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蒼の記憶  作者: のどか
―壱―
3/30

夢と現の狭間の世界


 願いと裏腹に浮上してしまった意識は華乃を目覚めへと促す。

 次に華乃が見たのは心配そうに自分を覗きこむ兄の姿だった。


「大丈夫?珍しく起きて来ないと思ったら泣いているからびっくりした」


 優しい穏やかな声。華乃の大好きな一番安心できる声。

 いつもならこのまま飛びついて小さな子どものようにしがみついてわんわん泣くのに、今日は不思議とその声はあっさりと華乃の耳を通り過ぎた。

 降ってくる声は、自分を覗きこむ顔は、いつものように安心をくれるのに、それと同じくらいに華乃の胸に痛みを与える。


「華乃?」

「……なんでも、ない」


 喉の奥からせりあがってくる叫びを押しとどめて華乃はゆっくりと身体を起こした。

 どうして、どうして、兄さんはココにいるのに、私もココにいるのに、あの方はいないの……?

 どうして私はあの方がいない世界にいるの?

 引き裂かれたように痛む胸の奥底でカタチとなった言葉に華乃はハッとして顔を歪めた。


「どうしたの?具合悪い?」


 自分とは違う意味で歪められた兄の顔をぼんやりと眺めながら自分でも制御できない衝動ともとれる感情の渦に呑まれた。

 いつも朧気に霞んで最後には消えてしまう夢の残滓ざんしが鮮明にこびり付いて離れてくれない。

 華乃を呼ぶ声も、伸ばされた小さな手も、泣きたくなるくらいに切ない叫びも。

 全部全部覚えている。小さな少年が華乃と同じ年くらいまで成長して、それでなお、華乃をずっと求め続けていることを、記憶の奥底に沈むことなく鮮明に覚えている。

 鮮明に残りすぎて今自分がどこにいるのかさえ分からなくなりそうだ。

 夢から覚めたのか、それともあれが現実で今、夢を見ているのかもう判断できなかった。

 ただ、あの手を握らなければならないと思った。

 何にかえてもあの小さな手をとって涙を拭って抱きしめてやらなくてはならないとそう思った。

 今の自分と同じ年頃になった少年を抱きしめてもう大丈夫だと、そばにいると、囁いてやらなければならないと思った。


「華乃?」

「……蒼」


 凍えるような蒼い月。

 澄み渡った蒼はあの幼子の悲しみを、孤独を、溶かして固めた色。

 華乃が慈しんだ色。誰よりも何よりも、何を犠牲にしてでも、守ろうと誓った色。

 華乃の人生において最初で最後の誓いを、祈りを、願いを託した月の色。


「かえらなきゃ、」

「華乃!!」

「だって、待ってる。まだ、待ってるの。私を、待ってる!ずっと……!」

「華乃ッ!!お前の居場所はココだろう!?」

「ココ…?だって、ココには父上も柚稀ゆずきもいない。あの方も、いない。

 かえらないと、あの方の側に帰らないと……!!」

「華乃!?さっきからどうしたんだ?父さんなら下に、リビングにいるだろ……?」

「兄上こそ何を仰ってるんですか?……あに、うえ?」


 零れそうなくらいに目を見開いて華乃はその顔を凝視した。

 あれ?可笑しい。だって兄上はもう亡くなったはずだ。

 ……じゃあこの人はだれ?

 顔立ちも声も、仕草も全部そのまま兄上なのに、身につけている着物が変だ。

 そういうえば、私どこにいるんだっけ?私、私は確か―――――…。


「華乃、思い出すな。まだ、その時じゃない。まだ、まだ、もう少しだけ」


 泣きそうな声を最後に華乃は再び意識を手放した。

 ぼんやりと脳裏に浮かんだのは嘲る月と自分を埋め尽くそうとする薄紅。

 じわじわと体温いのちを奪うひんやりとした感触だった。



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