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序章

　漆黒の空の下、はらはら舞う六花に抱かれて眠りにつく。

　それはひどく幸福（しあわせ）な記憶（ゆめ）だった。

　闇夜を真白の雪と頼りない月がぼんやりと照らしている。

　大木に背を預けた青年は緩慢な動作で辺りを見回すと安心した様に息を吐いた。

　酷く疲れた気がする。いや、実際に随分と無理をした。

　その証拠にもう指一本動かせそうにない。

　それなのに朦朧（もうろう）とした意識の中で見た、まだ幼い主の悲痛な表情と叫びが頭から消えずに響いている。

　青年は柔らかい真白に抱かれながら小さく笑った。

　願いは。

　祈りは。

　望みは。

　尽きることなどないけれど。

　それでもとても幸福（しあわせ）だった。

　大好きな人を失って泣いた春も、大切な人を見つけた夏も、愛しい人たちに囲まれて過ごした秋も、唯一無二の存在をこの手で守ることができた冬も掛け替えのない宝物で、幸せな時間だった。

　与えられた時間は他人に比べて短かったのかもしれない。

　それでも走って、走って、わき目も振らずに走り抜いて、誰よりも生きた。

　たった一人の為に、自分の全てを懸（か）けて走り抜いた。

　それはとても幸せなことだから、満足しなくてはいけない。

　自分の価値を、どれだけ愛されているかを知っているのに、自分がいなくなることで問題が生じることだって分かっているのに捨てられなかった願いだから。

　――――あの存在（あるじ）を守れるのならば私は喜んで命（すべて）を差し出そう。

　あの方が生きていてくれるのならばそれだけで私は幸せだと笑えるから。

　自分勝手で傲慢な願いなのかもしれない。だけど――――。

　どうか、泣かないで。

　どうか、諦めないで。

　どうか、どうか――――――……。

　神様、お願いです。

　私に訪れるはずだった幸福を全部、あの方に。

　次第に遠のいていく自分を呼ぶ悲痛な声を聞きながら青年は静かに目を閉じた。

　その顔はとても穏やかで見ている者が言葉を失うほどに幸福そうだった。