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14. 漆黒の魔女

 ヴァルトの街は、広大な森に面した街で、森に生えている木を使って造られた建物が並んでいる。森には常緑性の針葉樹が多いため、冬でも緑色の葉が広がっており、雪を被っていた。

 その街外れの森の中で、マツホは一人で暮らしていた。

 薄紅梅色のシャツに黒いニットカーディガンを羽織り、幾何学模様の入った深緑色のロングスカートに茶色のブーツで、栗色のショートヘアはあちこちが外側にはねている。母親譲りのくせっ毛は毎朝の手入れが大変だったが、マツホはこのくせを気に入っていた。

 街の工房で工芸品を作る仕事をしながら細々と生活しているマツホは、その日の仕事が休みになったので、部屋の掃除や洗濯などの家事に勤しんでいた。作業が一段落し、お茶を入れて休憩していると、ドアを叩く音が聞こえた。


「はい?」


 返事をして立ち上がり、マツホはドアを開けた。


「……えっと、どちら様ですか?」


 家の前に立っていたのは、黒いコートに身を包んだ二〇代と見られる女性だった。金髪は緩くウェーブがかかり、碧色の瞳がまっすぐマツホを捉えていた。女は無表情のまま、口を開いた。


「あんたが、マツホ?」

「はい、そうですけど……」


 マツホが訝しげに女を見つめる。


「あんたに渡すよう頼まれた物があるの。ムロからよ」


 ムロ、という名前にマツホの目が見開かれる。


「ムロを……兄をご存知なんですか!?」


「これを渡してほしいと頼まれたの」


 女がコートの内ポケットから取り出したのは白い封筒だった。差し出された封筒を、マツホは恐る恐る受け取る。

 旅に出ると言い残して、突然街を出て行った兄からの手紙は、これが初めてだった。どこにいて何をしているのかもわからないまま、マツホはムロの帰りを待ち続けていた。


「あ、あの……お話を聞かせてくれませんか?」

「あたしが話せることはほとんどないけど」

「構いません、お願いします!」


 僅かでも兄の手がかりが欲しい、と必死に頭を下げるマツホに、女は無表情のまま目を伏せた。


「わかったわ」

「ありがとうございます!」


 マツホはもう一度頭を下げて、女を家の中へ招き入れた。女をリビングのテーブルに促して、お茶を出す。リビングにある暖炉の薪が小さくなってきていたので新しい薪を入れると、マツホは女の向かいに座った。テーブルの上に置いた封筒をじっと見つめているマツホに、女が尋ねる。


「……開けないの?」

「あ、はい……」


 マツホは封筒の端をハサミで切ると、中から便箋を取り出して目を通し始めた。マツホの目が文字を追っている間、女は黙ってその様子を見つめていた。

 やがて、テーブルの上のお茶が冷める頃、マツホは手紙から目を離し、畳んでそっとテーブルの上に置いた。

 それからしばらく、マツホはじっと手紙を見つめたまま何も言わなかった。女も何も言わずにじっとマツホの言葉を待っていた。暖炉の薪がパチリと音を立てる。


「……手紙に、あなたのことが書いていました」

「……そう」


 マツホの言葉に、女は素っ気ない返答をする。


「兄が暮らしていた街のこと、そこでの生活や仕事のこと、あなたのこと……」

「……」

「兄は、どうなったんですか? なんでこんな手紙を、わざわざあなたに届けさせたんですか?」


 マツホが顔を上げて真剣な眼差しで女を見据える。女は無感動な目で見返すと、口を開いた。


「この辺りでは、体が変色する病気の例はある?」

「……い、いえ。聞いたことないです」

「そう。その病気はね、体の皮膚の色が変色していって、だんだん四肢や体が動かなくなって死に至るの。公式には原因もわからないし、薬も開発されていない、かかってしまったら最後の病気」


 マツホは絶望的な気持ちでその話を聞いた。そして、思い至る。


「兄は……その病気になったんですか?」

「そうよ」

「じゃあ、兄は……」


 女はマツホを冷たい目で見据えて、無表情のまま告げた。


「死んだわ」





 馬車がヴァルトの街に着いたので、アカメたちは馬車を降りて御者に礼を言い、雪がちらつく中を歩いて街へと入った。

 木造の建物が並び、統率された外観で、小高い丘の上には大きな建物が見えた。通りすがりの男に丘の上の建物について聞いてみると、この街の領主が住む家だという。ついでに、アカメはこの街で魔女が捕まったという噂について聞いてみた。


「あぁ、本当だよ。今は領主様の家に留置してるんだとさ。俺はその魔女って奴を見たことはないけどね」

「その魔女は、どうして捕まったんですか?」

「魔女だから、それだけだよ」


 首を傾げると、男が説明してくれた。


「ここから南に行ったところに街があるんだが、その街では大規模な魔女狩りが行われてたんだ。最近は縮小したみたいだが、もしこの街でも魔女を見かけたら捕まえて、南の街に引き渡してほしいって言われてるんだよ」

「南の街では、なぜそんな魔女狩りを?」

「宗教上の理由さ。南の街の人間は信仰心が強くてね。あの街の信仰では、魔女は悪なんだそうだ」

「そうですか……その捕まった魔女に会うことってできるんでしょうか?」


 そう言うと、男は怪訝そうにアカメを見た。


「魔女なんかに会ってどうするんだ? なんも面白いことなんかないぞ?」

「実は人探しをしていて。その魔女が探し人の手がかりを持っているかもしれないんです」


 その魔女が探し人かもしれないことは言わずに、アカメは説明する。


「はぁ、そうなのか。そういうことなら、領主様に言ってみればいいんじゃねぇかな」

「その領主様には、どうやって会えば?」

「どうやっても何も、屋敷に行ってドアを叩くだけさ」


 アカメはポカンとして男を見返す。


「それだけですか?」

「あぁ。小さな街だ、都会の王様みたいなもんじゃない。気さくでいい人だから、旅人さんでも会ってくれると思うぞ」


 男は笑いながらそう言うと、仕事があるからとその場を去っていった。


「主、領主とやらに会いに行くのか?」

「話を聞いてみる価値はあると思う。幸い、領主様は気軽に会ってくれる人のようだし」

 

 ルーパスの言葉に笑いながら答えて、ユエとケルトに向いた。


「二人共、疲れたか?」

「私は大丈夫だよ!」

「俺もなんともない」


 そう二人の返事が返ってくる。


「じゃあ、まずは宿を探すか」


 街の中にあった時計は、夕刻を示していた。空が曇っているので、時間の感覚が鈍くなっていた分、時計があるのは有り難い。アカメは道行く人に宿の場所を聞きながら、ユエたちを連れて宿に辿り着いた。木造二階建ての宿で、中に入ると受付にいた若い女が声をかけてきた。


「いらっしゃい、旅人さん?」

「はい。三人と一匹なんですが、泊めて頂けますか?」

「もちろんよ! 二階の部屋でいいかしら? どれくらい泊まる予定?」

「二、三日を予定しているんですが」

「わかったわ。じゃあ、代金は宿を出る時に頂くわね! ここは朝と夜のご飯は出してあげるけど、お昼は出ないから街中で済ませて頂戴ね。今日の夕食はすぐにでも食べられるから、荷物を置いてからすぐ来ても大丈夫よ。食堂はそっちの赤いドアの向こうだから。あと、トイレとお風呂はお部屋にあるから好きな時に使っていいわ。何か質問ある?」

「いえ」

「じゃあ、はい。お部屋の鍵よ。ごゆっくり」


 終始晴れやかな笑顔で手早く説明を終えた女から鍵を受け取って、アカメたちは与えられた部屋へ向かった。部屋には大きめのベッドが二つとラックがあるだけの部屋で、窓の外からは雪景色が見えた。ユエがベッドに飛び乗ってゴロゴロと転がる。


「ベッド大きいー」

「娘、せめて靴は脱いで乗ったらどうだ」

「はーい」


 言われて大人しくブーツを脱いだユエは、ベッドの上に座って部屋を見回す。

 その間にアカメは部屋の隅にバックパックを置いて、コートを脱いでその上に放る。ケルトもその隣にバッグを置いた。


「明日、領主のところに行ってみよう」

「了解だ、主」

「私とケルトも一緒に行っていいの?」

「気軽に会ってくれる人と言っていたし、いいんじゃないか?」

「やったー!」


 ユエが嬉しそうに万歳をしてそのままベッドに倒れ込んだ。それを、ルーパスは呆れたように見つめている。


「じゃあ、夕食を食べに行くか」

「うん! ルーパス行こーっ」

「わかったからそうはしゃぐな、娘」


 言いながら部屋を出て行くユエとルーパスに苦笑しながら、アカメとケルトも部屋を出て食堂へ向かった。





 次の日、朝食を済ませたユエとケルト、ルーパスは宿を出た。荷物を整理しているアカメを待つ間、太陽の光を反射してキラキラ光る雪を見つめていたユエに、ルーパスが後ろ足で雪をかけ、反撃とばかりにユエが雪玉を作ってルーパスに投げていた。その様子を呆れたように眺めているケルトに、荷物整理を終えてやって来たアカメが声をかける。


「ケルトはやらないのか?」

「いや、そこまでガキじゃねぇし……」

「子どもは遊べる内に遊んでおいた方がいいぞ?」

「こ、子ども扱いすんなよ!」


 ムキになって叫ぶケルトの頭を笑って撫でながら、アカメは雪だらけになっているユエとルーパスに声をかけた。


「もう行くぞー」

「はーい!」


 ユエは元気よく返事をして、服についた雪を払うと駆け寄ってきた。ルーパスも体を震わせて雪を払い落し、ユエの後を追った。


「見てアカメ! 手が真っ赤になった!」


 ユエが楽しそうに真っ赤に霜焼けた両手を突き出す。アカメは苦笑して、ユエの手を自分の両手で包みこんだ。


「アカメの手あったかい」

「手袋付けてないんだから、あまりやると凍傷になるぞ」

「はーい」

「ルーパスも寒くないか?」

「問題ない」


 それぞれ返事を聞いて、アカメはユエの手を離すと、マフラーを巻き直して歩き出した。ルーパスがアカメの隣を歩き、その後ろをユエとケルトがついて行く。歩いている間、赤い両手に息を吐きかけているユエを見て、ケルトは躊躇いがちに手を差し出した。


「ん」

「え? 何?」


 意味がわかっていない様子のユエにじれったくなって、ケルトはユエの手を握るとセーターのポケットに一緒に突っ込んだ。


「片手しかできないけど、そのままよりはいいだろ」

「ありがとう! あったかい!」

「……そっちの手、自分のポケットに入れとけよ」

「うん!」


 ユエが嬉しそうに笑っている顔を、ケルトは恥ずかしさのあまり直視できず、ずっと俯いて歩いた。

 領主の家は、街中の民家とさほど変わらない大きさで、入口に簡易な門がある以外は領主の家だとわからないほど質素な物だった。

 アカメが、門の脇にいた警備らしき男に声をかける。


「すみません。旅の者ですが、領主様にお会いすることはできますか?」


 男はアカメとルーパス、そして後ろのユエとケルトを見て、もう一度アカメを見た。


「お名前を窺ってよろしいですか?」

「俺はアカメ。こっちはルーパスで、そっちの女の子がユエ、男の子がケルトと言います」

「ご用件はなんでしょうか?」

「人を探して旅をしていまして、少しお尋ねしたいことがあるんです」


 アカメがそう答えると、男は、


「少々、ここでお待ち下さい」


 と言って、門の扉を開けて中へと姿を消した。

 しばらくして、ドアから男が戻ってくると、


「どうぞ、お入り下さい」


 と言って、中へ促す。アカメは礼を言ってドアを潜って中に入った。後からルーパスたちが続く。

 一面が雪に埋もれている小さな中庭を過ぎて、家の前まで来てドアをノックする。すぐにドアが開いて、中から顔を出したのは白髪に髭を生やした中年の男性だった。白いシャツに萌黄色のセーター、黒のパンツというラフな格好をしていて、アカメたちの姿を見て微笑むと中へ通した。廊下を進んでリビングに案内され、男は大きなソファに腰を下ろす。向かいのソファを手で示した。


「どうぞ」

「失礼します」


 アカメが会釈をして座ると、その右隣にユエ、ケルトが座り、ルーパスはアカメの左隣の床に腰を下ろした。


「旅人と聞きましたが、どちらからいらしたのかな?」

「ヒューゲルの街から馬車を使って」

「ほほぉ、わざわざ」


 男は興味深そうに呟いて、そこでハッと気づいたように白髪頭を掻いた。


「申し遅れた。私はこの街の領主をしているウォールデン。領主と言っても、名ばかりで大した身分ではないからあまり気負わないでほしい。君たちの名前はもう聞いている。何もない街だが、どうかゆっくりしていってほしい」

「はい、ありがとうございます」

「この街へはいつ来られたのかな?」

「昨日です」

「なるほど。ところで、人を探しているということだったが?」


 ウォールデンが尋ねると、アカメはポケットから写真を取り出して差し出した。

 もし捕まっている魔女が探している彼女なら、写真を見て反応があるはずだ、とアカメは考えていた。


「ほぉ、写真かね。懐かしい。私も昔はカメラを持ってあちこち写真を撮りに出かけていたものだ」


 懐かしむように目を細めて、ウォールデンは写真の彼女をじっと見つめる。


「その人に、見覚えはありませんか?」


 反応を期待しながら尋ねる。

 しかし、ウォールデンは髭を撫でながら、うーんと唸ってアカメに写真を返した。


「すまない。覚えがないな」


 目の前の男が嘘を言っているようには見えなかった。

 捕まったと言う魔女は彼女ではなかったのか。

 アカメは平静を装って写真を受け取る。


「そうですか……ところで、こちらに魔女が捕まっているという話を聞いたんですが」

「あぁ、彼女のことか」

「その人なら、この人のことを何か知っているかもしれないんです。よかったら、会わせてもらえないでしょうか?」

「彼女が?」


 ウォールデンは髭を撫でながらしばし考え込む。アカメたちは黙ってその答えを待っていると、ウォールデンは徐に立ち上がって、


「案内しよう。ただ、彼女が正気かどうかは少々判断しかねる。情報を得られるかはわからないよ」

「いえ、ありがとうございます」

「では、ついて来なさい」


 ウォールデンの後を追ったアカメたちは、家の地下へと続く階段を下りて、鉄でできた扉の前に案内された。


「この部屋だ。昔は物置に使っていたんだがね」

「中に入っても大丈夫ですか?」

「あぁ。拘束しているから危害を加えられることはないと思うが、気をつけるように。私は部屋に戻るから話が済んだら声をかけてくれ」

「はい、ありがとうございます。あの、一つ窺っても?」

「なにかな?」

「どうやって、魔女を捕まえたんですか?」


 するとウォールデンは複雑な表情を浮かべた。


「いや、私にも不可解なのだが……彼女は突然私のところにやってきて、自分は魔女だと名乗り出たんだよ。特に暴れる様子もなく大人しく捕まったんだ。言動は少しおかしなところもあったがね」

「そうなんですか」

「南の街との交流がある以上、そうせざるを得なかったものでね。この街にも、南の街の信仰を信じる者も出てきたし、あまり波風は立てたくない。では、また後で」


 ウォールデンが行ってしまったのを確認して、アカメは鉄の扉に手をかける。錆びた鉄の擦れる音がして、ドアが開いた。中へ入り、ドアを閉める。

 部屋の四隅にあるランタンの明かりでぼんやりとだが、部屋の中が窺えた。地上の部屋よりは少し肌寒いそこは、石造りの冷たい空気が漂っている。そんな部屋の真ん中に黒い塊があった。

 それは、全身真っ黒な服を着た女の姿だった。

 腰まで伸びた漆黒の髪はぼさぼさで、前髪に隠れてはっきりと顔を窺えない。確かに、探している彼女とは別人のようだった。足を拘束されているにも関わらず、どこか余裕を感じさせる様子で、アカメたちが入ってくると下を向いていた顔を上げたようだった。


「おや、見たことのない顔が来たねぇ」


 女は空気が抜けるような奇妙な笑い声を漏らす。

 それを聞いてユエが怯えたようにアカメにしがみついてきた。アカメは安心させるようにユエの頭を撫でた。


「あなたが、魔女ですか?」

「そうさねぇ……魔女で間違いないよ」

「……名前を窺っても?」

「あたしに名前を聞くなんて、変な奴だねぇ」


 女は奇妙な笑い声を大きくした。


「あたしはモア。そっちの名前は言わなくていいよ、興味ないからねぇ」


 モアは倒れるように横になると、そのままゴロゴロと転がってアカメたちに近づいて来た。ユエが小さく悲鳴を上げて、さらに強くアカメのコートを掴む。


「ここにはどうやって入ったんだい?」

「ウォールデンさんに通してもらいました」

「なんだい、普通に入ってきたのかぇ」


 残念そうに言うモアに、アカメは写真を差し出した。


「聞きたいことがあるんです」

「何かぇ?」

「この人を、知っていますか?」


 モアは写真とアカメを交互に見て、そしてユエ、ケルト、ルーパスを順に見た。


「痣があるね……あいつが助けたとか言ってたのは、もしかしてあんたたちかぇ?」

「あいつ?」

「その写真の奴さ」


 モアは手足の動きを制限されているとは思えない動きで起き上がる。


「どっかの街でディスカラって呼ばれてる病気になった奴を助けたとか言ってたけど、本当だったとはねぇ」

「魔女さんに会ったの?」


 ユエが思わず口を挟む。

 すると、モアの猫のような黄色い目がユエを見つめる。怯えたユエはアカメの後ろに隠れた。それを見てモアは面白そうに笑い声を上げた。


「本当さ。あんたたち、あいつを追いかけてわざわざこんなとこまで来たってのかぇ?」

「はい、そうです」

「物好きな奴もいたもんだねぇ」


 呆れたように言って、モアは体を左右に揺らす。


「あいつの居場所を知りたいのかぇ?」

「はい。よければ、教えてもらえませんか?」

「あいつに会ってどうする?」

「……聞きたいことがあるんです」

「へぇ」


 そう言ってモアはアカメをじろじろと見つめ始めた。


「あの……何か?」


 訝しげにモアに尋ねると、モアは奇妙な笑い声を上げて、


「あたしの話を聞いてくれたら、教えてあげないでもないかねぇ」

「話ですか?」

「あぁ。どうせ魔女狩りで捕まった魔女は処刑されるんだ。最期に思い出話ぐらいはさせてくれないかねぇ。あんたたちが探しているあいつにも関係する話だよ」


 アカメはルーパスと顔を見合わせ、戸惑いながらも頷いた。


「俺たちでよければ、聞かせて下さい」

「物わかりのいい兄さんでよかったよ」


 モアは笑って胡坐を組んだ。


「お座り、少し長くなる」


 言われて、アカメたちはその場に腰を下ろした。ユエはまだ怯えた様子でアカメにしがみついている。


「さて、何から話そうかねぇ」

「……あんたとその写真の人はどんな関係?」


 ケルトがそう尋ねると、モアは頷いた。


「そうさねぇ、そこから説明した方がいいかねぇ」


 少し考えるような間を置いて、モアが語りだす。


「あたしとあいつは、昔同じ修道院にいたのさ」

「修道院ってことは、聖職者だったんですか?」

「大したものじゃなかったよ。ただ、山の中の修道院だったから、薬草なんかもそこら辺に生えててねぇ。薬の研究にはもってこいの環境だったのさ。あたしとあいつはそこで薬の研究をしながら日々を過ごしていたんだよ」


 懐かしそうにモアは目を細めた。


「だけどねぇ、時代が変わると物の捉え方も変わっちまうもんでねぇ。あたしらがいた修道院の女たちはみんな魔女だと言われて魔女狩りの対象になったのさ」

「なぜそんなことに?」

「さぁねぇ。でも、あたしとあいつだけはなんとか逃げのびたんだよ。そして、どこかもわからない森を彷徨い歩いている時、師匠に出会ったのさ」

「師匠って?」


 ユエが尋ねる。


「あたしとあいつを拾って、世話をしてくれた老婆のことさ。その人は森に生えてる薬草についての知識がすごくてねぇ。あたしらは師匠って呼んで薬のことを学んでいったのさ」


 モアは落ち着きなく体を揺らし、手足の枷が床に当たって甲高い音を響かせる。


「そうしてしばらく経って、あたしもあいつも十分大人になった頃だ。師匠が死んだ。老衰で、ベッドの上で安らかに眠ったのさ。あたしとあいつで師匠を墓に入れて、あたしらは別れた。それからは、あたしがここに捕まって、あいつが会いにやって来るまで一度も会ってなかったよ」

「そうなんですか……」

「あいつがここに来た時、こんな話を聞いた。ディスカラと呼ばれた病気の薬を作ったってねぇ」


 モアがアカメたちの体の痣を見る。


「その薬を使って、旅の途中に見たディスカラの感染者を助けてきたと言っていたよ。あんたたちがそうなんだろ?」

「はい」

「その薬はねぇ、簡単にできるものじゃないのさ」


 奇妙な笑い声を上げた。


「あいつの話をしようねぇ。あいつはあたしと別れた後、村や街をふらふらして、海沿いの街に辿り着いた。そこで、一人の男と出会うのさ」


 おとぎ話でも話して聞かせるような穏やかな口調で語り始めると、モアは目を閉じた。


「どうやら、あいつはその男と恋仲になったようでねぇ。その男も旅をしていて、その街に流れ着いた奴だったらしいが、あいつは男と二人で暮らすことを決めたのさ。幸せだったんだろうねぇ、昔は修道院に入った女が恋人を持つなんて考えられなかったからねぇ」


 一瞬、モアの目が愛おしそうに細められた。


「でもね、男が病気になった、ディスカラさ。あいつは自分が持っている薬草の知識の全てを男に捧げたんだ。男の体を調べて病気の性質も調べて、それでも足りないと思ったらあいつは自分の体にディスカラを感染させた」

「!?」

「男を助けるために、自分の体を実験台にしたのさ。そうしてでき上がった薬だ。自分の体が良くなったことを確信したあいつは、男に薬を飲ませようとしたのさ。でも、男は薬を飲まなかった」

「どうして?」

「あいつは男に薬を飲んで欲しいと言ったそうだが、男は飲まなかったのさ。男は、生きることを諦めちまってたんだよ」


 ユエがアカメの服を掴む手に力を込めた。


「男は死んだ。最期にあいつは男から手紙を託されていたのさ。男には故郷に残してきた親と妹がいたそうだよ。その手紙を届けるために、あいつは旅に出た。完成した薬を持って、ディスカラが蔓延していた街を出てきたのさ」

「……そう、だったんですか」

「あいつがここに来た時にあいつから聞いた話だけどねぇ。これが全てじゃぁないとは思うが、あいつとあたしの間に嘘はなしってのが昔からの約束だからねぇ。信用はしていいと思うよ」

「彼女はなぜここに?」

「あたしが捕まったらしいと聞いて、その噂を確かめようと思ったらしいねぇ。あいつはここに来て言ったよ。なんでここに大人しく捕まってるのかってねぇ」

「お姉さん、ここ出られるの?」

「雑作もないよ」

「じゃあ、どうしてここにいるの?」

「出る気がないだけさ」


 モアは飄々と言ってのける。


「でも、あんたこのままここにいたら殺されるんだろ?」

「そうさねぇ」

「なんで、そんな風に笑ってられるんだよ」


 モアの様子は、死を前にした人間の態度とは到底思えなかった。そんなモアはケルトを見つめてニヤリと笑う。


「あんたたちと同じさ」


 アカメたちは互いに顔を見合わせた。


「目を見ればわかるよ。あんたたちも一度は生を諦めた人間だ。生きることを捨てた者の目だ。あいつが愛した男と同じ、ねぇ」


 何も言えないでいるアカメたちに、モアは首をもたげる。


「あたしも同じさ。生きるのはもう疲れちまってね」

「どうして……?」


 ユエが問うと、モアはゴロンと床に転がった。


「どうしてだろうねぇ……理由があるのかもしれないしないのかもしれないねぇ。どちらにせよ、あたしは魔女として死のうと思ってるんだよ。誰も知らない土地で野たれ死ぬよりは、誰かに見られて死ぬ方がいいと思ってねぇ」


 モアは奇妙な笑い声を上げて床を転がり始めた。


「そうそう。あいつに会いたいなら、ここを出てすぐ街外れの森に行きな。家があるそうだから、暖炉の煙でもあがってるんじゃないかねぇ」

「彼女はそこに向かったんですか?」

「さっき話した男の故郷ってのはこの街なのさ。その家に、男の家族がいるそうだからあいつはそこに行くと言ってたよ」

「そうですか……ありがとうございます、いってみます」


 アカメは立ち上がって、ユエたちを立たせる。


「何か、お礼はできませんか?」

「ないねぇ。もうすぐ死ぬ人間に礼なんて無意味だよ」

「ですが……」

「それより、急いだ方がいいかもしれないねぇ」


 モアの意味ありげな言葉にアカメは首を傾げた。


「どういう意味ですか?」

「あいつの目、同じだったんだよ」


 モアは天井を見上げて目を細めた。


「生きることを捨てた者の目だ」


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