雑草の歩く道 ④
=とげさす あざみ =
職場でぼんやりしていたら、声をかけられた。
「組合、やってくれへんか?」
なんでっか、それ?まあ暇なんで、いいですよ。
労働組合の下部組織、青年婦人協議会。女性と、26歳以下の男性で構成する、まあ、お遊び集団だ。
みんなで集まって、ワイワイ。機関誌を書いたり、イベントの企画をする。で、人を集めてみんなで楽しむ。
走れなくなって、完全に落ち込んでいた私は、ここで見事に復活した。
走るばかりで、外を見ていなかったのだ。
目新しくて、楽しい。
1年、支部でやっていたが、2年目は本部役員になった。
企画するイベントも大きくなる。 他団体との交流もある。
人を動かすことの面白さを、ここで覚えた。
1年間頑張って、結果もしっかり出してさて、翌年はーー
というところで、壁にぶつかる。
女性の壁だった。
男性役員なら、2年連続の本部は、十分にある話だったのだが、 後進に譲ってほしいと言われた。もともと女性には、2 ポストしかない。サブなのだ。
そうか、この組合って、そんなもんなんや。
ちょっと婦人運動に片足を突っ込んでいた私は、正直、がっかりした。
それでもまだ、支部には残った。
経験がある分、新人のフォローができると思ったからだ。
そしてご意見番になった。
男性にも堂々と意見を言う。
自分の経験に基づいて、甘い考えは叩いた。方向性だけ見極めて、後ろでじっと見る。
夏に大きなキャンプがあり、そこでいろんな団体が集まり、意見発表する。いわゆる弁論大会だ 。
前年は、役員として運営に関わったが、その年は、一般参加者。
そこで私は、我が組合の代表として発表することになった。
内容は確かーー
陸上部での挫折から、組合活動へ。そして本題の婦人問題へ。
ちょうど男女雇用機会均等法が制定される前だった。
会場を埋めるのは300人以上、その前で、静かに語りかけた。
そして優勝。
毎日、鏡の前で時計を置いて練習したのだ。 絶対の自信があったけど、本当に嬉しかった。
そして翌年、また壁が立ちふさがる。
「今年はやめてくれへんか」
職場の係長に言われた。
男性ならここから組合本体に行くのだが、そんな話も全くなかった。
結局そういう会社なのよね、ここは。まあ、別にいいけどさ。
職場ではいろいろ改善していた。
課長に直訴もした。
やりすぎだとは思わない。
それまでがおかし過ぎたから、普通にしただけだ。
お茶くみなんて、自分ですればいいのだ。
それでも、仕事面でも壁がある。
結局、補助扱いなのだ。そういう時代だった。
どんなにワープロが上手くなろうと同じだ。主業務には関われない。
後から研修で入ってくる大卒男子が、手取り足取り指導を受けるのを横目に見て、細々とした雑務を片付ける。
私が教える時もある。
全く。なんでやねん。悔しいなぁ。
でも、ここじゃ仕方ないよな。
結局、結婚、出産を経て、退職した。
全く未練はなかった。




