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緋の扉  作者: 緋龍
彼女、あるいは彼等の極めて通常な日常
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5話

「ただいま戻りましたー!」


 勢いよくマールが庭園に駆け込んでくる。


「ご苦労さまでした。しかし、マール、王城で走ってはいけないと常々教えているはずですが?」


 怖いもの知らずと言われる騎士たちでさえ、裸足で逃げ出すのではないかと思われるほどの冷たい声をライカが発する。


「ひいぃぃぃぃっ、すいませんでしたぁっ!」


 マールが涙目になりながら謝る。彼女が逃げ出さずにいられるのは、ライカに心酔しているから…というよりは言われ慣れているからだろう。


「まあまあ、別にいいじゃない。私は気にしないわよ?元気があっていいと思うし」


「そういう問題ではございません」


 フェリシアの発言により表情を明るくしたマールだが、ライカの一言で再びしゅんとなる。


「今ハ報告ヲ聞クベキダト思ウガ」


 エルがもっともな事を口にする。


「……そうですね。マール、報告をお願いします。後で二人だけで話をしましょうか。姫様に下品な言葉を教えたことなどについても詳しく聞きたいですし」


「えっ……あの、それは……はぃ、わかりました……」


 一瞬言い訳をしようとしたマールだが、ますます怒られることになりかねないと諦めた。

 実は、フェリシアが庶民が口にするあまり上品ではない言葉をよく知っているなど、口が裂けても言えることではない。


「あの、それで報告なんですけど…」


「お願いするわ。キールは元気だった?」


「はい、相変わらず無駄に元気でした。で、そのキールが集めた情報によりますと、どうも噂を広めている男がいるようです。その男は、ふらっと酒場に現れてはいかに騎士の行為が非道であったかを熱く語り、気がつくといなくなっているそうで、まだ身元はわかっていません。もう少し詳しく調べてみると言ってました。被害を受けたとされる二人の行方もまだ不明です」


 事件のこととなると表情を変え、真面目にマールが話しだす。


「その男性が現れる酒場は決まっているのですか」


「いえ、日によって違うみたいです。でも今日も酒場に現れればキールに情報が入るはずです」


 そうですか、と言ってライカは考えを巡らせる。その男を尾行すればおそらく正体が掴めるだろう。ただ、その男が元凶かどうかはまだわからない。噂を広めているだけだという可能性もあるからだ。

 

 その行為だけでも十分許しがたいですが。ライカは怒りをあらわにする…心の中で。


「他に何かありますか」


「特にありません。……あ、一つありました!」


「何でしょう」


「城下に行ったついでに「黄金の花亭」の焼き菓子を買ってきたのです!」


 「黄金の花亭」は城下で有名な焼き菓子屋で、蜂蜜を練りこんだ生地に木の実を混ぜて焼きあげた菓子は、甘すぎずいくらでも食べれると老若男女を問わず人気なのだ。


「偉いわマール!ちょうどあそこの焼き菓子が食べたいと思ってたところなの。さっそく皆で食べましょうよ」


 フェリシアが瞳を輝かせる。彼女は焼き菓子が大好きで、その中でも「黄金の花亭」の焼き菓子を特に気に入っており、たまにマールにお使いを頼んで買ってきてもらっている。


「マール、それは事件の捜査に必要なことではありません」


「う、はいぃ……」


「ですが姫様のことを思っての行動だと思いますので、責めるつもりもありません。…買ってきた菓子をこちらに」


「はい!」


 怒られると思っていたマールは、後半のライカの言葉に一瞬で満面の笑顔になり焼き菓子をライカに渡す。

 受け取ったライカは、お茶を用意しに行ったときに一緒に持って来ていた小皿を取り出し、手早く菓子を並べていく。


「どうぞ、姫様。あまり食べ過ぎますと夕食に差し支えますので、お気を付け下さいませ」


「ありがとう。大丈夫よ、お菓子は別腹っていうじゃない」


 そういってフェリシアは出された菓子に手を伸ばす。


「うん、やっぱり美味しい!ライカとマールも座って一緒に食べましょうよ。エルも食べる?」


 フェリシアが焼き菓子を一つつまんで寝そべっているエルの鼻先に近づける。


「我ハ要ラヌ」


 エルは鼻をひくひくさせて断る。人間だと顰め面といったところだろうか。どうやら甘い焼き菓子の匂いを彼はお気に召さないらしい。


「エルはほんと焼き菓子が嫌いなのね。こんなに美味しいのに。じゃあ三人で食べましょうか」


 エルの前から焼き菓子を引き上げ自分の口に入れると幸せそうな表情になる。ライカとマールはフェリシアに促され、席に着いた。


「畏まりました。失礼致します」


「はい、いただきます!……美味しい~~~!!幸せで意識が飛びそうですぅ~」


「マール、しっかり!」


 庭園に焼き菓子の香ばしい香りが広がり、事件ことさえ考えなければ幸せな時間なのにとライカは思った。


 

   


  



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