12. 黒鳶の馬車に乗って
ケルトが魔女に教えた馬車はヒューゲルの街から北東へ向かい、村を二つ通って森に面した街へと向かうという。
ケルトの案内で同じ馬車に乗ったアカメたちは、ガタゴトと揺れを感じながら流れていく景色を眺めていた。
御者は初老の男性で、街までどれくらいかかるかと聞くと、途中の村に泊まりながら移動して、一週間ほどかかるということだった。
窓から流れる景色を楽しそうに見つめながら、ユエは隣に座るアカメに向いた。
「馬車って早いねー」
「そうだな」
「これならすぐ魔女さんに追いつくかな?」
「どうだろうな」
笑って答えるアカメにユエは窓から視線を外して席に座り直す。
馬車の中は、ベンチのような長い椅子が端に置かれ、座ると向かい合うようになっていた。10人ほどが乗れる規模で、今はアカメたち以外に客はいない。向かいに座るケルトに、ユエは声をかけた。
「ケルトはよくこういう馬車に乗るの?」
「乗らねぇよ。馬車に乗る金の余裕なんかないし、勝手に街を出ようとしたら門番に止められるんだ」
「え? じゃあ最初に会った時はどうしてあそこにいたの?」
「……抜け出したんだよ」
ケルトは頭に巻かれた包帯を掻いて、そっぽを向いた。
「貧困層におっさんがいたんだけど、死んじゃってさ。街の墓地には墓立ててもらえなくて、あの林の中の墓地に埋められてたんだ。あの日は、墓参りに行ってたんだよ」
「わざわざ抜け出してまで行くほどの間柄だったのか?」
アカメが尋ねると、ケルトは曖昧に頷く。
「なんていうか……行くところがないって言うから俺が住んでたところ……って言っても空き家を勝手に使ってただけだけど、そこに一週間ぐらい一緒に住んでた。おっさんが死んでから、俺丁度ディスカラになってて、街の外まで行く体力なくてさ。治ったんだから、一応行っといた方がいいかなって」
そう言いながら、ケルトは椅子の上で膝を抱えて足首を摩る。そこには、あの重々しい足枷はなくなっていた。
「足の方はどうだ、小僧」
ルーパスが問うと、ケルトは片足をピンと水平に伸ばしてみせた。
「なんか、軽すぎるって言うか……慣れない」
「直になれるさ。綺麗に取ってもらえてよかったな」
アカメが言うと、足を下ろしたケルトは申し訳なさそうに俯いた。
「その……ありがとう。足枷、外してくれて」
ケルトの足枷は、街を出る前に金属加工をしている店に行って外してもらったのだ。
店で加工をしていたのは頑固そうな年輩の男性で、ケルトの足枷をぱぱっと慣れた手つきで外してくれた。
「あのままじゃ、さすがに旅をするには厳しいからな」
アカメは苦笑した。
その時、アカメの肩にユエの頭がぶつかった。見ると、ユエがぼんやりした目で船を漕いでいる。
「ユエ、眠いのか?」
「うぅん……」
ユエは首を振るが、明らかに夢の中へ入りかけている。
「無理するな。ほら」
アカメが膝を叩くと、ユエはコテンと頭をアカメの膝に乗せて、すぅすぅと寝息を立て始めた。
アカメは着ていたコートを脱いで、ユエにかけてやる。
「さっきまではしゃいでいたかと思えば」
ルーパスが呆れたように呟いた。
「朝にサマサさんの手伝いをするって早起きしていたからな」
ユエはまだアカメとルーパスが寝ている内に起きて、サマサが朝食を作る手伝いをしていたのだった。
アカメは眠っているユエの頭を撫でながら、窓の外を見る。
背の低い草が一面に生えた草原の中の一本道を、一台の小さな馬車が走っていく。向かう先のずっと遠くに見える山には、雪が降っているようで真っ白な雪化粧がされていた。
「そうだ、ケルト」
「ん? 何?」
「彼女にこれから行く街のことを聞かれたと言っていたが、どんなことを言っていたか覚えているか?」
ケルトは首を捻って、記憶を探り出す。
「これから行く街、ヴァルトっていう街なんだけど、そこに行くにはどうしたらいいかとかそんな感じ。教えたらすぐいなくなってそれ以上は話してない。ただ、あの人がいなくなった後、噂を聞いたんだ」
「噂?」
アカメが首を傾げると、ケルトは半信半疑な様子で続けた。
「ヴァルトで魔女が捕まったっていう噂」
ケルトの知る限り、ヴァルトの街は山の麓で森に囲まれ、林業で栄えている。ヒューゲルの街にもヴァルトの街の木で作られた家具や雑貨が店に並んでいるのを見ることができる。ヴァルトの街の木は良質で評判もいいそうだ。
数年前までは自然神を進行する宗教を持っている街だったが、それが他の街で信仰されている宗教が入り、少し文化が変わったと聞いている。
その宗教は、一つの対象だけを正しいものだと信仰し、一つの対象を悪だとするものだった。難しい話はケルトにはわからなかったので、聞いた話をざっくりまとめるとそういうことらしい。スラムにいた口の軽い子どもからの情報なので信憑性はいまいちだが。
「その信仰の対象って言うのは?」
揺れる馬車の中でケルトの話を聞いていたアカメが尋ねると、ケルトは首を傾げる。
「なんつーか、よくわからないんだよな」
「ヒューゲルにはない信仰なのか?」
「ヒューゲルの信仰は神様一つっきりだよ。目には見えなくて、いつでもみんなを見守ってるんだって。死んだ母さんがそう言ってた。月に一回、教会に集まって祈るんだ」
母親が生きていた頃は、一緒に教会へ出かけた。母親が死んでスラムに住むようになっても、教会のシスターはケルトのことを変わらず迎えてくれた。そんなことを思い出しながら、ケルトは話を続ける。
「でも、ヴァルトに入って来たその宗教は、神様がいっぱいいるんだって」
「まぁ、珍しいことじゃないかな……そういう宗教を持ってる街には行ったことがあるよ。身の回りの物すべてに神様が宿ってるって考えを持ってるところもあったし」
「うわぁ、それちょっと怖い」
ケルトの反応に、アカメが小さく笑う。膝のユエが唸ったのでその背中をアカメの手が摩った。
「いや、でも、それはちょっと違うんだ。生まれて、死んで……また生まれるんだって」
「生まれ変わりって奴か」
「あぁ、そういうのだったかも。神様は人の姿で何度も生まれてくるんだって」
拙い記憶を辿ってケルトは曖昧に頷いた。
「その神様が信仰の対象か。じゃあ、生まれ変わりだっていう人に祈りをささげるのか?」
「たぶん? 俺はその街行ったことないし、ヴァルトにも行ったことないから、実際はどうなのかわかんないけど」
「人間は同じ人間を崇めるのか?」
ルーパスが心底不思議そうに尋ねた。アカメは苦笑する。
「そう言うものなんだよ、人間って言うのはな」
「そうなのか、よくわからんな」
馬車がガタリ、と揺れた。ユエが起きたかもしれないとアカメは顔を覗き込むが、幸いまだ夢の中のようだ。
「それで、悪の対象っていうのは何なんだ?」
「言葉しか知らないから、それがどんな人かっていうのはわからないけど」
「うん?」
「……魔女、なんだって」
アカメとルーパスが顔を見合わせる。ケルトは気まずく思いながら頭を掻いた。
「あんたらがあの人を……魔女を探してるって聞いて、それまであの人が魔女だなんて言われてるの知らなかったから……ヴァルトで魔女が捕まったって噂聞いたの、言おうか迷ってたんだけど」
「いや、俺たちも彼女がその宗教で言うところの魔女かどうかは知らないんだ。ただ、ユエが名前を聞いた時、彼女が自分のことを魔女だと名乗ったらしいから」
「じゃあ、本当の名前は知らないのか?」
「あぁ。もしかしたら、彼女の住んでいたところでは魔女はまた別の意味を持っているのかもしれないが」
「どちらにせよ、行って確認しないことにはわからぬのだろう」
ルーパスの言葉にアカメは頷いた。
「そうだな。もし違う人だったとしても、何か知っているかもしれないし、彼女がヴァルトへ向かったのは事実なんだろう?」
「うん」
「なら、この目で確かめないとな」
口元を緩めてそう言うアカメに、ケルトは前向きだな、としみじみ思っていた。だからこそ、あの写真一枚で旅を続けてこられたのだろうか。
アカメの強さを、少し羨ましいと思ったケルトだった。
馬車が二つ目の村を離れて走り出した頃には、雪が降り始めていた。
「アカメ! 外真っ白だよ」
窓の外を見てはしゃぐユエにアカメも外を見て頷く。
「ほんとだな」
「ケルトも見て! 雪だよ」
「雪なんて珍しくないだろ」
「でも、雪ってなんだかワクワクしない?」
「……まぁ、そうだな」
ユエのいうこともわからないでもなかったので、ケルトは曖昧に頷く。
「ルーパスとどっちが白いかなぁ?」
「我を引き合いに出すな」
素っ気ない反応のルーパスにユエは口を尖らせたが、
「むー……でも、ルーパスの方があったかいから好きだよ!」
コロッと表情を変えて笑うユエにルーパスは何と返せばいいかわからず、結局ため息をつくだけだった。
馬車の中は小さなストーブで燃料を燃やしているおかげで適度に温かく、外の冷気の影響はそれほど感じられなかった。その温かさと馬車の揺れのおかげで、アカメは眠気を感じて一つ欠伸をした。
二つ目の村に泊まった際、村の畑に熊が出るという話を聞き、駆除を頼まれたアカメは快く引き受けたのだった。深夜の月明かりの下、畑に現れた熊をクロスボウで打ち抜き、駆除は無事に成功した。お礼にと保存食をもらったのはいいものの、朝まで畑を見張っていたので寝不足だった。
「主、少し寝たらどうだ?」
「いや、いいよ」
アカメは手を振って断ったが、ユエがアカメの顔を覗き込む。
「私の膝使っていいよ!」
「さすがにユエの膝を借りるのはなぁ……」
困ったように笑って、アカメは頭を掻いた。
「他に客もいないんだし、寝てれば? 着いたら起こすから」
ケルトにもそう言われ、アカメはしばし考えた後、
「……じゃあ、ちょっとだけ寝かせてもらうよ」
「横になる?」
「いや、いいよ。ありがとな」
バックパックに寄りかかって腕を組んだまま目を閉じた。
アカメをじっと見ていたユエは、小さな寝息が聞こえてくると、安心したように目を離した。
「娘、主の睡眠の邪魔はするなよ」
「しないよー」
頬を膨らませてユエはそう言うと、席を移ってルーパスの隣に座る。
「これなら邪魔じゃないよね」
「……あぁ」
「ルーパスあったかーい」
ユエに抱きつかれたまま、ルーパスはやれやれと言った様子でされるがままじっとしていた。




