第40話:消えたアイリス
「ジャレッド様!! アイリス様が!!」
転がるようにして主塔に入ってきたコディに、城内は騒然となった。
駆けつけたジャレッドは、血相を変えたコディの姿に最悪の事態を浮かべた。
「アイリス様に何があった!?」
「いなくなりました!」
凄まじい勢いで馬車を飛ばし、城内を駆けてきたであろうコディが激しく咳込む。
「すいません……! 俺がついておきながら!」
「そんなことはいい! 何があったのか説明しろ!」
「はい!」
コディは屋敷の外で待っていたが、いつまでたってもアイリスが出てこないので屋敷に入ったこと、屋敷はもぬけの殻で誰もいなかったことを話した。
「ティーセットだけが残っていて。すいません!」
「連れ去れたのか……! おそらくは義母もグルだな」
アイリスを闇オークションに売り飛ばしたという義母ならやりかねない。
「ヒューゴ様にお知らせしますか?」
「ダメだ。戦場で集中を欠いたら命に関わる。それに今、帰ってきたところでやれることもない」
ジャレッドはぐっと拳を握った。
義母たちの邪悪さを軽く見ていた自分の失態だ。
「とにかく、義母のエイダたちの足取りを追え!」
「命に変えても!」
コディが駆けていく。
(いったい誰が何のために……!)
アイリスは聖女で、彼女が白磁草を見つけたことは、もう噂になっている。
彼女は今や金のなる木。誰もが欲しがっても不思議ではない。
「くそっ、ヒューゴの憂慮をもっと真剣に受け止めるべきだった……!」
だが、今や国内有数の騎士団の団長で、伯爵でもあるヒューゴの婚約者となったアイリスを白昼堂々とさらうとは考えづらかった。
(背後に誰かいるのは間違いない)
ヒューゴを敵に回しても構わないと思うほどの黒幕がいる。
(誰だ……)
ジャレッドは必死で飛び出していきたい気持ちを堪えた。
(これも陽動かもしれない。主が不在の今、俺までもが城を出てしまっては、何かあったときに対応できない)
アイリス本人が目的とは限らないのだ。
彼女を使って城を空けさせるためかもしれない。
戦場で華々しい武勲を立てているヒューゴは、敵国の恨みを買っている。
そして、出世街道を駆け上がったので、国内にもよく思っていない者も多い。
(成り上がれば成り上がるほど、どうしても敵を作ってしまう……!)
アイリスが心配とはいえ、捜索に大人数を割くわけにはいかない。
それでなくとも、主な騎士たちは出払っているのだ。
しかも、ジャレッドは野盗の件で部下に情報を探らせにいっていた。
突然の国境襲撃は、タイミングといい場所といい明らかに作為的なものを感じる。
何か裏があるはずだとジャレッドは判断した。
本来なら、自ら町に赴いて情報を取りに行きたい。
人の心の機微に聡く、頭の回転が速いジャレッドは、情報収集に長けていた。
こういう任務にはおあつらえ向きの人材なのだ。
だが、今の自分は城代だ。主人に代わって城を守らねばならない。
まさかこんな歯がゆい思いをすることになるとは思わなかった。
(絶対的に人手が足りない!)
じりじりした焦りが胸を焼く。
(アイリスを殺さずにさらったということは、何らかの利用価値を彼女に見いだしたということ)
(すぐに殺されることはないと思いたい……)
万一、アイリスが殺されでもしたら、ヒューゴがどうなるか考えたくもなかった。
頼みの綱はコディだ。
(ヒューゴが帰ってくる前に、なんとか情報だけでも手に入れてくれ……!)
ジャレッドは必死で祈った。




