第46話:初恋の到達点
「ヒューゴ!」
アイリスは床を蹴ると、ヒューゴの胸に飛び込んだ。
「おっと……」
意外な行動だったのか、ヒューゴが動揺したようによろける。
アイリスは構わず、ヒューゴを力の限り抱きしめた。
「どうしたアイリス」
戸惑うヒューゴの顔を見上げる。
「私、やっぱりあなたのことが好き。初めて会ったときから」
ヒューゴの瞳が驚いたように揺れる。
「不遜なのはわかっている。でも何度でも願ってしまうの。あなたを手に入れたいって」
くっとヒューゴが喉の奥で笑った。
「はは……さらわれて囚われて怯えていると思いきや……」
ヒューゴがぎゅっとアイリスの細い体を抱きしめた。
「俺はおまえのものだ、アイリス。初めって会った時からずっと」
「……っ!」
ヒューゴの言葉にアイリスの胸は感動に打ち震えた。
アイリスは頬をそのがっしりした胸板にこすりつけた。
「本当に……? あなたを金で買った傲慢な女なのに……?」
「ああ。俺もおまえを金で買った」
ヒューゴがアイリスの両頬を包むようにして顔を上げさせる。
「でも、おまえは俺を愛しているだろう?」
「ええ!」
ようやくはっきりと気持ちを伝えられた。
もどかしくなるほど、遠回りをしてしまった恋が今、ようやく正しい場所に落ち着いた気がした。
そっと愛しげにヒューゴの唇が額に押しつけられる。
「ヒューゴ」
ねだるように熱い視線を送るとヒューゴが一瞬ためらい、そして静かに口づけた。
「んん……」
戦いを終えたばかりのヒューゴの唇は熱を持っていた。その熱は唇を通してアイリスの胸を熱くさせた。
ようやく唇を離したヒューゴの顔を見てアイリスは微笑んでしまった。
「なんでそんなバツが悪そうなの?」
「なんだか……悪いことをしているような気分になってな」
「私が聖女かもしれないから?」
「いや、聖女かどうかはどうでもいい。そうだな。やっぱり俺にとっておまえは高嶺の花だったらしい……」
ヒューゴが気まずそうにアイリスを見た。
「もう違うわ」
アイリスはにっこりと笑った。
「私はあなたの婚約者よ」
「ああ、そうだな」
ヒューゴがアイリスをしっかと抱きしめた。
「こんな屋敷さっさと出るぞ!」
「え、ええ!」
ふたりが手をつないで階段を下りようとしたとき、再び激しい爆発音がした。
「あれは何!?」
顔を引きつらせたアイリスに、ヒューゴが微笑む。
「火薬だよ。ファーディナンドのところで作っていてな。以前分けてもらったんだ」
「ファーディナンド様から……!」
もうヒューゴは彼の従騎士ではないが、ファーディナンドにとっては今でも可愛い弟分なのだろう。
「おまえを取り返すためなら、ありとあらゆる手段を使う」
ヒューゴが晴れやかに微笑んだ。
階下に降りると、屋敷の中は悲鳴を上げて逃げ惑う使用人たちで大騒ぎだった。
「早く逃げろ!」
「階下で火がついたわ!」
使用人たちは逃げるのに必死で、誰もアイリスやヒューゴを見もしなかった。
簡単に脱出できると思った時だった。
「っ!!」
足早に階段に向かってくる長い髪の男――それはキャラダインだった。
「アイリス!! どこへ行く!!」
キャラダインはヒューゴに手を繋がれているアイリスを見て悲鳴のような声を上げた。
「おまえは誰にも渡さないぞ!!」
懐からナイフを取り出したキャラダインに、ヒューゴが接近した。
「キャラダイン!!」
ヒューゴは剣を使わず、勢いのままに拳をキャラダインの顔面に叩きつけた。
「ぎゃっ!!」
容赦のない一撃に、キャラダインがもんどり打って壁にぶつかる。
凄まじい音がして、壁に飾っている絵画が落ちた。
キャラダインはそのまま、ずるずると床に腰を落とした。
「おまえはもう終わりだ! 今、ジャレッドが国王に報告に行っている。人の婚約者をさらい、そのために国境襲撃を実行した罪は重いぞ!」
「どこに証拠が……」
口から血をぬぐい、それでもキャラダインが不貞不貞しく笑った。
ヒューゴが冷ややかにキャラダインを見る。
ヒューゴがキャラダインを殴り殺してしまわないかと心配で袖を握ってしまったアイリスだったが、想像に反してヒューゴは冷静だった。
「エイダたちが全部吐いた。おまが雇ったならず者集団も確保している」
「私も証言します。薬を飲まされて、さらわれてこの屋敷に監禁されていたと」
アイリスの言葉に、キャラダインががっくりと肩を落とす。
「きみは……僕の理解者になってくれると思っていたが……」
「あなたは私が欲しいんじゃない。お母様の代わりがほしいだけ。そうでしょう?」
アイリスの言葉にキャラダインは激しく首を振った。
「違う! 俺はきみが――」
「あなたが見ている私は幻想です。私は都合のいい聖女のお人形じゃないわ」
「違う違う!!」
口から泡を吹いて必死で否定するキャラダインに、ヒューゴがため息をついた。
「こいつを縛っておけ! 逃がすなよ!」
駆けつけたコディたちに指示を出すと、ヒューゴはそっとアイリスの肩を抱いた。
「酷い目に遭わなかったか?」
「ええ。大事にされていたわ。でも……怖かった」
「もう二度とこんなことが起こらないよう、俺がそばにいる」
アイリスの肩を抱く手に力が込められた。
「ええ」
アイリスはそっとその手に頭を載せた。




