理想の顔
片山は、幼い頃から自分の顔がなんとなく嫌いだった。
一重の腫れぼったい目、低く曲がった鼻、ガタついた歯並び。そのどれもに自信がなかった。客観的に見ればそこまで酷い容姿でもないと分かっていたが、大人になってもその意識は抜けず、新聞社の記者として取材先に出るたび、人の目線が気になってしょうがなかった。
だが整形するほどの気力もなく、自分はこういう存在なのだと、己を納得させ日々を生きていた。
それは恋愛においても同じだ。彼がひそかに想いを寄せる女性、経理部の吉岡。笑うとえくぼができる、可愛らしい人。けれど、彼女が自分に向けるのはいつも仕事仲間としての笑顔だけだと、片山は思っていた。
そんな悶々とした生活を送っていたある日、世界は変わった。人々の顔が、すべて消えたのだ。早朝、重い気持ちで鏡を見た片山は叫び声を上げて腰を抜かした。目、鼻、口。その全てが自分の顔から消え、のっぺらぼうになっていた。
混乱した頭でテレビをつけ、どうやらこれは自分だけでなく、世界中の人々に起こったのだと理解した。ニュース番組は識別不能なアナウンサーが顔のないまま原稿を読み上げ、朝の生放送のバラエティ番組はすべて放送休止になった。SNSは阿鼻叫喚、サーバーダウンが相次いだ。
最初の数日は、混乱が社会を襲った。なぜ顔が消えたのか、なぜ目も鼻も口もないのに、普通に生きていられるのか。世界中の医者も科学者も哲学者も神学者も、その理由を説明できる者はいなかった。
それでも、やがて人々は順応した。一カ月も経てば、皆が顔のない事実を受け入れて生活を営み始めた。目も見える、息も吸える、喋れもする。食事はかつて口があった辺りに持っていけば、自然に食べられる。
片山も普段通りの生活に戻った。いや、以前より生き生きとさえしていた。この世界中を襲った不可思議な現象は、メリットこそあれ、デメリットは全くないと思った。もう、容姿で他人と比べなくて良い。それだけで彼の心は羽のように軽くなった。
「真の平等がついに訪れた」
片山は社説にそう書いた。記事は大きな反響を呼び、彼は社内で賞を取り、初めて褒められた。
顔がなくなってから、吉岡とも親しく話せるようになった。見つめ合う必要も、無理に笑顔を作る必要もない。彼女の声や仕草だけに集中できる。だから堂々と自分の意見を言えた。
「片山さんって変わったね」と吉岡はつぶやいた。その時、彼はようやく決意した。吉岡に告白する。そう決めた。
長い時間がかかった。絶対に失敗したくない。綿密な計画を立て、いざ実行しようとしたその折、衝撃的なニュースが世界を駆け回った。
「人工顔手術、ついに実用化」
のっぺらぼうの顔は、言い換えれば真っ白なキャンバスだった。革新的な美容整形技術で、全員が理想の顔を手に入れられるようになった。街のクリニックには行列ができ、ネットやテレビでは、「再び笑顔の時代が来た」と報じられた。
片山は憤怒した。平等と平穏が訪れた世界に、再び差別と混乱がやって来ようとしていた。彼は記者らしく現場に出向いて、再び顔を手に入れようとするのっぺらぼうの行列に片っ端から取材した。
「なぜあなた方は顔を手に入れたいのか。なぜ再び、容姿で優劣が決まる世界に戻りたいのか」
人々の答えは様々だった。
「やっぱり顔がないのは寂しいし、怖い」
「美しくなりたい、格好良くなりたい」
「昔に戻りたい」
片山はそのすべてに怒りながら反論した。けれど人々は、彼と議論する気などさらさら無かった。疲れ切った片山。そして彼をさらに気落ちさせる事態が起きた。クリニックから吉岡が出てきたのだ。あの懐かしい、愛らしい顔を付けて。
「やっぱり私は、私の顔が好きだったって、気づいたんです」
片山さんも、本当の顔を取り戻しましょう。そんな言葉に背を向け、片山はモノクロームの街をただ彷徨った。気づけばどこもかしこも、人の顔ばかりで溢れていた。視線が痛い。誰しもが平等だったはずの世界は、もうそこにはなかった。
しばらくして、片山はあるネット記事を書いて投稿した。タイトルはこうだ。
「ルッキズムの権化たちが帰ってきた。人工顔手術を受けた者たちは皆、差別主義者だ!」
片山は顔を取り戻した者たちに対する思いの丈を、すべてその記事の中でぶちまけた。コメント欄は荒れに荒れ、いわゆる炎上となった。片山は特定され、勤めていた新聞社はクビになり、吉岡とも二度と会うことはなかった。
数年経って、人々の多くは新しい顔とともに生きることを選んだ。片山は薄暗い部屋の中、一人で青白く光る画面を眺めている。彼の書いた記事には未だにコメントが付く。そのほとんどが片山に対する批判だが、なかには彼同様、人工顔手術を拒んだ者からのコメントもあった。
「比べるものがなければ、誰も不幸にならないのに」
それを見る片山の顔は、表情などあるはずもないのに、なぜか悲しそうに見えた。
おわり




