第39話:忌まわしいプロポーズ
「以前からずっと私の気持ちはお伝えしてあるはずです。年の差はありますが、そのぶん大事にします」
アイリスはキャラダインの勝手な言い分にカッとなった。
「薬で眠らせて、強引にさらっておいて!?」
「それについてはお詫びします。ですが、私の気持ちもわかっていただきたい。もう何年も前からお慕いしております」
「それは私が聖女だから?」
「ええ。それもあります」
「私に……利用価値はないわ。白磁草のことだって、偶然――」
「利用価値など。私はあなたが欲しいだけです」
アイリスは思いきって口を開いた。
「あなたの求婚をお断りします」
きっぱり断ったにもかかわらず、キャラダインは笑顔を崩さなかった。
「あの男の方がいいのですか?」
「……っ!」
(ヒューゴの方がいいんじゃない。ヒューゴがいいの)
他の男など考えられない。
ましてや、『妻殺しの喪服の紳士』のキャラダインなど問題外だ。
キャラダインが理解したというように深くうなずいた。
「そうですか。では、彼を殺しましょう」
「っ!!」
「賢明なあなたなら、もう察しは付いているでしょう。彼のそばに私の手の者がいます。いつでも殺せますよ。彼は歴戦の戦士だが人間だ。毒を盛られてはひとたまりもない」
アイリスは思い出した。
キャラダインの前妻たちが、毒殺されたと噂されていることを。
それが真実なら、自然死のように見せかけることなど、お手の物だろう。
「私は薬を調合するのが得意でね。睡眠薬もよく効いたでしょう?」
アイリスはぐっと詰まった。
「さあ、どうします? 私の求婚を断るのであれば、彼は死にます」
(ああ――私に選択肢などない)
(いつもそうだ。流されるまま、自分の運命を常に他者に握られている)
アイリスはとてつもない無力感に苛まれた。
「私とヒューゴの婚約は王にも報告済みよ……」
力なく言ってみたが、キャラダインは揺らがなかった。
「婚約の解消など、珍しいことではありません」
「……考えさせてください」
少しでも時間を稼ぐ――それが今のアイリスの精一杯だった。
「やはりあなたは聡明ですね。そんなに怯えないでください。丁重に扱うし、大事にします」
キャラダインが首から提げたペンダントを外した。
パチッとロケット部分を開ける。
「母です」
「……?」
写真を覗き込むと、金色の髪をした優しそうな女性が写っていた。
(この人って……)
「似ているでしょう、あなたに」
「え、ええ……」
金色の髪はもちろん、面差しが似ている気がする。
「母もね、聖女だったんですよ」
「えっ……」
「私を身籠もって、力は消えたそうですが……」
キャラダインが遠い目になった。
「早くに亡くなってしまいましたがね、本当に美しく優しい人でした」
すっとキャラダインが手を延ばしてくる。
アイリスはその手から逃れようとしたが、あっさり捕まってしまった。
いきなり抱きしめられ、恐怖で体が強張る。
「私はね、母のような人を妻にしたいんですよ。これまでいろんな女性と結婚してきましたが、なかなか理想の女性に巡り会えず……」
アイリスを抱きしめる腕に力が込められる。
必死でもがいても、びくともしない。
「あなたを知った瞬間、運命を感じましたよ。とても他の女性は考えられない」
「離してください!」
「私は決してあなたを手放す気はありません。ご承知おきください」
ようやく腕の力が緩み、アイリスは慌てて逃げ出した。
「どんな手を使っても、です」
キャラダインが冷然と言い放った。




