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緋の扉  作者: 緋龍
彼女、あるいは彼等の何とか通常であろうとする日常
59/61

55話

緋の扉最終話です!また続きを書くとは思いますが、とりあえず一旦は終了という形をとることにしました。

「ライカ!」


「無事ダッタカ」


「ライカさまああああ!!」


「わ、私に触れないで下さい!!」


 城に戻ったライカは、手当てをするといって聞かないダレスを、姫様に報告するのが先だと言って何とか説得し、フェリシアの部屋に急いだ。しぶしぶ引き下がったダレスはというと、立入禁止区域の後処理をするために、騎士を召集しに宿舎へと去って行った。


 手と顔に付いた血だけ洗い流した後、フェリシアの部屋の前に来たライカは、そっと扉を叩いた。もしかしたら寝ているのではと思ったのだが、その心配は杞憂に終わり、「はい」と大きな声でマールの返事が返ってきた。そしてライカが名乗ると勢いよく扉が中から開かれたのだ。


 飛びつかんばかりに走り寄ってきたフェリシアとマール、エルをひらりとかわすと、ライカは皆と距離をとって向き合う。血で汚れた自分に触ってほしくなかったのだ。


「ライカ! 何てこと! 怪我は、怪我はしてないの!?」


 フェリシアはライカの姿を見ると、口に両手を当て短く息を吸い込んだ。マールも小さく悲鳴を上げて青ざめた顔をしている。エルは鼻をひくつかせて顔を歪めている。服に付いた血はすでに乾いていたが、鋭い嗅覚を持つ彼にははっきりと匂うのだろう。


「はい、これは……全て私が殺めた者たちの血でございます。……姫様、ご心配をおかけして誠に申し訳ございませんでした。如何様な処罰もお受けする所存でございます」


 ライカは膝を折って深く頭を垂れる。


「どうして私が貴方を罰しなければならないの? 貴方は任務を遂行した、そうでしょう?」


「ですが……」


「確かに貴方が帰って来なくて心配したわ。何かあったのかと思うと、とても眠ることなんて出来なかった。だけど貴方は帰って来てくれたじゃない」


 フェリシアはライカに近づき、俯いている彼女の頬にそっと手を当て自分の方を向かせる。そうして彼女と眼を合わせるとふわりと微笑んだ。


「姫様……」


「私が貴方を罰するわけないでしょう。貴方がこんな遅くに帰ってきたことも、たくさんの人の命を奪ったことも、何かどうしようもない事情があったのだということぐらいわかるわよ。10年も一緒に過ごしてきたのだから。私を見くびらないでちょうだい! ああもう、だんだん腹が立ってきたわ。マール!!」


 話の途中から優しく微笑んでいたフェリシアの顔が、だんだんと怒りを含んだものに変わっていく。


「は、はい姫様!」


 突然呼ばれたマールは驚きのあまり、びくっとして床から一瞬足が離れた。エルの尻尾もぴんっと直立する。


「ライカが入浴できるよう、今すぐの準備なさい! もちろんこの部屋でよ!!」


「畏まりました!」


 一礼をすると、マールは浴室のある部屋に駆けこんでいく。ライカが止める間は全くなかった。


「姫様! 私が姫様のお部屋で入浴するなど、あり得ません! 今すぐマールを止めて下さいませ!」


 侍女が主の部屋で入浴するなど聞いたこともない。ライカが必死になってフェリシアに訴える。


「駄目、絶対に入ってもらいます! 罰してくれなんて言った貴方がいけないのよ?」


 そう言うとフェリシアはまたにこりと笑みを浮かべるのだが、その笑顔を見たライカは何故か恐怖を感じた。冷や汗が背中を伝っていくのがわかる。


「ひ、ひめさま……」


 どうやら自分はとんでもない失言をしたらしい。そのことに気付いたときにはすでに手遅れだった。フェリシアは完璧な笑みを浮かべながらライカの服に手をかける。


「逃げられると、思っていないわよね?」


「ライカ、諦メルノダナ」


 エルの声には微かに憐みの感情が含まれていた。だが止める気はさらさらないらしい。彼は部屋の隅まで行くと体を伏せて眼を閉じた。だが、尻尾がぱたぱたと揺れているので彼が面白がっていることがわかる。エルにまで見放されたライカはがっくりと項垂れた。そんな彼女をフェリシアは浴室のある部屋に引きずっていく。


「申し訳ございませんでした、姫様!」


「謝っても駄目。さ、観念しなさい」


 (これも一種の罰なのでは……?)

 

 フェリシアとマールに強制的に入浴させられている間、ライカの頭の中にはその考えが渦巻いていた。





 そんな精神的な罰を受けた後、ライカはフェリシアたちに事情を簡単に説明すると自室に戻った。詳しい話は夜が明けてから、というフェリシアの発言に皆が賛成したからだ。


 ライカは部屋に戻ると簡単に傷の手当てをして――といってもすでに痛みはほとんどなかったので、軽く化膿止めの薬を塗っただけだったが――ベッドの上に横になった。眼を閉じると様々な光景が浮かんでは消える。それを繰り返すうちにライカはいつしか眠りについた―――――





 それからの2日間はあっという間に過ぎた。ライカから話を聞いたレヴァイアも、特に彼女を咎めなかった。もともと立入禁止区域であったため、城下の人々に気付かれることなく襲撃者たちの亡骸は騎士によって秘密裏に運ばれ、罪人専用の墓地に埋葬された。最終日に襲撃者が現れることもなく、5日間続いた剣闘祭も無事に終了。城下は、今年の剣武大会の優勝者の話題で持ち切りとなり、誰もが優勝者がいかに強かったかを語り、また出場者の健闘を讃えていた。





 翌日、まるで剣闘祭が終わるのを待っていたかのように、空が大声を上げて泣きだした。


 降りしきる雨の中、ライカはある場所に来ていた。傘を差していないのでずぶ濡れになっている。


「貴方の計画を阻止することが出来ました」


 話しかける彼女の前には無骨な石が立っていた。石には名前が彫られているようだ。周囲には同じような石が数えきれないほどある。そう、ライカは墓地にいた。この墓地には孤児や身寄りのない人が埋められている。


「私は貴方の仲間を殺しました。一人残らず、この手で。ですが、後悔はしていません。あの者たちは貴方の心を、貴方の想いを侮辱したのですから」


 ライカは懐から黒曜石を取り出すとそっと手のひらにのせる。雨粒で濡れた黒曜石はまるで泣いているようだ。


「この石を見ると貴方を思い出します。貴方と対峙した時、もっと他の選択肢はなかったのかと、毎日考えてしまうのです。でも、それでは駄目だと気づきました……」


 だから―――――ライカは持っていた黒曜石を石の前に埋めた。


「もう見ません。過去あなたを思い出すのは今日で最後です。だから、セーレのことは忘れて安らかに眠って下さい……兄さん」


 最後に小さく呟くと、ライカは石の前に跪き、用意していた小剣で石に何かを刻み始めた。墓地には雨と石が削れる音だけが響いている。


「……では、私はもう行きます」


 石を削り終えるとライカは立ち上り、墓の前から去って行った。ライカが話しかけていた石には新たな文字が刻まれていた。


 ―――――セアルグ 妹セーレとともにここに眠る―――――





 ライカが墓地の出口に行くと、そこにはダレスが立っていた。彼も傘をさしておらず全身が雨に濡れている。


「もういいのか」


「ダレス様、どうしてこちらに?」


「フェリシア様にお前がまたいなくなったと言われた」


「姫様には外出するとお伝えしたのですが……」


 フェリシアは雨の中外出するライカのことが心配だったのだ。だからダレスに捜しに行かせた。ダレスは何となくセアルグの墓に行けば会えるのではないかと思い、ここに来た。そして彼女を見つけると、近づくことはせずに彼女が出てくるまで待っていたのだ。


「フェリシア様はお前のことが心配でたまらないのだろう。それは……お前のことが好きだからだ」


「ダレス様……ええ、私も姫様のことをお慕いしております」


 ずっとお傍にお仕えしたいと思っております。そう言ったライカの顔は雨に濡れていたが、晴れやかだった。


「それに俺もお前が―――――」


 ごろごろごろどおおおおぉぉぉぉん!!


 ダレスの言葉は稲光とともに落ちた雷の音によってかき消された。


「申し訳ございません、もう一度仰っていただけますでしょうか。雷の音で聞こえなかったものですから」


「な、何でもない!! これ以上雨に濡れたら風邪をひく。早く帰るぞ!」


「?? ダレス様、どうなされたのですか? お顔が赤いようですが……もしかして熱があるのですか?」


「熱などない! いいから早く馬に乗れ!」


 ダレスはこの時心底雷を恨んだという……。そして翌日、彼はめでたく風邪をひくこととなった。





「もう来てたのか。待たせたな」


「いえ、私もついさきほど来たばかりでございます」


「そうか。少し雰囲気が変わったな。……ライカ、頼みたいことがある」


「何なりと……陛下」


 ライカは今日も「緋の扉」をくぐり、己の役割を果たす――――――

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!後何話か番外編を書きますので、よろしかったらお読み下さい。

感想などいただけましたら、作者が全力で飛びあがって喜びます!

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