第47話:聖女の予知
アイリスとヒューゴは屋敷から出た。
「さっさと城に帰ろう」
「ええ」
ふたりが立ち去ろうとしたその時、キャラダインが屋敷から飛び出してきた。
「あいつっ!」
兵士を振り切ったらしいキャラダインが駆けてくる。
必死で暴れたのだろう。上着ははだけ、髪は乱れ、ひどい有様だった。
「アイリスーーーー!!」
切ない絶叫が庭に響いた。
「おまえは俺のものだ! おまえは――」
「下がってろ、アイリス」
ヒューゴが剣を抜くと、キャラダインに向かって歩き出した。
「……っ」
アイリスはハッとした。
それは十年以上ぶりの感覚だった。
脳内に風景が広がっていく。
勝手に映像を見せられているような気分だ。
(これ……未来予知の……)
曇った空に稲光が轟き、近くの大木に落ちる。
木は縦に裂け、そのまま倒れてヒューゴの元へ――。
「逃げて、ヒューゴ!!」
アイリスは強くヒューゴの手を引くと、その場を離れた。
雷鳴が轟いたかと思うと、裂けた大木が轟音を立てて倒れてきた。
ついさっきまで、ヒューゴがいた場所だ。
すぐそばではキャラダインが腰を抜かして地面にへたり込んでいる。
「いたぞ!」
屋敷から出てきた兵士たちが駆け寄って、キャラダインを取り押さえてくれた。
「……っ」
アイリスはぎゅっとヒューゴの胸元を握った。
「これは――」
すぐ目の前に倒れている大木に、ヒューゴが目を見張る。
「なんでわかった? おまえ……聖女の力か?」
「え、ええ。久しぶりに予知が――」
アイリスはごくりと唾を飲み込んだ。
(消えていなかった、私の力……)
(でも今、なぜ……)
アイリスはハッとした。
一度目の災害を防いだ予知。あのとき見たのは、土砂崩れに巻き込まれる父だった。
そして、今はヒューゴ。
(もしかして……愛する人の危機に反応したの?)
(だから、父が亡くなってからは能力が発動しなくなった……?)
(つまり、予知ではなく危機察知能力なのかも……)
黙り込んだアイリスを心配するように、ヒューゴが顔をのぞき込んでくる。
「どうした、アイリス」
「私の聖女の力はとても限定的なものかも……」
「あんまり考え込むな、アイリス」
ヒューゴがそう言うと、アイリスを強く抱きしめる。
「ヒューゴ……」
見上げるアイリスの額に、ヒューゴがそっと口づけた。
「助かった。だが、もしおまえが引っ張ってくれなくても、きっと俺はおまえごと飛びすさって回避していたよ」
「……!」
確かに、アイリスは大木に潰されるヒューゴを見ていなかった。
それにヒューゴの身体能力なら、とっさに動くこともできただろう。
「だから、聖女の力なんてなくても俺は大丈夫だから」
優しく頭を撫でられ、アイリスはうなずいた。
「うん……」
「もう大丈夫だ。たとえあいつが黄泉の世界から舞い戻ったとしても、俺がおまえを守る」
ヒューゴの腕の中にいると、心配事がすべて消えていく。
(幸せだわ……)
アイリスはそっと目を閉じ、ヒューゴの体温だけを感じた。
*
その後、キャラダイン公爵は王の下に引きずり出され、数々の証言によって国家反逆罪、誘拐罪、監禁罪などに問われ、処刑が決まった。
また、共謀罪でエイダも有罪となったが、頑なに娘のデボラの関与を否定したため、デボラはおとがめなしで放免となった。
王城で王の裁決を見守っていたアイリスは、憎悪を込めて自分を見つめるデボラに悲しい気持ちでいっぱいになった。
(異母とはいえ姉妹だったのに……結局わかりあえなかった……)
ぎゅっとアイリスの手が握られた。
アイリスは傍らのヒューゴを見上げた。
「気にするな。あれはもうおまえの家族じゃない」
「うん……」
「おまえの家族は俺だ」
アイリスはハッとしてヒューゴを見た。
ヒューゴは微笑んでいた。
「そうね……」
「帰ろう、城へ」
キャラダインとエイダが引きずられるようにして連れて行かれる。
自分を競り落とそうとしたキャラダイン、そして自分を売り飛ばした義母と、もう二度と会うことはないだろう。
過去という重い枷が今、音を立てて外れた気がした。
アイリスは足取りも軽く歩き出した。
かたわらでヒューゴが微笑んでいる。それだけで胸がいっぱいになった。




