46話
闘技場を出たときはまだ昇りきっていなかった太陽が今は真上にまで移動しており、ライカたちに容赦ない熱光を浴びせている。
「彼……セアルグをこのまま置いては行けません。王都まで運んでもかまいませんでしょうか」
地面に横たわった動かぬセアルグを見ながらダレスに問いかける。早く帰らねばならないことはわかっているのだが、このまま彼を放置することはライカにはできなかった。
「ああ……だが馬が……」
ダレスの言わんとすることはすぐにわかった。馬一頭に三人乗るのはさすがに無理だろう。セアルグを乗せてもらって自分は走ろうかとライカが考えていると、森の中からがさがさと一頭の馬が姿を現した。先ほども見た、セアルグが乗っていたと思われる馬だ。戦闘に驚いて逃げたと思ったが戻ってきたらしい。もしかするとセアルグを心配したのかもしれない。
「貴方の主を運びたいのです。どうかその背に乗せてくれませんか」
ライカが馬に丁寧に話しかける。すると言葉が理解できたわけではないだろうが、馬がライカに近づいてきた。
「ありがとうございます」
ライカがそっと顔を撫でると、馬が目を細めて顔をすり寄せてくる。
「ダレス様、申し訳ございませんが手を貸していただけないでしょうか」
馬をセアルグの傍に連れて行くと、ライカがダレスにお願いする。
「わかった」
ダレスがセアルグの傍に来て彼を抱きかかえる。そのとき、
じゃらっ
セアルグの懐から何かが滑り落ちた。見てみるとそれは硬貨を入れるときに使う革袋に似ていた。彼の懐に戻そうと革袋を拾ったライカは、感触に違和感を覚えので、他人の持ち物を見ることに多少抵抗を感じつつも中を見てみることにした。
「これは……」
「どうした?」
ダレスがセアルグを腕に抱えたまま聞いてくる。さすが己の身長と同じ長さの大剣を軽々と振るうだけあって、鍛えている成人男性を抱えているというのにその表情は全く変わっていない。
「黒曜石です。彼が指弾に用いていた石が入っておりました。それと袋の裏地に何か書かれているようです」
ライカは地面に黒曜石を全部出すと袋を裏返す。そこには次の文字が記されていた。
剣武大会最終日
闘技場にて決行
「これは、襲撃の計画!?」
書かれていた文字を見てライカの表情が険しくなる。
「確かその男は10年かけて仲間を集めたと言っていたな。恐らく間違いないだろう」
ダレスも厳しい顔つきに変わる。
「はい……ですが具体的なことは何も書かれていないので、人数も標的も不明です」
「標的は陛下だろう。報告しに戻るぞ」
ダレスはセアルグを馬の背に横たえると自分の馬に飛び乗った。
ライカは出した黒曜石を一つだけを除いて元に戻すと、革袋をセアルグの懐にしまった。残した黒曜石をそっと自分の懐に入れると馬に乗って手綱を握る。
「……行くぞ」
ライカの行動を見ていたダレスは一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの無表情に戻ると彼女に声をかけ馬を走らせた。
「はい」
ライカもすぐその後に続く。
森を抜けて平野を走り闘技場へ戻った二人は、騎士が控えている詰所へ急いだ。詰所は闘技場の外側にあるので、馬で行くことができる。闘技場からは絶え間なく観客の歓声が聞こえてきていた。
「フレイエ!」
詰所が近づいてくると、馬上からダレスが叫んだ。すると、ちょうど居たようですぐにフレイエが外に出てくる。
「は、はい!! どうなさいました!?」
滅多に大声を上げないダレスが叫んだので、何事かと他の騎士も姿を見せる。
「馬を預ける。それとその男を頼む。もう死んでるが、扱いには気をつけろ。ライカ、行くぞ」
「はい。フレイエ様、申し訳ございませんがセアルグをよろしくお願い致します」
ダレスとライカは一方的に告げると馬をおりて闘技場の入口へ駆けだした。
「え、あの団長!? 死んでるって、一体何があったのですか!?」
フレイエが慌てて事情を聞こうとするが、二人はすでに闘技場の中に入ってしまっていて、その声は届かなかった。
「はぁっ……貴方たちその男性を馬からおろしてあげてください。それと彼を包む布もお願いします」
「は、はいっ」
ダレスに振りまわされるのはいつものことなので、フレイエは諦めて外に出ていた第三騎士に指示を出す。それを遠巻きに見ていた第一や第二の騎士が徐々に集まってくる。
「そいつ誰なんだ?」
「さあなあ。でも一般人じゃないことは確かだと思うぜ」
「筋肉のつき方がちょっと普通じゃないもんな」
「ダレス団長が殺ったのかな」
「そりゃそうだろ」
「いやでも、見たことない小さな剣が刺さってるぞ。団長は大剣だろ」
「じゃあ他に誰が殺ったっていうんだよ」
「俺が知るかよ。一緒にいた女じゃねえの?」
「ありえねえだろ。こいつは戦闘に長けた人物だったはずだ。女が殺せるはずねえよ」
「そうだよなあ……」
赤・青・黒の騎士たちはそれぞれ意見を出し合う。が、誰も正解だと思われる答えにはたどり着けなかった。それどころか謎は深まるばかりだ。
「で、さ……」
皆の会話を聞いていた一人の騎士がおもむろに口を開く。
「ダレス団長と一緒にいた女性は……誰?」
それはこの場にいる全員が心に抱いた疑問だった。
『さあ……?』
騎士たちはお互い顔を見合わせると一斉に同じ言葉を口にした。
「貴方たち!喋ってないで手を動かしなさい!!」
辺りにフレイエの怒鳴り声が響いたのであった。




