第44話:囚われのアイリス
翌日、アイリスは屋敷の中庭を散歩していた。
閉じ込めてばかりいては弱ってしまうと考えたのだろう。
見張りのためにワイアットがそばにいるが、周囲には他に誰もいない。
人払いをしているようだ。
中庭はよく手入れをされ、花が咲き乱れていたが、アイリスの心は陰鬱に閉ざされていた。
(まるで囚人ね。鎖で繋がれていないのが不思議なくらい……)
閉じ込められた部屋にはバストイレが併設されており、散歩のとき以外は部屋から出してもらえない。
(いつまで続くのかしら、こんな生活が――)
(もしかしたら、一生?)
キャラダインならやりかねない。
誰の目にも触れさせなければ奪われることもない、と考えていそうだ。
(嫌だ……何とかしなくては)
アイリスは庭をそっと見渡した。
どこまでも緑が続く広く美しい庭。
今逃げ出しても、あっという間にワイアットに捕まえられるだろう。
失敗したら、二度と部屋から出してもらえないかもしれない。
(落ち着くのよ。衝動的に行動してはダメ……!)
アイリスは必死で心を落ち着かせた。
今すぐにでもここを飛び出してしまいたい。
ワイアットは忠実な犬のように、じっと黙ってアイリスのそばにいる。
アイリスは彼の良心に訴えかけてみることにした。
「あなたは私の事情を知っているの……?」
「ええ、まあ……」
ワイアットは言葉少なに答えた。
「あなたはとても誠実そうに見えるけれど……。キャラダイン公爵のしていることに賛同しているの?」
「……私は彼に恩がありますから」
「そう」
決していいこととは思っていないけれど、選択の余地はないようだ。
(そもそも、甘言に乗りそうな人間を私のそばに置いておくわけがない……)
そのとき、屋敷から執事が走ってきた。
「ワイアット、今すぐ彼女を部屋に戻せ!」
「!!」
ワイアットがさっとアイリスの腕に手をかける。
「中から鍵をかけ、絶対に目を離すな、との仰せだ」
「わかった! さ、アイリス様」
ワイアットがそっとアイリスの腕を取って促す。
強引に引っ張られながら、アイリスはほぼ確信していた。
(この慌てよう……)
(きっとヒューゴが来てくれたのね!)
「お静かに。手荒なまねはしたくありません」
ワイアットの囁きに、アイリスは叫び出したいのをこらえた。
今、大騒ぎをして猿ぐつわをされたり、拘束されてはいけない。
(チャンスを待つの……!)
(ヒューゴ……! 私に力を貸して!)
*
「何をしにきた」
キャラダインは黒いターバンで顔を隠した男を睨んだ。
「後金は酒場で受け渡す手筈だろう。なぜ屋敷まで来た」
ターバンの男は落ち着かない様子で手をすり合わせている。
「やばいんだ。シルバリウス城の奴らが俺たちを探しに町まで来ている」
「何だと? ヒューゴの部下が?」
「アーデル橋を襲撃したあと、すぐにその場を離れた。だから俺たちだとバレていないはずなのに……」
「……」
キャラダインはしばし考え込んだ。
彼が雇ったのは傭兵崩れのならず者集団だ。だが、腕は確かで口も固い。
アイリスをヒューゴから引き離すために使ったのだが、どこからバレたのか。
「……エイダたちか?」
金を握らせ、アイリスを引き渡したあとはすぐさま王都を離れるように指示したはずだが、あまり利口でない彼女たちがグズグズして捕まった可能性もある。
「まあいい。おまえたちもすぐ王都を離れろ」
金貨の入った袋を渡すと、ターバンの男はひったくるようにして受け取った。
「言われなくても! ナイトクロウ騎士団を敵に回すなんて命知らずなことしたくねえよ!」
ならず者集団のリーダーですら怯えるヒューゴの武勇は、キャラダインも熟知している。
だから、手元にワイアットのような手練れを抱えているのだ。
ワイアットは貧乏貴族の長男だ。
子どものときに両親を亡くし、キャラダインが引き取って育てた。
その恩を感じて尽くしてくれている。
(その両親を殺したのが私とは知らずにな……)
キャラダインは温和な外面と鬼畜な内面を使い分け、人心掌握をしていた。
この屋敷にいる子飼いの部下たちはキャラダインが選りすぐった護衛ばかりだ。
いずれも、キャラダインに忠誠を誓うように仕組んだ。
(もしヒューゴが騎士団を従えて乗り込んできても、そうやすやすと防衛を突破はできない)
(こちらはヒューゴたちを襲撃犯として訴え出るだけだ)
(アイリスは想像どおり世間知らずのお嬢様。ちょっと脅しただけで心が揺らいでいた)
(口裏を合わせるよう言い含めておけば問題ないだろう)
ヒューゴと婚約したものの彼の乱暴な振る舞いに嫌気が差し、実家に帰ると見せかけて逃げてきたのをキャラダインが保護した、という筋書きだ。
(伯爵とはいえ、ヒューゴは元平民。苛烈な気性も有名だ。うまく話を持っていけば皆すんなり信じるだろう)
民意を誘導するのは得意だ。
これまで手を黒く染めてきたが、バレずにいるのはそのためだ。
キャラダインは余裕の笑みを浮かべた。




