48話
黒曜石についてはあまり深く考えないでいただけると助かります。あくまでイメージですので…。
ライカは傷の手当てを簡単に済ませると、フェリシアの衣装と一緒に持ってきておいた予備の侍女服に着替える。万が一服が汚れた場合のことなどを考えて用意したのだが、まさか本当に必要になるとは。
(こんなことになるとは全く思いませんでしたが、服を持ってきていてよかったです)
着替え終わると脱いだ服から黒曜石を取りだした。襲撃計画が記されていたセアルグの革袋に入っていたものだ。
「あら、それは何?」
ライカの手当てを手伝い着替えが終わるのを待っていたフェリシアが聞いてくる。
「黒曜石でございます」
手のひらに乗せてフェリシアによく見えるようにする。窓の外から太陽が石を照らしたが、光はほとんど反射されず、まるで光を吸収しているかのようだ。
「綺麗。でもなんだか冷たい感じがするわ」
「そう……でございますね」
光を拒絶しただひたすらに黒いこの石は、「闇」に囚われ続けたセアルグそのもののようにライカには感じられた。
「もしかしてそれはさっき言ってた……」
「はい、セアルグのものでございます。彼は昔から指弾に黒曜石を用いておりました」
「そう……。ねえ、ライカはその人のこと好きだったの?」
フェリシアが黒曜石に目線を落としたままぽつりと聞いた。
「いいえ……。私は好きという感情があまりわからないのですが、違うと思います。幼かった私は誰かを頼りにしなければ「闇」の中で生きていけなかった……それがセアルグだったのです」
「闇」にいたときは夜寝る時でさえ常に緊張を強いられていた。だが、セアルグが傍にいるときだけは違った。安心して眠ることができた。つまりはそういうことなのだろう。
「彼は……そう、あえて申し上げるならば兄妹のような存在でございました。事実、セアルグのことを兄と呼んでおりましたし、彼も私のことを妹のように思っていてくれていた……と思います」
彼が死ぬ直前に語った言葉は全部聞いた。一箇所だけ聞き取れない部分があったが、最後の言葉は幸せになれだった。今となってはわからないが、ライカはそう信じたかった。
「そんな人を自分の手で……。ごめんなさい、私無神経だったわ」
フェリシアが顔を歪めてライカに謝る。泣きそうになるのを必死に堪えているようだ。
「いいえ、姫様。彼はこの国に仇なす存在でございました。ですから当然のことをしたのです」
今のライカはフェリシアを、この国を守ることが一番なのだ。彼女を脅かすものは何者であろうとも消去する。たとえ昔兄と呼んでいた人物だとしてもだ。
「ライカ……ありがとう。これからもずっと私の傍にいてね」
フェリシアはもう謝らなかった。謝罪の言葉をライカに言うのは間違っていると思ったのだ。だから感謝の言葉を伝えた。過去より現在を大切に思ってくれてありがとう、と。
「はい、姫様」
ライカはフェリシアを見つめて、少しだけ微笑んだ。
コンコンコン
着替えをしていた隣の部屋からライカたちが戻るとすぐに扉が叩かれた。
「はい、どちらさまでしょう」
ライカは外に通じる扉に向かいながら誰何する。
「ダレスだ。二人を連れてきた」
「畏まりました」
ライカは扉を開くと騎士団長たちを中へ通した。
「来たな。話はダレスから聞いたか?」
今まで長椅子に寝そべって不貞腐れていたレヴァイアが、がばっと起き上がる。
「はい、陛下」
三人はレヴァイアの前に行き、さっと跪いて臣下の礼をとった。
「そんな事をする必要はない。ここは謁見の間ではないのだからな。早く座るがよい」
そう言ってレヴァイアは自分の向かいにある長椅子を指し示した。
『はっ、失礼致します』
団長たちは胸に拳をあて一礼すると、並んで長椅子に腰を落とした。フェリシアもレヴァイアの隣に座る。ライカは皆の前に果物水が入ったグラスを並べると、退室を申し出た。グレアスとヴォードはライカの存在を知らないからだ。
「では、私は失礼致します」
「うむ。終わったら近衛兵に呼びに行かせる」
「承知いたしました」
ライカは一礼すると部屋を出た。そのままレジーナとマールが控えているはずの部屋へ向かう。その部屋は騎士団長たちが居た部屋の二部屋隣にあった。
「失礼します」
扉を軽く叩いてから中に入る。部屋の中にはマールの姿しかなかった。部屋の隅にある椅子に座って何かを読んでいる。ライカに気付くと立ち上って近づいてきた。
「あ、ライカ様! お話終わったんですか?」
「ええ、私の報告は終わりました。姫様と陛下は今騎士団長様方と話をされています。それよりレジーナさんはいないのですか?」
「レジーナさんなら厨房に行かれましたよ。ライカ様とダレス様のお昼ご飯を用意してくると言っていました」
言われて初めて自分が昼食をとっていないことにライカは気がついた。そういば闘技場に戻ってきたとき、昼三の鐘が鳴っていたなとぼんやり思い出した。今までそれどころではなかったのだから仕方ない。それに緊張のせいか全く空腹は感じられなかった。
「そうですか。彼女がいないのは丁度よかったです。マール、キールがいまどこにいるのかわかりますか?」
「え、キールですか!? う~ん、多分闘技場にいると思います。姫様の剣舞は死んでも見るって言ってましたから」
「……この観客の中から捜し出すのは難しいですね。仕方ありません、夜に「妖精の住む宿」に行くことにします」
「一体何があったんですか? ライカ様が怪我するなんてよっぽどのことがあったんですよね!? 私何でもお手伝いしますから、教えてください!」
マールが必死に訴えてくる。相手がライカでなければ襟首を掴んで前後に思い切り揺さぶっているだろう。それくらいの勢いだった。
「ありがとうございます。城に戻ったらお話しますから、それまで待って下さい」
マールの想いを嬉しく感じるライカだった。
昼三の鐘は午後2時くらいです。




