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緋の扉  作者: 緋龍
彼女、あるいは彼等の何とか通常であろうとする日常
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番外編 彼女と彼の幸福なひととき

ようやく書き終わった……。かなりの難産でした。この二人の会話を書くのに相当悩んでしまいました。


 剣闘祭が終わってしばらく経ったある日、昼三の鐘が鳴って少し経ったころ、いつもの庭園にライカが一人の客を連れてやってきた。


「姫様、グレアス様をお連れ致しました」


「あ、ありがとう。御機嫌よう、グレアス様」


 日除けの幕が張られた下には二脚の椅子と丸い机。そこまではいつもと同じなのだが、今日は机に真っ白い布が掛けられていた。さらに机の中央には花が飾られ、その脇には何種類もの菓子と飲物が用意されている。


 そう、今日はフェリシア念願のグレアスとのお茶会なのだ。朝は読書をして過ごしていたが、何を読んだかさっぱり覚えていない。それほど彼女は緊張していた。


「ご機嫌麗しゅう御座います、フェリシア様。本日はお招きに預かり光栄の極みに存じます」


 グレアスは優雅な仕草で、拳を胸に当て頭を垂れた。


「招きに応じて下さり、ありがとうございます。どうぞお座り下さい」


 フェリシアが若干堅い手つきで椅子に案内する。


「では、失礼いたします」


 二人が席に着くと、ライカが冷えた果物水をグラスに注ぎ机の上に置く。洗練された完璧な所作だった。


「ありがとう、ライカ。後は私がします」


「畏まりました。では失礼致します」


 しばらく二人だけにしてと頼まれていたライカは、一礼をして庭園から辞した。今日はエルも庭園から追い出されていた。フェリシアが林檎と引き換えにお願いしたのだ。



「グレアス様は甘いお菓子はお好きですか?」


 フェリシアがグレアスに問いかける。騎士を慕う会の会報には好きな食べ物が豚の燻製としか書かれていなかったので、菓子を食べるかどうかわからなかったのだ。もっとも、その豚の燻製というのも真実かどうかは不明なのだが。


「ええ、そうですね。甘すぎないものであれば、でございますが」


「わかりました。では、こちらはいかがでしょう。私の一番のお気に入りなのです」


 数ある菓子の中からフェリシアが取ったのは、「黄金の花亭」の焼き菓子が入っている器だった。朝のうちにマールに頼んで買いに行ってもらったのだ。


「「黄金の花亭」というお店の、城下で一番人気の焼き菓子なのですが、ご存知ですか?」


「名前だけは。フェリシア様が勧めてくださる菓子なら、是非いただきたく思います」


「では、どうぞお召し上がりください」


 フェリシアはグレアスの前に器を置く。グレアスは一枚取ると、いただきますと言って口の中に入れた。辺りには仄かに甘い匂いが漂っている。


「……美味しい。さくさくとした生地に木の実が入っているのがいいですね。焼き菓子でこんなに美味しいと思ったのは初めてです」


 グレアスの顔には驚きの感情が浮かんでいる。どうやら相当に美味しかったらしい。


「気にいっていただけてよかったですわ」


 にっこり笑ってフェリシアも焼き菓子を手に取り食べる。どうやら緊張もだいぶ解けたようだ。二人の間にゆったりと幸せな時間が流れていく……。





「グレアス様はどうして騎士になられたのですか?」


 フェリシアは前から疑問に思っていたことを聞いた。グレアスが強いことはもちろん知っているが、彼なら違う選択肢もあったはず。何せ、家柄・容姿・頭脳、全てにおいて秀でているのだから。


「それは……貴方様にお仕えしたかったからです」


 グレアスの口から出た言葉は、騎士なら誰もが抱いている想いだった。「いくさもり」のために戦いたい。「戦の護」を守りたい。騎士や騎士を目指す者は、皆少なからずその想いを抱いている。


「そう……ですか」


 模範的とも言える答えを聞いて、フェリシアは少し沈んだ声になった。そして、もっと違うことを言ってくれるのではないかと期待した自分を恥じた。 


 (私は何を考えていたのかしら。彼は騎士なのだから、今の答えは当然のことなのに)


「フェリシア様?」


「い、いえ何でもありません。そう言っていただいて光栄ですわ」


 慌ててフェリシアは笑顔で取り繕った。


「嘘……でございますね」


「え……?」


 グレアスに嘘とはっきり言われ、フェリシアは固まってしまった。


「私は騎士になる前も、なってからも、ずっと貴方様のことを見てきました。だから今のお言葉が本心からのものではないということくらいわかります」   


 真剣な眼差しで見つめられたフェリシアは、顔が赤くなるのを感じて思わず俯いた。


「先ほどの言葉では伝わらなかったようなので、もう一度申し上げます。私は貴方様にお仕えしたくて騎士になりました。騎士が忠誠を誓う「戦の護」にではなく、その役目を必死に担っていらっしゃる、フェリシア・ローディスという唯一無二の御方にです」


「グレアス様……」


 「戦の護」ではなく、フェリシア自身と言ってくれた……! そのことがフェリシアはこの上なく嬉しかった。赤く染まった顔を上げ、グレアスを見つめ返す。


「フェリシア様、私はずっと貴方様のお傍にお仕えしたいと思っております。出来ることなら騎士を辞した後も……もちろん不可能なことは承知しておりますが。貴方様を想う気持ちは一生変わらないでしょう」


 それはグレアスの嘘偽りのない本心だった。彼はフェリシアと婚姻することが出来ないとわかっていても、彼女を慕い続けると心に決めていた。


「あ、ありがとうございます、グレアス様。私は……」


 とても嬉しいです。と続けようとしたフェリシアの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。その一瞬の雫はまるで宝石のように美しく、見る者を魅了させる輝きをもっていた。


「フェリシア様……」


「も、申し訳ございません。嬉しいはずなのに泣くなんて……お恥ずかしいですわ」


 笑ってごまかしながらフェリシアは指先で涙を拭う。


「私は「戦の護」です。一人の人間である前に「護」なのです。今までも、そしてこれからも……。ですが、グレアス様がそう仰ってくれるのであれば、貴方と会う時だけは一人の女性になれるかもしれません。……また、お茶に誘ってもよろしいですか?」


「もちろんです。私の願いはただ一つなのですから」


 フェリシアがグレアスに向けた顔には、今まで誰にも見せたことがない極上の笑みが浮かんでいた。


 

これで最終話になります。最後までお読みいただきありがとうございました!

「緋の扉2(仮)」が出来ましたら、アップいたしますのでその時はまたよろしくお願いします。それまでは「黒犬と旅する異世界」をよろしければお読み下さい。

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