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第33話:大浴場

「ところでアイリス殿、風呂は好きか?」

「え?」


 ファーディナンドからいきなり話しかけられ、アイリスは戸惑った。


「あ、レディに対して不躾(ぶしつけ)だったな。ウチの城にはでかい大浴場があってな。ぜひ体験してほしい」

「すごいんだぜ~。ダンス会場みたいな広さでさ!」


 ヒューゴが我が事のように自慢げに言う。


「あ、一人だと不安か?」


 ヒューゴが少し心配そうな表情になった。


「いえ、大丈夫。モニカがいるし」


 今回は少人数の旅だが、モニカやコディなど主立った侍従がついてきてくれている。

 部屋の隅で控えていたモニカが、どんと胸を叩いた。


「任せてください! ……どんなお風呂かわからないですけど」


 モニカの言葉にどっと笑いが起きる。


「ウチの侍女もつけるから安心してくれ。じゃあ、行くかヒューゴ」

「あんたと風呂に入るのは久しぶりだな」


 ファーディナンドとヒューゴが立ち上がると、さっとドーンコート城の侍女たちがアイリスとモニカを取り囲んだ。


「さ、私たちがご案内しますわ」

「こちらです、アイリス様」


 にこやかな侍女たちに連れられて、アイリスとモニカは別棟へと行った。

 広々とした脱衣所に来ると、さっさと侍女たちがアイリスたちの服を脱がせる。


「えっ、あの……」


 貴族の令嬢は侍女たちに着替えを手伝ってもらうのに慣れているが、ずっとメイド同然の扱いだったアイリスは慌ててしまった。

 だが、侍女たちは手慣れた様子で薄いローブをアイリスにかけ、浴場への扉を開ける。


「さ、どうぞ」


 湯気の向こうには広々としたタイル張りの空間が広がっていた。


「うわあ……広い……!」


 ヒューゴの言うとおり、ダンス会場くらいの広さがある。


(一度に何十人も入ることができるわ……)


 シルバリウス城にも大浴場はあるが、それでも十人入ればぎちぎちのため交替制だ。

 しかも美しい造形をしており、アイリスはうっとりと見とれてしまった。


「まずはお体を流しますね。ローブをお取りください」

「えっ」

「あ、私が……」


 モニカが代わろうとするのを、侍女がやんわり制止した。


「アイリス様の侍女の方もこちらの浴場は初めてでしょう? 私たちにお任せください」


 ファーディナンドの侍女たちがにっこり笑う。


「ほら、二人とも寝そべってください」


 ローブを取って石造りの寝台に寝そべるよう促され、アイリスたちは思い切って従った。

 寝台には厚手の布が敷かれており、ゆったりとリラックスできた。


「こちらの石けんは蜂蜜が入っているんです。気持ちいいですよ」


 そう言うと、侍女たちが石けんを泡立てて優しく肌に滑らせていく。


「わあ……」


 アイリスはあまりの心地よさにうっとりした。

 泡を洗い流すと、ふたりは湯船へと誘われた。


「さ、どうぞ。ゆっくり温まってくださいな」


 湯船には色とりどりの花が浮かんでいる。


「いつもこんなに素敵なんですか?」

「いいえ。今日はアイリス様の歓迎でお花を浮かべてみました」

「ありがとうございます」


 きっとファーディナンドの気遣いだろう。

 そっと湯船につかると、モニカが隣に並んできた。


「何ここ……夢の中のようですね」


 モニカがうっとりと目をつむる。


「本当ね。すごく心地いいわ……」


 じんわりと体が温まっていく。

 アイリスは馬車での長旅の疲れがほぐれていくの感じた。


 ほかほかに温まった二人は、柔らかな肌触りのいいローブに着替えた。


「なんか私まで堪能させていただいてありがとうございます」


 モニカが申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえいえ。私たちの自慢のお風呂なので、ぜひ土産話にどうぞ」


 ファーディナンドの侍女たちがにこやかに寝室へと案内してくれる。


「じゃあ、私は隣におりますので」


 モニカに見送られ、アイリスは寝室に入った。

 寝室のテーブルには、温められたミルクが置いてあった。


「わ、甘い……」


 蜂蜜入りのミルクをアイリスは飲み干した。

 今夜はよく眠れそうだ。

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