22話
結局、黒翔馬の元にまでたどり着けたのは10人中5人だった。初めて入った右も左も分からない森の中で、目的を達成することはいくら国のエリートだとはいえ、偵察になれていない騎士にとってかなり難関なことだっただろう。
ライカもこの結果に少し驚いていた。
(さすがというべきなのでしょう。しかし、気配を消しきれてない人間が寄れば逃げると思ったのですが…もしかしてエルが黒翔馬にお願いしたのかもしれません)
騎士たちが若干の物音を立てながら姿を現しても、黒翔馬が逃げずにナユの実を食べ続けていたのを不思議に思っていたライカは、騎士が来る前にエルが彼(彼女?)と話していたのを思い出した。
さて、無事に全員が森から戻ってきたわけだが、その姿は森に入る前とは大きく異なっていた。一番ましな者で、全身木の葉まみれで騎士服のいたるところに泥が付いている状態だ。顔や手に擦り傷ができているものも少なくない。一番ひどい者は…狼の噛み痕のようなもので全身を飾っていた。
「地の民殿に助けてもらわなければ狼の餌になっているところでした…」
彼が炎狼に襲われたときのことを涙ながらに語っている後ろで、フェリシアとマールがひそひそと話しているのが見えた。
(???)
森に入っていた間に彼女たちがしていた会話の内容を知る由もないライカは、なぜ彼女たちが笑いをこらえているのかわからなかった。
「皆様大変お疲れ様でした。黒翔馬を見つけられた騎士様は次の訓練を受けていただきます。見つけられなかった騎士様は通常任務にお戻り下さい」
「ご苦労だった。今日はここまでとする」
ダレスの言葉で騎士たちが敬礼する。そこへすっかり帰り支度を終えたフェリシアが、皆にねぎらいの言葉をかける。
「騎士の方々お疲れ様でした。これからもローディスのために力を尽くしてくださいね」
今回の訓練がどれだけローディスのためになったのかは分からないが、そんなこと騎士たちには関係なかった。彼らはフェリシアの笑顔さえ見られればそれでいいのだ。
『はぁっっ!!』
先程まで身も心も満身創痍に近かった彼らだが、フェリシアの一言で疲れも吹き飛んだようだ。馬車に乗り込む彼女を幸せそうな顔で見つめている。
ダレスも騎士たちと同じようにフェリシアに敬礼していたが、フェリシアが馬車の中に消えると行きのときと同じようにさっと手を動かし合図を出した。
騎士たちが馬に飛び乗り隊列を組む。
「帰るぞ」
「はい、ダレス様」
二人が先頭にたつと、馬車がゆっくりと動き出した。
一行が王都前に着いたとき、王都の中から夕一の鐘が鳴っているのが聞こえてきた。西の空は夕焼けで赤一色に染められている。
「フェリシア様、本日はありがとうございました。ここからは騎士二人に先導させますので」
ダレスが馬上から馬車の中に声をかける。すると窓が少しだけ開き、中からフェリシアが答える。
「こちらこそ、今日はありがとうございました。私の我がままを聞いてくださったこと、感謝致しますわ」
「いえ、フェリシア様のお傍に付くことは騎士にとって誉れ。いついかなるときでも、あなた様をお守り致します」
「ありがとう。これからもよろしくお願いしますわ。では、今日はこれで失礼します」
「はっ!」
ダレスが敬礼するのを見ると、フェリシアはそっと窓を閉めた。ダレスが騎士に目で合図すると二人の騎士が馬車の前に出てゆっくりと進みだす。それを追うように馬車も王都の中へと入っていった。
それを見送るとダレスは馬車とは違う方向に走り出し、皆もそれに続く。フェリシアたちが入って行った正門とは違い、東門から入るためだ。東門は主に騎士や王国兵士が使用する門で、城に近いところにあり一般人はそこから入ることはできない。他に緊急用として王族専用の門もあるが、城が戦火に包まれたことがないため使われたことはなかった。
東門を通り、城に着くと厩舎に馬を戻してから鍛練場に向かう。
「団長、お疲れ様でした!」
戻ってきたのに気づいたフレイエが足早に近づいてくる。
「ああ」
「皆も無事……なようで何よりです」
帰ってきた騎士たちの姿を見て、若干言葉を詰まらせる。
「今日は先に戻る。後を頼む」
「わかりました。この者たちも解散ですか?」
「ああ」
「だそうですよ。早く風呂にでも入って汚れを落としてください。そんな恰好じゃ騎士の名が泣きますよ。ああ、治療所へ行って傷の手当てもしてもらって下さいね」
てきぱきと騎士たちに指示するフレイエは、まるでお母さんのようだ。言われた騎士たちは宿舎の方に向かって走り出す。
ダレスは執務室がある城内へと歩き出す。ライカも後に続いた。
執務室に入り椅子に座るとダレスが聞いてくる。
「どうだった」
「木の上より騎士様がたを拝見しておりましたが、黒翔馬を見つけられた方々の動きは非常に優れていると思いました。もう少し訓練を積めば、他国での偵察を行うことも可能でしょう」
ライカの報告をダレスは目を瞑ったまま聞いている。
「そうか」
「明日からは城下で偵察の訓練を行いたいと思うのですが」
「フレイエに伝えておく」
「よろしくお願い致します。…お茶をお持ち致しましょうか?」
「頼む」
「では少々お待ち下さい」
そう言うとライカはこの間と同じように隣の部屋でお茶の準備をして戻ってくる。
ダレスの前でティーカップにお茶を注ぐと、そっと机の上に置いた。
「おまたせ致しました」
無言で出されたお茶を飲むと、ぼそりとダレスが呟く。
「…美味いな」
「ありがとうございます」
こうして騎士の偵察訓練の一日目は終了した。
夕一の鐘は16時くらいです。




