第9話:城での朝
「おはようございます! よく寝られましたか?」
自分で思っているより疲れていたのだろう。
翌朝、モニカが起こしにくるまで、ぐっすり眠っていたアイリスは飛び起きた。
「お、おはよう、モニカ……」
「慌てなくても大丈夫ですよ。どうぞ、顔を洗ってください」
テーブルの上に水の入った鉢とタオルが置かれる。
「着替えはどうなさいます? どのドレスがいいですか? 真っ白いドレスも綺麗ですけど、目の色に合わせて薄紫のドレスもいいですね」
「あなたに任せるわ」
「では白いドレスにしましょう! 城での一日目ですからね、明るい気分になりますよ」
昨晩は自信なさそうなことを言っていたモニカだが、元来世話好きなのだろう。てきぱきとアイリスの身の回りを整える。
「さ、鏡台の前に座ってくださいな。髪はどうします?」
「そうね。上半分を結ってもらって、後ろは下ろしておくわ」
「わかりました」
モニカがブラシで髪をとかすと、手慣れた様子で髪を結ってくれる。
「綺麗な金色の髪ですねえ。艶々で触り心地がとてもいい。さすが貴族のお嬢様ですね」
「あ、ありがとう……」
こうして人に髪を触られるのは久しぶりだった。
父が亡くなって貧しくなり、まず削られたのはアイリスの周りだったからだ。
侍女が一人もいなくなり、アイリスは平民のように一人で着替え、髪を結った。
(ああ、なんだか昔に戻ったよう……)
モニカの手つきは優しく、それだけでアイリスは癒やされた。
「さあ、できました! お綺麗ですよ! 本当にお美しいですね、ヒューゴ様が惚れ込むわけです」
モニカの大げさな褒め言葉に、アイリスは照れくさくなってしまった。
「ありがとう……」
堂々としなければ、と思いつつ、長年虐げられてきたせいで、どうしても卑屈な笑みを浮かべてしまう。
(ちゃんと貴族の令嬢として振る舞わないと……。そのために連れてこられたのだから)
アイリスはモニカに案内され、一階の食堂へと向かった。
「アイリス様をお連れしました」
「おはようございます……」
アイリスは席についているヒューゴを見てハッとした。
貴族服を着て黒髪を整えたヒューゴは、どこに出しても恥ずかしくない端麗な姿をしていた。
(爵位を与えられるだけあるわ……)
こうして落ち着いた態度を取っていると、昨日自分に噛みついてきた人と同一人物とは思えない。
(こんなに美しい男性は貴族でも滅多にいない。姫に気に入られるのも納得だわ……)
そのとき、アイリスはヒューゴが自分を凝視していることに気づいた。
心なし驚いたかのように目を見張っている。
「あ、あのヒューゴ? 何か……」
声をかけると、ヒューゴが気まずそうに咳払いをした。
「よく眠れたか?」
思いがけない言葉に、アイリスは驚いた。
「ええ。おかげさまで……」
気づけば周囲には給仕をする使用人たちがいる。
(他人の目がある場所だから、婚約者として扱ってくれるのね……)
朝食は美味しかった。
まともな食事をとるのが久しぶりだったアイリスは、幸せな気分でカップに口をつけた。
「ご馳走様でした」
「では、モニカに城を案内してもらえ。俺はこれから兵士の訓練がある」
それだけ言うと、ヒューゴが席を立った。
(いいのかしら……。本当に婚約者のような扱いだけど……)
奴隷として、どんな仕事を申しつけられても受け入れるつもりだったアイリスは拍子抜けした。
「行きましょう、アイリス様」
モニカに連れられ、アイリスは食堂を出た。
「案内が終わったら練兵場に寄ってくれ。兵士たちに紹介する」
「承知しました」
モニカがぺこりと頭を下げる。
「練兵場って?」
「兵士たちの訓練場ですよ。男くさくてむさ苦しい場所ですけど、これから守ってくれる人たちだから、まずは顔を覚えてもらわないと」
「ええ……」
同じ貴族とはいえ、騎士や兵士を抱えていなかったカークウッド侯爵家とはいろいろ違うようだ。
「そういえば、馬もたくさんいるのね……」
昨日、馬のいななきを聞いたアイリスが言うと、モニカがうなずいた。
「厩や馬場も後で見に行きましょう。アイリス様も狩りに同伴されるかもしれませんし」
「狩り……」
父も狩りにはよく行っていた。だが、女の子であるアイリスは連れていってもらえなかった。
(馬も乗ったことがないわ……)
(そのうち、乗馬もすることになるのかしら)
(私ったら、本当に何もできない……)
モニカが広々とした城を案内してくれる。
「アイリス様はほとんど二階でお過ごしになられると思いますが、一応一階の厨房や倉庫なんかもお見せしますね」
モニカがてきぱきと案内してくれる。
わかりやすい造りの城だったので、だいたいの間取りは頭に入った。
(ここで暮らしていくのね……)
不思議な気分でアイリスは城を歩いた。
自分が騎士の城で暮らすなど、想像もしていなかった。
城の外に出ると、庭園や畑を案内してもらう。
そのとき、男たちの荒々しい声が近づいてきた。
「あっちが練兵場ですよ」
アイリスはドキドキしながら、モニカに後についていった。




