42話
「何者!?」
ライカは飛んできた方向を睨みつける。厨房の裏口が半分ほど開いており誰かが外からこちらを見ていた。しかしその襲撃者と思しき人物はフード付きの外套を身に纏っており、顔や性別などはわからない。
正体を確かめるべくライカが一歩近づくと、襲撃者の外套が揺れて隙間から手が見えた。
シュッ、シュッ!
手が動いたかと思うと再びライカに向かって何かが飛んでくる。
「――――っっ!!」
(これは指弾! まさかっ!?)
それをライカは調理台の上に飛びのってかわすと、最初のときに割れた器の破片を掴み襲撃者に向かって放つ。
カツンッ!
破片は襲撃者が動かした裏口の扉によって防がれた。
「貴方は――――」
バアアァァン!!
ライカが口を開こうとしたとき、後ろで大きな音がした。
「どうしたっ!」
裏口ではない方の扉が勢いよく開け放たれ、ダレスが飛びこんできたのだ。中から器の割れる音が聞こえたうえにライカが殺気を放ったのがわかったのだろう。ダレスは険しい表情をしていた。
「!! ダレス様!」
思わずライカは振り向く。これ以上は無理だと判断したのか、襲撃者はその一瞬の隙の間に裏口から姿を消した。
「待て!!」
ライカはすぐに裏口に走り、外へ飛び出した。心臓がばくばくと大きな音をたてている。
(今のはまさか……いえ、そんなはず……でもあの技を使えるのは……)
混乱していて考えが上手くまとまらない。
「ライカ!」
ダレスもその後を追って外に出る。
襲撃者は少し離れたところに馬を用意していたようで、ライカが外に出たときちょうど馬に乗ろうとしているところだった。
馬に追いつけるはずがないとわかってはいたが、ライカはそちらに向かって走り出す。絶対に逃がしたくない。後ろで口笛のような音が短く聞こえたような気がしたが、今のライカは襲撃者を追うことしか頭になかった。
「待て!」
走りだしたライカはダレスに腕を掴まれた。
「お放しください!」
いつも落ち着いて冷静なライカからは考えられないほど、感情がこもった声だった。
「馬に追いつくのは無理だ」
ダレスの声は対照的にとても落ち着いていて、そのことがライカを苛立たせる。
「そんなことはわかっています!でも追わなくてはならないんです!!」
「落ち着け。俺は追うなとは言っていない」
「ではっ……」
何故止めるのですか。そう続けようとしたライカの耳に何かがこちらに近づいてくる音が聞こえてきた。
「来たか」
それは栗毛の馬だった。毛並みがとても美しくよく手入れされているのがわかる。
馬がダレスの前で鼻を鳴らして止まる。素早くその馬に飛び乗るとダレスはライカに手を差し出した。
「乗れ」
「え、あの……」
突然の展開についていけてないライカは、先ほどまでの怒りも吹き飛び戸惑う。
「早く。見失うぞ」
「は、はい!」
ダレスに言われてはっとする。差し出された手を握ると、ぐっと引っ張り上げられダレスの後ろに座らされた。
「行くぞ。しかり掴まってろ」
言葉と同時に馬が走り出す。返事をしようとしたライカは危うく舌を噛みそうになった。
馬に乗ってしばらく経ってから、ようやくダレスが口笛で呼びよせたことに思い至ったのだった。
襲撃者は闘技場から北東に逃げて行った。先には小さな森があり、さらに行くと険しい岩山がそびえ立っている。その岩山を越えると……海だ。
町や村などは一つもないので、どこに向かっているのか予想ができない。逃げ場などないはずなのだが……
だいぶ馬を走らせ森が近づいて来ても襲撃者は止まることなく森の中へと入って行った。
「ライカ、あれは誰だ?」
突然ダレスが口を開いた。ライカが襲撃者の正体を知っているような聞き方だった。襲撃者を追いかけるときに見せた態度からダレスは推測したのだ。あんなに感情的になるのは相手を知っているからだと。
「……今はお答えいたしかねます」
少しの沈黙の後、ライカは否の返事を返した。指弾を見たときにもしやと思ったが、確かめる前に逃げられてしまった。確信が得られるまで言いたくない。言えば自分の過去も話さなければならなくなる。できることならそれは避けたかった。たとえいつか言わなければならなかったとしても……。
「……そうか」
納得したわけではないだろうが、ダレスはもう何も聞いてこなかった。
(申し訳ございません、ダレス様)
彼の背中を見つめながらライカは心の中で謝罪した。
ダレスさんの馬はとっても賢いので指笛ひとつで主の元にとんできます。ええ、もうそりゃ馬番蹴飛ばしてでも駆けつけます!




