敷きになって……母はその後、病気で」

「……そう」


 二人の間に沈黙が降りた。

 俯いて肩を震わせているマツホを女はじっと見つめて、テーブルの上の手紙に視線を移す。


「ご両親のお墓はあるの?」

「……家の横に」

「挨拶していいかしら?」

「……」


 マツホが涙目のままで頷くと、女は立ち上がって外へ出て行った。マツホも後を追おうとして、咄嗟に玄関横の棚に置いてあった物を手に掴んだ。

 それは、生前父が使っていた小型の銃だった。元々は観賞用として扱われていたらしく、様々な装飾が施されている。時折森に現れる熊や動物から身を守る護身用として森に出る時は持ち歩いていた。

 父の形見であるそれをじっと見下ろして胸に抱く。兄の死を知らされて、マツホは叫びたい衝動をなんとか我慢していた。しかし、しっかりしなければと気を強く持つ。少しだけ落ち着いたような気がして、マツホは形見を抱いたまま外へ出た。

 女は家の横の両親の墓の前にしゃがんでいた。木でできた十字架には、朝にマツホが置いた造花がある。


「ごめんなさいね。供える花もなくて」


 女は振り返らないまま変わらない口調で言った。マツホは何も言わずにその背中を見つめる。

 今日初めて会った彼女だが、その落ち着いた態度がマツホの心に棘を刺す。兄からの手紙では、とても素敵な女性だと書かれていた。ほとんど惚気のような内容だったが、兄がどれだけ彼女のことを好いていたのかが伝わってきた。

 確かに綺麗な女性だとマツホは思ったが、まるでムロに興味のないような淡々としているその様子が、マツホには不可解だった。

 彼女は兄を愛してはいなかったのだろうか。

 愛していなかったのなら、なぜ遠く離れたこの街にわざわざ手紙を届けにきたのか。

 マツホは頭の中でそんなことをぐるぐると考え続けていた。考えれば考えるほど、頭の中は混乱してきて答えは渦の中に消えてしまう。


「兄は」


 マツホの言葉に女は振り向いた。


「兄は、いつ、病気で死んだんですか?」

「……一年前、くらいかしら」


 女はぽつり、と呟く。


「あたしが、殺したの」


 その言葉が耳に入って来た瞬間、マツホの体を冷たい感覚が走る。


「……どういう、こと……ですか?」


 女の言葉の意味がわからず、マツホは震える声でそれだけを絞り出した。


「そのままの意味よ」


 女の声は冷たい。


「……兄は、病気で死んだんじゃないんですか?」

「あたしが殺したの」

「嘘……」

「こんな嘘をついて、あたしに何か得がある?」

「だ、だって……! だって……手紙に書いてあったもの! 兄は、あなたと一緒に暮らしていて、幸せだって、書いてあった! いつか街に帰って来て、両親にも会わせるからって、書いてあったもの!」


 叫ぶようにしてマツホは首を振った。


「さっき、兄は病気になったって……言ったじゃないですか。兄は、病気で死んだんでしょう? そうなんでしょう!?」

「確かに、ムロは病気になった。でも、あたしが殺したの」

「……どうして?」


 女は押し黙った。


「どうして……どうしてよ! 兄は、どうして恋人だったあなたに殺されなきゃいけないのよ! 兄が、兄が何をしたって言うのよ!」


 掴みかからんばかりの勢いで捲し立てるマツホを、女は黙って見つめていた。その目は一切ぶれずにマツホを見つめ続ける。

 両親の墓の前で、こんなのはもうたくさんだ。

 マツホの目が、みるみる怒りで染まる。胸に抱いていた銃を握り、女の背中に向けた。マツホは、震える手で撃鉄を起こす。カチリ、と予想外に軽い音がした。墓の前にしゃがんでいた女は立ち上がってマツホに向き直った。


「なによ……あんた、なんのつもりなのよ」


 銃を向けられていることに女が驚いた様子はなかった。


「どうして……どうして兄さんを殺したの……」


 女は答えず、じっと銃口を見つめる。


「答えなさいよ!」


 激昂するマツホを、冷めた目で見返す女は黙したまま動かなかった。マツホが引き金を引こうと指に力を込める。


「だめ!」


 女の前に、割り込んできた者がいた。

 それは小さな少女だった。

 突然のことに、女もマツホも驚いて、割り込んできた見知らぬ少女に目を見張る。そこでマツホは咄嗟に銃口を下げた。しかし、引き金を引こうとしていた指は意思に反して止まらず、そのまま引き金を引いてしまった。

 乾いた破裂音が森に響いた。

 



 ウォールデンにお礼を言って家を後にしたアカメは、丘の上から街を見渡す。


「街外れの森って言ってたが」

「主、あそこだ」


 ルーパスが示す方向を見ると、確かに森の中から立ち上る煙が見えた。


「急ごう」


 その声を合図に、アカメたちは丘を駆け下りて森へと向かった。駆けて行くアカメとルーパスを必死に追うユエは、途中雪に足を取られそうになりながらも懸命に走る。


「ユエ、掴まれ」


 ケルトが差し出してきた手を掴む。


「転ぶなよ」

「うん」


 ユエはケルトの手をしっかり握って頷いた。ケルトは足枷がなくなった感覚に戸惑いながらも、久しぶりに足が軽やかに動くことに喜びを感じた。それでもスピードを出しすぎないようユエを気にしながらアカメとルーパスを追う。

 森に入ると、煙は確認できなくなったが、代わりに雪の上に残された足跡を見つけてそれを辿る。複数の足跡で雪が踏み固められ、小さな道ができ上がっていた。まっすぐ森の奥へ続いているその道を辿って行くと、やがて小さな家が見えてきた。そこで、ユエは家の横に立つ二人を見つけた。一人は知らない人だったがもう一人はかつて自分を助けてくれた魔女だとわかった。

 やっと会えた、と一同の顔が緩む。だが、少女が魔女に向けている物を見て顔色を変えた。

 ユエは、それに見覚えがあった。

 旅の途中、立ち寄った街の店で見かけた物と一緒だった。その時はそれが何かわからずに見つめていると、ルーパスがやってきて、


「それは銃だぞ、娘」


 と言ってきたので、ユエは首を傾げてそれは何か尋ねた。


「人や動物を殺す道具だ」


 物騒な言葉に、ユエは慌てて商品から離れたのだった。

 その人を殺す道具が、今魔女に向けられている。

 ユエは咄嗟に駆け出していた。背後からアカメが呼ぶ声が聞こえたが構わず一直線に魔女の元へ駆ける。

 そして、


「だめ!」


 ユエは少女の前に両手を広げて立ち塞がった。背中に魔女を庇って、その場にしっかり立つ。驚いたように目を見開く少女は、銃を下ろそうとした。

 止めてくれるのかとユエが安堵した時、大きな音がして体に衝撃が走る。

 脇腹を貫いた衝撃はユエの体を突き飛ばした。遅れてやってきた熱を帯びた痛みに視界が眩む。

 遠くからアカメの声が耳に入ったが、ユアはそのまま意識を手放した。




 初めて銃を撃ったマツホには、何が起こっているのかわからなかった。頭の中が真っ白になったまま、目の前の光景に呆然と立ち尽くす。小さなその体から吹き出した赤い液体が、真っ白な雪の上に飛び散って赤い花を咲かせる。傾いた体はそのまま雪の上に倒れ、雪煙を上げた。


「ユエ!!」


 叫んで駆け寄って来たアカメが、雪の上に倒れて動かないユエを抱き上げる。


「ユエ、おい……! ユエ!」


 気を失っているのか、目を閉じて動かないユエに必死で呼びかけるが反応は無い。そうしている内にもユエの体からは血が流れ、真っ白な雪が赤く染まっていく。


「ケルト! タオル貸してくれ!」

「え、あ……」

「早く!」


 離れた場所で呆然と立ち尽くしていたケルトはその声で我に返ると、慌ててバッグの中を漁りながら駆け寄ってきた。ルーパスが駆けて来て、マツホを睨みつけた。


「ち、違う……私、こんな……」


 銃口から立ち昇る煙を見つめて、マツホはうわ言のように呟いた。手から銃が落ち、マツホはその場に崩れ落ちるように膝をつく。

 ケルトから受け取ったタオルをユエの脇に押し当てながら、アカメは必死にユエの名を呼び続けた。


「ユエ……!」

「ア、アカメ……ユエ、どうなるの?」


 ケルトが震える声で、アカメの腕の中のユエを見つめる。アカメはそれに答えることができなかった。

 銃弾はユエの左脇腹を貫いていて、その傷からは血が溢れ出ている。止血の為に押し当てていたタオルもあっという間に真っ赤になってしまった。ユエの顔色は元々白く透き通るようだったのが、今は血の気が失せて青白く変わっていた。どうしたらいいかわからず、アカメはユエの名を呼び続ける。


「どいて」


 凛とした女の声に、アカメは顔を上げた。


「そのままじゃ、その子死ぬわよ」


 魔女は厳しい口調でそう言うと、アカメの腕からユエの体を引き離し、抱き上げた。そのままずんずんと進んで、マツホの目の前に立つ。


「部屋を貸してちょうだい」

「え……?」

「あんたが殺したいのは、あたしでしょ? この子は関係ないわ。治療をさせて、ここじゃ何もできない。あたしを殺すなら、その後で好きにしていい」

「ち、治療って……」

「ムロの仕事を忘れたの?」


 魔女はマツホを睨みつけた。もう一度、強い口調で告げる。


「部屋を貸してちょうだい」


 


 マツホの部屋のベッドにユエを寝かせると、魔女はコートのポケットから筒状に丸められた布を取り出した。紐を解いて布を広げると、中には銀色のメスや針、ハサミ等の医療用の道具が並んでいた。魔女はコートを脱ぐと、ハサミでユエの服を切り、傷が見えやすいようにする。テキパキと処置をし始めた魔女を、ただ見ていることしかできないアカメは唇を噛みしめる。

 その時、ケルトが泣きだしそうな顔でアカメのコートを掴んだ。


「アカメ……ユエは……」


 アカメは気を落ち着かせてケルトの頭を撫でる。


「ユエは大丈夫だから、な?」


 ケルトは無言で頷いて、アカメに抱きついた。泣くまいとしているのか、腕に力を込めているケルトの頭を撫でながら、部屋の入口に立っているマツホを見る。ルーパスが未だに警戒の目を向けているのもあって、怖くて部屋に入れないようだった。


「部屋を貸してくれて、ありがとう」


 お礼を言われると思っていなかったマツホは、戸惑いを見せて視線を泳がせた。


「なんで……だって、私、その子を」

「事故だ、あんたはユエを殺そうとしたわけじゃない」


 アカメは自分にも言い聞かせるように呟くと、治療をしている魔女の背中を見た。

 コートを脱いで髪を括った彼女の首筋には、青痣のような痕が残っている。袖を捲くって露出した腕にも、その痕が見られた。


「あの……」

「話しかけないで。気が散るわ」


 切り捨てるように言われ、アカメは口を噤む。

 しばらくして、処置を終えた魔女はユエの体に包帯を巻いて固定すると、額の汗を手の甲で拭って、ふぅと息をついた。


「この街に医者はいるの?」


 言われてマツホは肩をビクッと震わせた。


「いるの?」


 黙っているマツホに苛立った様子で魔女が再度尋ねると、マツホは頷いた。


「そう。大丈夫だとは思うけど、状態が変わったら医者に診せなさい」


 アカメに向いてそう言うと、魔女は道具をしまってコートのポケットに入れた。括っていた髪を解き、指で軽く梳く。


「あの」


 アカメが声をかける。


「モアさんに、あんたのことを聞いてここに来た」


 モアの名前を出すと、魔女は嫌そうに顔を顰めた。


「あいつ……あんたたちなんでモアのこと――」

「この子が、あんたに聞かれたことを覚えてたんだ」


 アカメはそう言って未だアカメに抱きついているケルトの頭を撫でた。魔女は忌々しげに唇を噛む。


「あいつに、いらないことを聞いてないでしょうね?」

「えっと……」


 アカメが答えに困っていると、魔女はため息をついてアカメの前に立つ。


「覚えがあるわ」

「え?」

「そこで寝てる子も、その子も、あんたも……覚えがあるわ。わざわざこんなところまで何をしに来たの?」


 アカメを見上げて魔女は鋭い調子で問う。


「……あんたを追いかけてきた」

「あたしに恨みごとの一つでも言いに来た?」

「いや、違う」


 アカメがきっぱりと否定すると、魔女は訝しげな視線を向けたまま、無言で先を促す。


「モアさんに、聞いた。あんたが、どうやってあの薬を作ったのか。あんたの恋人のことも」


 魔女は舌打ちをする。


「あいつ……話さなきゃよかったわ」

「失礼だが、そこの人はあんたの恋人の家族なんじゃないのか?」


 魔女は答えない。


「その人が、どうしてあんたを殺そうとするんだ? 俺が聞いたことは全てじゃないかもしれないが、殺される理由があるとは思えない」

「……どういう意味、ですか?」


 困惑した様子のマツホに、アカメは視線を向けた。


「彼女に、何を言われた?」

「……私の兄を、殺したって」


 アカメは再び魔女に向く。


「あんた、どういうつもりなんだ?」

「……あたしの勝手」

「嘘を言って彼女に殺させて、それであんたは満足なのか?」

「年上に説教する気?」


 睨み合う二人に場の緊張が高まる中、


「その辺りにしておけ」


 不意に口を開いたルーパスに、魔女とマツホがギョッとする。

 アカメは、ケルトが肩を震わせてニットパーカーの裾を掴んでいるのに気付いた。しゃがんで顔を覗き込むと、血が滲むほど唇を噛みしめて泣くまいと耐えていたのだ。


「ケルト」

「……ユエは……ユエは助かるんだよな?」


 魔女は目を細めてケルトを見下ろす。


「状態が悪化しなければね」

「……助けてよ。あんた、俺たちのこと助けてくれたじゃん……ユエのこと、助けてよ……!」


 そう言うと、ケルトは涙を溢れさせ、声を上げて泣き始めた。アカメはケルトの頭を撫でて抱き寄せる。


「あたしは無責任なことは言わない。あたしが今できることはした。あとはこの子の体ががんばってくれるかどうか」


 魔女はそう言ってコートを持って部屋を出て行こうとした。その腕をマツホが掴んだ。


「……何?」

「本当のことを、教えて下さい」


 マツホは魔女の目を見つめて、頭を下げた。


「お願いします! 私に言ったことが嘘なら、本当のことを教えて下さい!」

「……嘘じゃないわ」

「それは本当に真実か?」


 ルーパスが二人に口を挟んだ。


「我らがモアという女から聞いた話と、お前がそこの娘の兄を殺したという言い分には矛盾がある」

「モアが嘘を教えたとは考えないの?」

「その可能性もある。だが、お前の言い分をきちんと聞いたわけではないから、判断はできん」

「……随分、人間臭い狼ね」


 ため息をついて、魔女はマツホの手を振り払った。


「わかったわよ。話すから」


 そう言ってリビングへ行ってしまった魔女の背中を見送って、マツホはアカメたちに声をかける。


「あの、よかったらリビングへ」

「……あぁ。ほら、ケルト、行こう」

「……うん」

「我はここにいよう」


 言ってユエの傍らに腰を下ろしたルーパスに、アカメは手を伸ばして頭を撫でた。


「話なら、ここからでも聞こえる。娘が起きたら教えよう」

「あぁ、頼むな」


 そう言い残して、アカメはユエとルーパスを残して部屋を出た。リビングのテーブルセットに、魔女とマツホ、アカメとケルトが向かい合って座る。マツホは魔女にお湯を絞ったタオルを渡した。魔女は受け取って手についた血を拭き取る。


「……すみませんでした、あなたたちを巻き込んでしまって」


 席につくと、開口一番マツホは謝罪を口にする。


「……私は、マツホって言います。えっと、あなたたちは?」

「俺はアカメ。こっちはケルト。さっきの子はユエで狼はルーパス」


 名を名乗って、アカメは魔女を見た。


「そういえば、俺たちはあんたの名前を知らない」

「……」


 魔女は何も言わない。血を拭き終ってテーブルにタオルを置くと、腕を組んだ。


「……リズよ」


 名前を聞けたことでアカメは顔を綻ばせた。


「やっと名前を聞けた」

「あの……アカメさんたちはどうしてこの街へ?」


 マツホに尋ねられ、アカメはこれまでのことを話した。

 自分がリズに助けられたこと。

 旅の途中でルーパスに出会い、そして同じようにリズに助けられたユエとケルトに出会ったこと。

 彼女を追ってここまで旅をしてきたこと。

 そして、モアにリズの過去を聞いたこと。

 見てきたこと、聞いたことをアカメはありのまま話した。その間、その場にいた三人は黙ってアカメの話に耳を傾けていた。

 アカメが話し終えると、マツホはしばらく黙ったままだったが、意を決した様子で隣のリズに問う。


「……ムロを、兄を殺したというのは、嘘なんですね?」

「さっきも言ったわ。嘘じゃないって」

「でも、今の話じゃ、兄は病気で死んだと――」

「当事者以外の言葉を信じるの?」


 リズの言葉はどこまでも素っ気ない。


「まぁ……モアが言ったことに嘘はないわ。私が話して聞かせたことと違わない」

「じゃあ――」

「あたしが、ムロを殺したことにも嘘はない」


 マツホの言葉に被せるようにリズが言った。


「あの時、あたしの体の病気は癒えたの。だから、あいつも飲めば治るはずだった。でも、あいつは飲まなかった」


 リズの目が細められる。


「あの時、あたしが無理矢理でも飲ませていれば、あいつは助かったのよ。このまま死なせてくれなんて言われて、あたしが大人しく引き下がったから、あいつは死んだの。あたしが殺したのよ」

「そんな……それは……」


 マツホは何か言おうとしたが、言葉が見つからなかったのか口を噤む。


「話を逸らすかもしれないが」


 代わりにアカメが口を挟んだ。


「あんたは、医者なのか? さっきユエを手当てしてくれた時に持っていた道具。ああいうのは医者しか持っていないと思ったんだが」


「……あたしは医者じゃない。医者だったのはムロの方。あたしはその助手として働いてた」


 アカメは納得する。


「それで、あんたたちはどうしてあたしを追って来たの? あたしに恨みごとでも言いに来た?」

「さっきも言った。それは違う」


 アカメは強い口調で否定する。


「俺も、ケルトも、ユエも、あんたに聞きたいことがあった。だから旅をしてきた」

「……何を聞きたいの?」


 アカメは隣のケルトを窺う。俯いたままで時折しゃくり上げるケルトを見て、魔女に視線を戻した。


「どうして、俺たちを助けてくれたんだ?」


 魔女は特に反応を示さなかった。


「他にも病気になった奴はいた。でも、あんたは他の奴らは助けなかった。どうして、俺たちだけが助けられたのか、その理由を知りたいんだ」

「なぜ? そんなことを知って、あんたたちに何の得があるの?」

「損得じゃないんだ」

「……大した理由じゃないわよ?」

「それでもいい」


 リズをまっすぐ見据えるアカメ。リズはしばらくその緋色の目を見つめて、やがて愛おしそうに目を細めた。


「……同じだったからよ」

「同じ?」

「その目、ムロと同じなのよ。ムロの目もそんな色をしていたわ。あんたたちのその目が何もかも諦めたような目をしていたのを見たら、ムロを思い出した、ムロの最期のあの目を思い出したの。死なせてくれって言って笑った、ね」


 魔女は目を伏せた。


「そうしたら、勝手に体が動いてたのよ、ただそれだけ。しょうもない理由でしょ? わざわざ旅をしてきたあんたたちには申し訳ないけど、助けた理由なんてそんなものだったのよ」

「……じゃあ、助けなかった人は?」

「薬だってたくさん作ったわけじゃなかったし、あたし一人で病気の人を全て助けられるわけじゃない。だから、病気の人を見つけても、知らない顔して通り過ぎるつもりだった。言っておくけど、あの薬であんたたちが助かったのだって、奇跡みたいなものなのよ。この薬の効果は、あたしの体でしか試せてなかったから、不確かな薬ばら撒くほどあたしも血迷ってなかったし……でも、ムロのこと思い出したら、できなかった。あたしの身勝手な判断と、後悔の結果、それだけよ」


 アカメもケルトも黙ったまま何も言わなかった。マツホが困った様子で視線を泳がせていると、俯いたままだったケルトが顔を上げた。


「あんたに、助けてもらった時、なんで俺なんか助けたんだって、あのまま死なせてくれたらよかったのにって思ったんだ」


 ケルトのその言葉に、リズは無言で目を伏せる。


「でも、おかげでサマサに恩返しできたし、アカメとルーパスとユエに会えたんだ。すごく楽しかった。あの時あのまま死んでたら、俺、こんな思いできなかったんだ。足枷つけたまま、あの街で、走ることもできないまま、死ぬところだった。だから、お礼を言いたかった。助けてくれて、ありがとう」


 リズは思ってもいなかった言葉に何も言えなかった。アカメが続く。


「俺も同じだ。あんたに助けてもらって、旅をしていろんな人に会ってきた。いいことばかりじゃなかったが、こうして一緒に旅をする仲間もできた。あのまま死んでいたら、絶対にわからなかったことだ。感謝してる」


 リズは目に見えて狼狽した様子でアカメとケルトを交互に見る。


「……馬鹿じゃないの? あたしは自分の都合で助けただけ。お礼を言われることなんか何もしてないのよ」

「じゃあ、さっきユエの怪我の手当てをしてくれてありがとう。俺には、銃の傷の治療なんてできなかったから、手遅れになってたかもしれない」

「……それは」

「主」


 奥からアカメを呼ぶ声がした。その声に、ケルトはすぐ立ち上がって駆けて行った。アカメも後を追う。部屋に入ると、ユエが目を開けてルーパスの頭を撫でていた。


「……アカメ、ケルト」


 二人の姿を見るとユエは笑った。その笑顔に力はなく、弱々しい。


「……大丈夫、か?」


 ケルトが恐る恐る尋ねると、ユエは頷く。


「……うん」

「ほ、本当か?」

「痛いけど……大丈夫だよ」

「そ……そっか」


 ケルトは脱力したようにその場にへたり込んで、ベッドに顔を伏せた。


「ケルト?」

「……な、なんだよ」

「泣いてるの?」

「ばっ……!」


 弾かれたように顔を上げたケルトは、涙目になっていた。


「……泣いて、ねぇし」


 そう言って、ケルトはまたベッドに顔を伏せた。


「……ねぇ、アカメ。魔女さんは?」


 言われてアカメは部屋の入口に立っていたリズを見る。


「……顔を見せてやってくれないか?」


 リズは渋々と言った様子でユエに近づいた。傍らにしゃがんでユエの顔を覗き込む。


「痛みは?」

「……魔女さんが治してくれたの?」

「手当てをしただけよ。もし痛みが酷くなったり、変な感じがしたら言いなさい。医者に診てもらった方がいいわ」

「うん……ねぇ、魔女さん」

「何?」


 ユエは微笑んで、


「ありがとう」


 と呟いた。リズは目を見開く。


「私ね、魔女さんに助けてもらった後ね、どうして私だけ助けてくれたのかなって、思っててね。村の人たちみんないなくなっちゃって、独りですごく寂しかったんだけど、アカメとルーパスが来てくれて、一緒に行こうって言ってくれたの」


 麻酔を使ってない体で痛みは相当のはずだが、ユエは尚も微笑んだまま続ける。


「一緒に旅をしてて、いろんな人に会って、ケルトにも会って、サマサにも会って、アカメにはいろんなものをたくさんもらって、ルーパスはいつも一緒にいてくれてね。怖いこともあったけど、すごく楽しかったの。だからね、私魔女さんに会ったらお礼を言おうと思ってたの」


 ベッドのシーツを掴んでいたリズの手が震えた。


「助けてくれてありがとう、魔女さん」


 ユエは言いながら、何かを握った手をリズに差し出した。リズが手を差し出すと、ユエの手がそっとその上に乗せられた。

 リズの手に置かれたのは、緋色の鉱石のペンダントだった。小さな緋色の鉱石が蝋引き紐で編んだネットで包まれ、ウッドビーズで装飾されている。


「旅してる時にね、村のおじいさんにその石をもらって、おばあさんに作り方を教わって作ったの。私、何もお礼できないから、それあげる」


 リズは掌の小さな石を見つめて、顔を伏せた。


「……魔女さん?」


 ユエが不思議そうに見つめていると、リズの肩が震えだした。


「なんで……」


 ペンダントを握りしめて、声を殺して泣いているリズの頭を、ユエはそっと撫でた。


「魔女さん、どうして泣いてるの? どこか痛いの?」


 リズは答えず、ユエに頭を撫でられながら静かに泣き続けた。

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