表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼の記憶  作者: のどか
―壱―
4/30

時間制限付きの役目

 再びベッドに戻った妹に紫月は唇を噛んだ。


 どうして。

 どうして華乃でなくてはならなかったのか。

 双子なのに、どうして運命は華乃を選んだのか。

 

 何度問いかけても答えなど出なかった。

 ただ、残酷な運命が紫月に許したのは時間制限付きで華乃を支え導いてやることだけだった。

 愛していた。だけど、恨まずにもいられなかった。

 華乃にこの運命を押し付けた人を、紫月にこの役目を授けた人を、確かに愛していたはずなのに、憎んでしまいたくなるほどにこの現実は辛く哀しすぎた。

 それでも――――――……。


紫月しづき


 この世界に、新しい生に馴染めずに無意識に抗い続けていた華乃を紫月以外で唯一すんなりと受け入れた祖母の声に紫月は慌てて振り返った。


「おばあ様」

「おぬしもまた縛られておるのぅ」


 皺の刻まれた顔が更に歪めらるのを見て紫月は微苦笑を浮かべながらゆっくりと首を振った。


「俺は望んで縛られましたから」


 力がほしかった。

 泣き虫な妹を、純粋に、無邪気に、無垢に、紫月を信じ切って慕ってくれる大切な妹を守れる力がほしかった。

 だから、どんなに理不尽でも受け入れた。拒まなかった。抵抗しなかった。


「俺はね、ずっと怖かったんです。

 華乃を守ることで自分の心を守っていたずるい兄でした」


 双子だと言うだけで忌み子と嫌われた。

 男だと言うだけで自分が必要で女の華乃が不要だった。

 兄というだけで自分が善で妹の華乃が悪だった。

 そんな偏見に満ちた場所だった。そんな偏見が怖かった。

 だから、泣き虫で甘ったれで自分にべったりな華乃の姿に安心していた。

 自分が守ることでしか生きられないか弱い生き物に優越を感じて心を安定させていた。

 華乃が、自分より優れた存在になることが怖かった。華乃が自分を必要としなくなるのが怖かった。自分と華乃の位置が変わってしまうことが怖かった。

 それなのに、華乃は笑ってそれを受け入れていた。

 いじめられたら泣いた。れのない悪意を向けられれば簡単に怯えた。それでも、紫月が迎えに行くと安心した様にふにゃりと笑って手を伸ばしてきた。

 華乃はいつだってこの心に巣食うどす黒い闇になど気付かずにただただ紫月を信頼しきって笑顔を向けた。

 『あにさま』そう呼ぶ声が、伸ばされた手が愛おしく感じるようになったのはいつだろう。

心から、この存在を守らなければならないと思うようになったのはいつからだろう。


「それでも、やっぱりおぬしは“兄”じゃよ。

 “妹”を慈しみ導く“兄”じゃ」

「……おばあ様はどこまでご存知なのですか?」

「さての。

 あまりいい子になりすぎるなよ。紫月。

 おぬしも華乃もこの世界に生を受けたことに間違いはない。

 望みを全て呑みこむにはおぬしはまだ幼すぎるじゃろうて」


 意味深な言葉を落として背を向けた祖母に紫月はくしゃりと顔を歪めた。


「参ったな」


 本当にあの人はどこまで自分たちのことを理解しているのだろう。

 “前世”と呼ばれる世界で自分の命が途切れるその瞬間までの記憶を持ったまま新しい生を授かり、受け入れた紫月と、喜びも悲しみ、願いや祈りさえも奪われながらも新しい世界を拒絶し、抗い続ける華乃。

 全く違う二人を黙って受け入れてくれた人。

 誰にも頼れない自分たちをこっそりと甘やかしてくれた人。


「だけど、これ以上縛り付けてはおけない。そうだろ華乃?」


 自分より一回り小さな女の子の手を優しく両手で包み額に押しいだいて紫月は泣きそうな顔で囁いた。

 おばあ様はああ言ってくれたけど、それに甘えるのは許されない。

 俺は、お前の“兄”だから。

 ずっと、ずっと、最後までお前の“兄”でいたいから。


「兄上が守ってあげる」


 だから、もう少しだけ、ギリギリまで時間を引き延ばす俺を許してほしい。

 白い頬を伝う涙を優しく拭って紫月はそっと目を伏せた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ