30話
ライカは溜息をつくことを何とか堪えながらフェリシアのいる庭園へと戻った。
フェリシアとマールは張ってある幕の下にいたが、やはりエルの姿は見えない。
「姫様、ただいま戻りました」
「お帰りなさい、遅かったわね。お父様に何を頼まれたの」
戻るのが遅くなったのは、審問場でしばらく剣舞の講師をすぐに見つけ出す方法はないか考えてたからだ。結局何も思い浮かばなかったのだが。
(時間があれば見つけ出すことは可能なのですが……)
もちろん剣闘祭の日を変更できるはずもなく、ライカは諦めるしかないのだった。
「それは……」
「ライカが言い淀むなんて珍しい。よほど無茶なこと言われたのね」
その通りでございます、と言うわけにもいかず、ライカは意を決してレヴァイアに頼まれた内容を話すことにした。
(勅命なのですから、やるしかない……のでしょうね)
「陛下は私に姫様の剣舞の講師をせよと仰せられました」
「え……? ほんとに?」
驚くフェリシアに事の顛末を話した。できることなら話したくはなかったが、箒で剣舞を舞っていたことも含めてだ。
「あの老人ついに逃げたわね」
「去年なんかかなり具合悪そうでしたもんねえ。お付きのお弟子さんから毎日薬を渡されて飲んでましたし。あれって胃薬だったんですね」
「確かに。こっちまで具合が悪くなるかと思ったわ」
話を聞いた二人は納得したようで、頷き合っている。
「それでたまたま箒で舞っていたところを、お父様に目撃されて目をつけられたと」
「姫様。言葉が悪うございます」
「いいじゃない、事実なんだから。じゃあ今年の講師はライカなのね。あの老人よりよほど楽しめそうだわ」
「よかったですねー、姫様」
「受けた依頼は完璧にこなすのが私の信条でございます。明日より練習を始めますのでよろしくお願い致します」
「え、明日?ちょっと早くないかしら。まだ日はあると思うんだけど……」
「そんなことはございません。マール、貴方は確か横笛が吹けましたよね」
フェリシアの抗議をばっさり切り捨て、ライカはマールに質問する。
「は、はい。多少は出来ますけど、あまり……」
「では貴方にも手伝っていただきます」
複雑な曲は出来ませんよ、そう続けようとしたマールは最後まで言うことができなかった。
「わ、わかりました」
後必要なことは……といつもより熱の入った口調で話すライカに、二人はただ頷き続けるのだった。
「お休みなさいませ、姫様」
「お休みなさい」
夜二の鐘が鳴り、フェリシアの部屋を辞して自分の部屋へと戻る。ライカの部屋はフェリシアと同じ階にある。侍女や下働き、料理人などが住む専用の棟があるのだが、フェリシアから与えられたのは、限られた者しか入ることのできない階にある部屋だった。近い方が便利でしょ、ということなのだそうだ。ちなみにマールの部屋はライカの隣だ。彼女は先にフェリシアの部屋を下がったので、今頃は入浴中かもしれない。
驚くことに二人の部屋には湯船がある。最初のころは自分には分不相応な部屋だと思っていたライカだが、10年もすれば慣れてしまうもので今ではすっかり自分の部屋だという認識をもっていた。
ライカは部屋の前に着くと懐から鍵を取り出して、扉の鍵穴に差し込み鍵を開けて中に入る。いつもなら入浴の用意を始めるのだが、そうはせずに寝台の傍に行き跪くと寝台の下へ手を入れた。そして何かを掴む仕草をすると手を寝台から引き抜く。手には細身の剣が握られていた。
一度鞘から抜いて刃の状態を確かめると再び鞘に戻し、それを持って部屋の外に出る。鍵を閉めるとライカは城の外へと出るために階段へと向かった。




