現場で育った最強オカン ①
これまでの私の作品
『ん。』ー神様は遅れてやってくるー と
『ん。』それから ー神様はやっぱり気まぐれー を読んでくださった方は、もうお気づきかもしれませんが——
この3冊目、ちょっと毛色が違います。
パパは、まだ出てきません。
ククルやココロも、まだいません。
つまり、癒し担当不在です(笑)
代わりに出てくるのは——
迷走中の私。
しんどいことも、いっぱいありました。
でも今なら書けます。
ピョリピョリ節で、乗り越えます。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
でも案外、必死で生きてきました。
そんな迷子の私の奮闘を、
「なんじゃこりゃ?」とツッコミながら読んでいただけたら嬉しいです。
さてと——
それでは、昔話のはじまり、はじまり♪
=まっ黒オカン 爆誕=
私はどうも、じっとしているとろくなことにならない。
いや、動いていても大概ろくでもないのだけれど。
とにかく人生の節目節目で、「そこ行く?」みたいな道を選んできた。
高校卒業して入ったのは、地元じゃ 大手の◯◯ 重工業 △△ 工場。
陸上競技を続けるために選んだ。
まさか、そこから経理を経て、 ガードマンにまで化けるとは、この時の私はまだ知らない。
でも陸上部のことは、また後にしてーー
入社後 しばらくして、 電算係に配置された。総勢4名 。何すんの?状態の私に、おじさんたちは、最低限の オペレーションを教え、 放置 。
いやー放置ってあり?観葉植物でも水くらいやるぞ。
普通科高校を出たばかりの女子に、何ができる? お茶汲みか ?
で、あまりに 暇すぎて、COBOL(プログラム言語)の本で1人 お勉強。誰に言われたわけでもないが、けなげな私。
おかげで なんとか、フローチャートくらいはわかるようになったけど、ちゃんと仕事はできてない。
二十歳の時に 、椎間板ヘルニアになって、5ヶ月休んだ。
コルセットを巻いて職場復帰すると、部署が変わっていた 。いわゆる配置替えだ。よく分からんけど、しばらく男性のお手伝いばかり。女子の仕事ってこんなもん?と 、とても不思議だった。
その後、 経理係が編成されるにあたって 、そっちに配属された 。
なんだかんだと、 たらい回しかーい。とは思ったが 、さすがに経理は分からない 。
同じ係のおじさんに頼んで、定時後、簿記の勉強会を開いてもらった。ようそんなこと、タダでおねがいしたもんだ。そしてこっそり仕事中にもお勉強。
めでたく 簿記3級は取れた。
私の資格 第1号である。商業科なら 、みんな持ってるだろうけどね。
自分の担当が、ちゃんとあったのが嬉しかった。
だけど、女はあくまで 補助 、という時代 。
会計監査の時は、後から研修で入ってきた新人男子が、堂々と監査室に入っていく。でも私はいつも事務所でお留守番 。
ーーなんでやねん。
私の方が仕事してるのに。
本当に悔しかった 。
その後結婚し、 出産を機に退職。
ーー 全く未練はなかった。
出産後は、専業主婦 。
二人の子供が小学校に入るまでは、家にいよう。と思ったのは 、今時みたいに、 家事分業のできる時代じゃなかったからだ。
昭和の男はそんなもんだった。
娘たちが小学校に入学した頃、 2度目の椎間板ヘルニアの手術をした。
その後は、パートに行くにも 、レジのような冷えて 立ちっぱなしはできないので、事務のパートに行った。
でも今度は、ずっと座っていられない 。
案外 座る姿勢は、腰に来るのだ。
手術から1年後 、私が選んだ 仕事は。
ガードマン だった 。
立ちっぱなしだが 、動きあり 。
しかも屋外 。太陽に当たる 。
リハビリにはいいんちゃうか?私、多分、光合成が効くタイプ(笑)
何より日給が良かった 。
週3回出れば パート 1週間分が稼げる 。
面接で、社長に聞かれた。
「なんか 訳あり ?」
いえいえ、 ごく普通の主婦ですよ ー。ホホホ。
まあ 世間の目はそんなもんだ。
でもこれが、予想以上にはまった。
現場仕事は面白い。
道路工事の現場 、知らないことだらけで、毎日が新鮮だった。
赤と白の旗で、車の流れをコントロールする 。
簡単そうに見えるけど 、これがなかなか難しい。 細かい 状況判断と広い視野とちょっと運動神経。実は、 本当は 若者向きの仕事だと思う。
そして、女だからと言って、 甘やかされることはない。
責任は男性と同じ。
まあ現場の人たちは、女性には多少優しいけれど 、そのかわり 通行人は容赦ない。
ケツにドンピシャ でダンプにつけられたり。
通りすがりに、いちゃもんをつけるおっさんとか。
女やと思って、舐めてくるやつもおる。
それでも少しずつ 現場に認められていった。
監督さんからも信頼され、社長の代わりに現場を回ったり、新人のサポートに入ったりするようになった。
人通りのないところでは、 現場の手伝いもする 。
角スコップで土をすくうのは、今でも得意だ 。
残念ながら、 雪でも積もらない限り 、その技を披露する場はないけれど。
日焼け止めを塗っていても、真っ黒に日焼けする。
「アスファルトと一緒に埋めたろかー」
と、現場さんに笑われた。
普通に主婦をやっていたら、知らないことばかりだ。
楽しかった。
でも、夏の暑さやと冬の寒さは想像以上にきつかった。
食事があまり取れず、どんどん体重が落ちていく。
167cm 47kg 。
吹けば飛ぶ。
ーーいやこれ、ちょっとヤバいんちゃう?
そして3月初め 。
離婚した。
子供を育てるには、このまま ではあかん。 アルバイトを増やせば、体がもたない。
私は考えた。
ーーよし。店やろう。
旦那がいなくなって、気楽になった私は、自分の夢を追いかけてみることにした 。
3月末 。
下期の工事が片付くのを待って 、私はガードマンをやめた。




