10. 丘の街の女郎花
朝、ユエが目を覚ますと、隣にケルトが眠っていたのを見てサッと眠気が引いた。
体を起こすと、ベッドの足元にはルーパスが伏せて目を閉じている。ユエが起きた気配を察したのか、耳がピクッと動いてルーパスが目を開けた。
「起きたか?」
「うん……おはよう」
アカメを見ると、まだ眠っているようだったが、額のタオルが枕の上に落ちていた。
ユエはケルトを起こさないようにそっとベッドから下りて、温くなったタオルを拾い、洗面器の水に沈める。
ぎこちなく絞ってそっと額にのせると、アカメが目を開けた。
「……ユエ、起きたのか?」
その声は酷く掠れていた。
ユエはそれを聞いて浮かびそうになった涙をグッとこらえる。
「……おはよう。アカメ、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」
力なく笑って、アカメは小さく咳き込んだ。
「……俺、どうしたんだっけ?」
「小僧を宿の主に託して気を失ったんだ」
ぼんやりと呟いたアカメに答えたのはルーパスだった。
「そうか……悪いな、宿の手前までは記憶があるんだけど」
「その体で動いたんだ、無理もなかろう」
昨夜、ルーパスが笛の音を聞いたと言うと、アカメはふらつきながらもコートとナイフを手に取って、ルーパスに案内しろと叫び、サマサの制止を振り切って宿を飛び出したのだった。
「……ごめんなさい」
俯いて謝るユエに、アカメは微笑んで手を伸ばしたが、その手が乾いた血で汚れているのに気づいて、触れるのを止めた。
その様子をルーパスが見ていたが、何も言わずに黙っていた。
「どうして、あんなところに行っていたんだ?」
「……」
「怒らないから、せめて理由を教えてくれないか?」
尚もユエは躊躇っていたが、やがて昨夜サマサにも話したことをぽつりぽつりと話し始めた。
アカメは何も言わずに、黙って最後まで聞いていた。
話し終えて、ユエが怒られるのではないかとビクビクしていると、
「ありがとな、ユエ」
予想外の言葉に、ユエは驚いて顔を上げた。
「……アカメ、怒らないの?」
「俺のためにしてくれたんだろ? ただ、俺のせいでユエとケルトには怖い思いをさせたな、ごめんな」
ユエの目が揺らぐ。
「なんで……アカメが謝るの?」
「俺が風邪を引かなかったら、ユエもケルトもこんなことには――」
「アカメは悪くないの!」
突然ユエが叫んだので、アカメもルーパスも呆気にとられた。
「アカメは、なんにも悪くないの! 私が、私がわがまま言ったから、ケルトも怪我したの……アカメは謝ったりしなくていいの!」
言い終えて、ユエは下唇を噛んで泣くまいと顔を俯かせた。
「……ユエ」
アカメが呼ぶが、ユエは顔を上げない。
お互い、しばし沈黙したままでいると、部屋のドアが開いて籠と湯気が立つ洗面器を持ったサマサがやって来た。
「おや、起きてたのかい?」
「おはようございます。昨日は、すみませんでした」
アカメの言葉に、サマサは苦笑してベッドの傍らに籠と洗面器を置いた。
「帰って来て早々倒れられた時は驚いたよ」
「すみませんでした」
「いいさ、無事だったんだ。あ、さっき連絡があってね。今日の朝にお医者さん帰って来たみたいだから、準備したら来てくれるそうだよ」
ユエが傍らのサマサを見上げた。
「本当?」
「あぁ。急いで手紙を届けさせた甲斐があったよ。だから、服着替えて汚れ落とさないとね」
サマサはお湯を張った洗面器にタオルを沈めた。
アカメがゆっくりと体を起こし、自分の体を見下ろす。アカメの白いシャツとグレーのコートには、乾いたどす黒い血でまだら模様ができ上がっていた。両手にもべっとりと乾いた血がこびりついている。
見れば、ベッドにも血がついてしまっていた。
「すみません、ベッドを汚してしまって」
「洗えばどうということもないさ。ほら、早く服脱ぎな」
言われてアカメはコートとシャツを脱ぐ。
サマサが脱いだ服を受け取って代わりにお湯を絞ったタオルを渡した。
「これで手を拭いておきな」
「はい」
アカメが手を拭いている間、サマサは籠から着替えを取り出して、脱いだ服と汚れた毛布を空になった籠に入れた。
「ユエ、ケルトはずっと眠ったままかい?」
「……うん」
ケルトが眠っているベッドの縁に腰掛けていたユエは頷いた。
「そうかい……」
サマサは眠っているケルトを見て顔を曇らせる。
「サマサさん、これ」
手の汚れを拭き終ったアカメはタオルをサマサに返した。サマサは洗面器でタオルを一度洗い、お湯を絞る。
「体拭いてあげるから、背中向けな」
アカメは言われた通りに位置を変えてサマサに背中を向ける。青痣のような痕と無数の傷跡が残る背中を丁寧に拭いていった。
「……聞いていいのかわからないけどね」
サマサは唐突に口を開いた。
「あんた、ディスカラになったのかい?」
ディスカラ、という単語にユエは首を傾げた。
「でぃすからって何?」
「謎の奇病さ。体が変色していって、死ぬ病気だよ」
サマサはユエを振り返る。
「ユエも、その病気になったんじゃないのかい?」
戸惑った様子で何も言わないユエに代わって、アカメは肯定する。
「はい。俺もユエもその病気にかかりました」
「そうかい。ケルトと同じだったから、そうじゃないかと思ってたんだよ」
サマサはアカメの背中を拭きながらため息をついた。
「ケルトも、病気になったの?」
「そうさ。ケルトがこの宿の裏手で倒れてるのを見た時は驚いたよ。体が変な色をしてて、すごく苦しそうにしてたんだ。この街でディスカラっていう奇病で死んだ人がいるって聞いてたもんだから、それだと思ってね」
サマサはアカメにこちらを向くように言って、アカメの髪についた血を拭き取る。
「足枷を見て、すぐ貧困層の子だってわかったよ。ご飯を食べさせて、医者に診せようかって聞いたんだけど、金がないって答えてね。すぐここを出て行ってしまったけど、しばらくしたらひょっこり姿を見せたんだよ」
アカメの体を拭き終わって、サマサはアカメに着替えのシャツを渡した。
「体の色は少し残ってたけど、すっかり元気になってて驚いたね。この病気の治療法は見つかってないって聞いてたから。何があったか聞いたんだけど、この子何も答えないし、私もそれ以上は聞かなかったんだけどね」
アカメが着替え終えたのを見ると、サマサは椅子を持って来てベッドの横に置いた。
「シーツを替えるからちょっとだけここに座ってておくれ」
「はい」
アカメはだるそうにベッドから立ち上がって椅子に座った。
その間にサマサは手際よくシーツを替える。汚れたシーツと枕を籠に突っ込んで、アカメに横になるよう促し、横になったアカメに新しい毛布を掛けた。
「あんたたち、ケルトに案内されてこの宿に来たんだろう?」
「え? はい、そうですけど」
サマサはやっぱりね、とため息をついた。
「ケルトが戻って来た時、金を持って来たんだ。ご飯のお金だって言ってね。もちろん受け取らなかったよ。でも、それ以来なぜかこの宿を利用する人が増えたのさ。今までは、ほとんど客なんて来なかったんだけどね」
サマサはユエの隣に腰をおろして、眠っているケルトの頭を優しく撫でた。
「前に旅人が来た時、足枷をつけた赤い目の男の子に案内されたって聞いたから、原因はケルトだって知ったよ」
アカメもユエもルーパスも、サマサの話を黙って聞いていた。
その時、ルーパスが耳を立てて窓を見つめた。そのすぐ後、ドアの向こうからサマサを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おや、お医者さんが来てくれたのかね」
サマサは立ち上がると、籠を持ち上げて、
「他に着替えた服はあるかい? ついでに一緒に洗濯しておくから」
「え、ですが……」
躊躇するアカメの代わりに、ユエがバックパックから衣服を取り出してサマサの籠に入れる。
「ありがとう、ユエ」
「私もお洗濯のお手伝いする!」
「あぁ、そうかい? じゃあ、お医者さんに診てもらった後で一緒にやろうね」
サマサが笑顔で言うと、ユエも笑って大きく頷いた。
宿にやって来た医者は中年の男性で、少し気弱そうな印象を与える笑みを浮かべていた。
アカメの症状を見聞きすると薬を処方し、ケルトについては手当てをした後、目が覚めて異常がある様子だったら病院に連れて来て欲しい、とサマサに伝えた。
「季節の変わり目ですし、雨に濡れたことと、おそらく旅の疲れが重なったんでしょう。しっかり食べて、薬を飲んで安静にしていればよくなりますよ」
医者の言葉に、ユエは安心してほっと息をついた。
医者は念を押すようにアカメの額に手を置いた。
「ただし、安静ですよ。熱がある状態で激しい運動なんて論外です。一歩間違ったら肺炎を併発するかもしれませんから。もし薬が切れてもよくならなかったらまた呼んで下さい」
診察が終わると医者はアカメの体を興味深げに眺めた。
マフラーを取ったアカメの首元には、病気の名残であるまだら模様がうっすら残っている。
「それにしても、ディスカラの生存者がいたなんて」
「……まだ治療法は見つからないんですか?」
アカメが問うと、医者は残念そうに目を伏せて首を横に振った。
「残念ながら。病気が治った原因について心当たりはありませんか?」
「すみません、俺たちにも何のおかげかわからなくて」
「そうですか……残念です」
医者はそう答えて鞄を持って立ち上がる。
「あの、代金は?」
アカメが問うと、サマサが手を振って笑う。
「私が代わりに払っておくよ。宿代の時に一緒に払っておくれ。先生、お送りしますよ」
「どうも。では、お大事に」
医者は会釈をしてサマサと一緒に部屋を出て行った。
そこでユエは、ふと思い出したように首から下げた笛を手に取った。
「アカメ。この笛、音が鳴らなかったのにどうしてあの場所がわかったの?」
「それはただの笛ではないぞ、娘」
「そうなの?」
首を傾げるユエに、アカメが説明する。
「その笛は、動物にだけ聞こえる音を出せる笛なんだ。普通に音が鳴ったら、その時周りにいる奴らにも聞こえてしまうから、気づかれないように助けを呼ぶには役に立つんだよ」
それを聞いて、ユエは手の中の小さな笛を見下ろした。
試しに吹いてみると、ひゅうっと空気が抜ける音しかしなかったが、ルーパスの耳がピクッと反応した。
それを見てユエは興味深そうにルーパスの耳をつまんで軽く引っ張る。ルーパスは呆れたような目をして、
「……楽しいか、娘?」
「うん、おもしろい」
そんな様子を微笑ましく思いながらアカメはふと隣のベッドを見た。
「……ん」
ケルトが僅かに眉を動かした。
「ケルト……?」
ユエがベッドに駆け寄って呼びかけると、ケルトは眉根を寄せて薄らと目を開いた。彷徨う緋色の目が、ユエを捉える。
「……ユエ?」
ケルトは頭の傷が痛むのか、顔を歪めながら体を起こした。頭に巻かれた包帯に気づいて、ユエとアカメ、ルーパスを順に見つめる。
「……なんで、俺、ここに?」
「ケルト……? 大丈夫?」
「え? 別に……あ、それよりあいつらどうした!? お前、無事だっ――」
「ケルト!」
感極まったユエが、ケルトの体に抱きついた。
ケルトは突然のことに驚いて硬直していたが、一気に顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。
「え、え、お、おい、ちょっと……!」
「よかったぁ……! ケルト、ごめんね……ごめんね……!」
抱きついたまま泣き始めたユエに、ケルトはどうしていいかわからず固まっていると、サマサが部屋に戻って来た。
抱きつかれて狼狽えているケルトを見てニヤリと笑い、ケルトの頭をそっと撫でた。
「顔が赤いけど、熱でもあるのかい?」
「ね、熱なんか、ねぇよ!」
ケルトは身動きができないまま必死に否定する。
可笑しそうに笑うサマサを見て、からかわれているのだと気づき口を噤む。
「体の調子はどうだい?」
「……頭痛い」
「それは傷の痛みかい?」
「うん、たぶん」
「異常がなさそうなら、お医者さんを呼ばなくても大丈夫かもね」
「……ユ、ユエ、もう離れろよ」
ぎこちない動きでユエの背中を軽く叩くと、ユエは素直にケルトから離れた。
「ごめんね……ケルト、ごめんね……!」
「わ、わかったから。もう謝んなよ、お前を連れてったの、俺なんだから」
「ごめんね……」
「だから、謝るなっつってんだろ」
何度も謝るユエから気まずそうに視線を逸らすと、アカメと目が合った。
言わなければならないことがあるはずなのだが、何と言えばいいかケルトは言葉を見つけられずに目を泳がせる。
そこへ、サマサが助け船を出した。
「礼を言っておきな。気を失ったあんたを、ここまで運んでくれたんだよ」
「え? でも、熱があったんじゃ……」
「無理をして助けに行ったんだよ。さっきお医者さんに診てもらったから、直に治ると思うけどね」
「そう……なのか」
ケルトは再びアカメを見て、そしてそっと立ち上がり、アカメのベッドの横に座った。
「……ケルト」
「ごめんなさい」
謝られて、アカメは目を瞬く。
「……俺が勝手に、ユエをあんな場所に連れてったんだ。ユエは悪くないんだ、だから――」
「ケルト」
必死に言葉を探している様子のケルトをアカメが遮った。
「ありがとな」
「え?」
「ユエを守ってくれたんだろ? ありがとな」
「……俺、ユエのこと守れてない」
「そんなことない。おかげで、ユエは怪我をしなかったんだ。それに、謝るのは俺の方だ」
ケルトは疑問符を浮かべてアカメを見る。
「俺がこんな状態にならなきゃ、ユエにもケルトにも怖い思いさせずに済んだんだ。ごめんな」
ケルトは目を見開いた。
アカメの瞳がこれまで見たこともないような優しさをたたえていて、ケルトは自分の目頭が熱くなるのを感じた。
「なん……だよ、それ……」
ケルトは俯いて肩を震わせた。
「なんで、あんたが謝るんだよ。おかしいだろ」
アカメは苦笑して、傷に触れないようにそっとケルトの頭を撫でた。
「もうお互いに謝るのはこれっきりにしよう。ユエもな」
「……うん」
納得していない様子だったが、大人しく頷くユエ。
「ケルトも、これっきりだ。だから、泣くな」
「……な、泣いてねぇよ!」
精一杯の虚勢を張ったつもりのその声は、明らかに震えていた。
それからしばらく経つと、薬のおかげもあってアカメの熱は下がり、食事も喉を通るようになっていた。
ケルトも念のためにと医者に診てもらったが、特に異常もなかったようで、傷の手当をしてもらっただけだった。
医者に診てもらった後、金も持たずに世話にはなれないと言って宿を出て行こうとしたのだが、怪我が治るまでいてほしいとユエが頼むと渋々といった様子で了承した。
アカメとケルトが良くなるまで、ユエはサマサと一緒に料理や掃除、洗濯を積極的に行った。まだできないことも多いが、それでも少しずつ料理も覚え、簡単な料理ならユエ一人でも作れるようになっていた。
ルーパスはじっとアカメの傍にいて、時々サマサの話し相手になることもあった。ルーパスが人の言葉を話せるということはケルトにも教えていたので、気を遣って黙っている必要はなくなった分、ルーパスも気楽な様子だった。
そんなある日、アカメとケルトも一緒に皆が食堂で昼食を食べている中、アカメがサマサに尋ねた。
「サマサさん、この街に買取商人はいるんでしょうか?」
「買取屋のことかい? いるよ、何か用があるのかい?」
「旅の途中で手に入れた動物の毛皮なんですけど、換金できないかと思いまして」
「そういうことかい。なら、宿に呼んであげるよ」
「あ、いや、俺はもう大丈夫ですから」
体調はもう十分良くなった手前、あまり世話になるのも気が引けた。
「遠慮はいらないし、まだ無理はしないことさ。それに、買取屋は訪問サービスもしてるんだ。呼べば来てくれるから、昼ご飯が済んだら呼んであげるよ」
「ありがとうございます」
その会話を聞いていたケルトが、バケットを齧りながらアカメに問う。
「……そろそろ街を出るのか?」
「あぁ、さすがに長居し過ぎてしまったしな」
「そっか……」
少し残念そうに言うケルトに、ユエも顔を曇らせた。
「ただ、まだ行き先を決めてないんだ」
アカメは苦笑する。
「彼女の行き先の情報が得られないことには、どうしようもない」
「この街で、写真一枚から情報を探すのかい? 何日かかるかわかったものじゃないよ」
サマサが呆れたように言う。
「ケルトは知らないの?」
ユエが尋ねると、ケルトは戸惑った様子で目を泳がせた。
「……う、ん」
「そっかー」
ユエが残念そうに言うと、ケルトは何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずにバケットの最後の一口を口に放り込んだ。
その様子を見て、アカメとルーパスが顔を見合わせるが、何も言わずに昼食を再開した。
各々昼食を済ませると、ユエはサマサと一緒に食器の片付けをし、アカメとルーパス、ケルトは部屋へ戻った。アカメはバックパックの中から毛皮の入った麻袋を取り出す。
「この街で全て換金していくのか?」
ルーパスがベッドの上に腰を下ろして尋ねた。
「あぁ。この街まで大分長く旅をしていたから結構量があるし、街に長居してしまったから、先立つものがあった方がいいだろう」
「そうだな。それで、この街を出てどこへ行くのだ?」
「情報を集めないことには何とも言えないな」
ケルトはベッドに座ってじっと床を見て黙っていた。
「小僧、お前は魔女の行く先を本当に知らないのか?」
「……うん」
「どうした? 元気ないな」
アカメが尋ねると、ケルトはベッドの上で膝を抱いた。
「あんたたちさ、なんであの女の人探してるの?」
「なんだ、突然?」
「いいから、教えてくれよ」
アカメは首を傾げながら、ソファに腰を下ろした。
「知りたいんだ」
「……何を?」
「助けてもらった理由を」
ケルトは怪訝そうに眉根を寄せた。
「なんで、そんなこと知りたいんだよ?」
「なんでだろうな……」
アカメは天井を仰いで自嘲気味に笑う。
「知りたいと思ったんだ。彼女に助けてもらって命をもらった時から、俺はどうして助けられたのかずっと考えてた」
ケルトは黙ってその先を促す。
「一人で考えてても答えなんか出ないから、本人に聞こうって思った。写真を撮っていたから、それを頼りに彼女を探そうと旅に出たんだ」
「……わかると思うか?」
天井から視線を外してケルトを見る。
「助けてくれた理由、その人に会えばわかると思うか?」
「さぁな。でも、じっとしているよりはいい」
笑って言うアカメをじっと見ていたケルトは、頭の包帯を軽く掻いた。
「怪我の方はどうだ?」
「ん……まだ少し痛い」
「早く治るといいな」
「うん……」
そこで会話が途切れ、沈黙が降りた。
ケルトは何か言葉を探している様子でそわそわしていたが、アカメの方はと言うと気にした様子もなくぼんやりと窓の外を眺めていた。
「アカメー」
沈黙を破ったのは、部屋に掛け込んできたユエだった。
「買取屋さん来たってサマサが呼んでるよー」
「そうか、ありがとな」
アカメは荷物を持って立ち上がり、ユエと一緒に部屋を出た。
部屋に残されたケルトは、気まずそうにルーパスの様子を窺っていた。
ルーパスはそれに気づいていたが、特に何も言わずに欠伸を一つすると、ベッドの上に伏せて目を閉じた。
「まいどー買取屋でーす」
アカメは目の前の光景に目を瞬く。
「……買取屋さん、ですか?」
「そうでーす。訪問買取とお伺いしてやってきましたー」
アカメの目の前でそう言う人物は、どう見てもアカメより年下で、ユエと同じ年頃なのではないかと疑ってしまうような容姿をした少女だった。
黒緑色の髪を低い位置で二つに結び、杏子色のワンピースに深緑色のエプロンを身につけている。なぜか裸足だった。
食堂のテーブルで向かい合って座るアカメと買取屋に、ユエがサマサに頼まれたのかお茶を運んで来て、買取屋は礼を言ってお茶を啜った。
「それでー買取を希望する品は何ですかー?」
やる気のない声に戸惑いながらも、アカメは袋から動物の毛皮を取り出して買取屋の目の前に並べる。
買取屋はそれらをざっと見て、ふんふんと頷いた。
「毛皮ですねー兎が一〇枚、狐が四枚、熊が一枚、ミンクが八枚でよろしいですかー?」
枚数をさらさらと述べられ、アカメは舌を巻いた。
「よくそんなすぐにわかりますね」
「仕事ですのでーちょーっとお待ちくださーい」
そう言うと、買取屋はエプロンのポケットから紙とペンを取り出して何か書き始めた。
その手元を覗き込んで、その年でも字が書けるのか、とアカメは感心する。
「内訳はこんな感じになりますけどーよろしいですかー?」
買取屋が差し出した紙には、それぞれの値段が書かれているようだったが、数字は読めても文字が読めないアカメにはどれがいくらに設定されているのかわからない。
「すみません。俺、字は読めないんです」
「あーそれは失礼しましたー」
変わらない調子でそう言った買取屋は、紙を見ながら内訳を読み上げてくれた。どれもいい値をつけてもらっていたので、アカメはそれで了承する。
「じゃあ、こちらが代金になりまーす」
買取屋がテーブルの上に小さなトレイを取り出し、その上に硬貨を載せてアカメの前に置いた。アカメは礼を言って、硬貨を財布に入れる。これだけあればまたしばらく旅を続けられそうだ、とアカメは安堵した。
「お取引ありがとうございましたー」
「こちらこそありがとございます」
買取屋はアカメに内訳の書かれた紙を渡す。
「また機会がありましたらどうぞー」
買取屋は荷物をまとめて立ち上がると、会釈をして食堂を出て行った。
ぺたぺたと裸足の足音が遠ざかって行く。
受け取った紙を見てみると、文字と数字が並ぶ行に、いつの間に描いたのか小さな絵が描かれていた。それぞれの動物の絵のようだった。
「やっぱり、文字は読めた方がいいな」
苦笑しながらそう呟いて、アカメは内訳の紙を折り畳んでポケットに入れた。
買取屋が帰ったのを見て、ユエが駆け寄ってくる。
「いっぱい売れた?」
アカメは微笑んで、ユエの頭を撫でた。
「あぁ、これでちゃんと旅が続けられるぞ」
「よかった!」
嬉しそうに笑ったユエは、ふと思い出したようにアカメのシャツの裾を引っ張った。
「ん? どうした?」
「あのね、お願いがあるの」
不安そうな声のユエに、アカメは首を傾げた。




