第32話:ファーディナンドから招待状
王都での楽しい一日が終わったあと、ヒューゴは何かが吹っ切れたようだった。
仕事の合間を縫っては、アイリスの顔を見に来る。
婚約者としては当たり前かもしれないが、アイリスは戸惑いつつも嬉しく感じた。
「ほんと、ヒューゴ様はわかりやすいですね」
お針子部屋で刺繍をしながらモニカがくすくす笑う。
こうやってお針子たちと刺繍をするのがアイリスの日課になっていた。
「自分の気持ちに素直になった途端、子犬のようにまとわりついて」
「アイリス様のことが大好きなんですね」
お針子たちの言葉に、アイリスも顔が赤くなる。
「そ、そうかしら……」
(そうだといいけど……)
「アイリス様もヒューゴ様のためにずっと針仕事をしているし」
「お似合いのご夫婦ですね」
「ま、まだ婚約しているだけよ。それにこれは髪飾りのお礼だし……」
少しずつ裁縫が上達してきたアイリスは、今ヒューゴのシャツを作っている。
「そろそろ休憩しましょうかね」
モニカが立ち上がったときだった。
ヒューゴがお針子部屋に駆け込んできた。
「アイリスはいるか!?」
「はいはい、いますから落ち着いて」
モニカの言葉にどっと笑い声が起きる。
「どうしたの、ヒューゴ?」
シャツを置いてアイリスは立ち上がった。
「ファーディナンドから招待状が来ている!」
「えっ、ファーディナンド様から……?」
「ああ。ぜひ城に招きたいと」
豪放磊落に笑って自分を淑女として扱ってくれたファーディナンドの笑顔が浮かぶ。
「いいですね。婚約パーティーに来てくださったお礼もしたいし……」
「そうだな。たくさん祝いももらったし、今度はこちらから土産を持って行こう」
アイリスはハッとした。
「そうだわ。白磁草を持って行くのはどうかしら?」
「いいな。貴重なものだからきっと喜ぶ。それとワインと肉と――」
楽しそうに語るヒューゴに、アイリスはつい微笑んでしまった。
*
一週間後、ヒューゴとアイリスはファーディナンドの城へと向かった。
「馬車で一日かかる。つらかったら言えよ。休憩はこまめに取る」
「ええ、ありがとう」
ヒューゴの気遣いが嬉しく、長旅もあまり苦にならなかった。
日が沈む頃、アイリスたちを乗せた馬車はそびえたつ城の前に着いた。
「ヒューゴ!」
ファーディナンドが赤い髪をなびかせて城門まで迎えに来てくれた。
「よく来てくれたな! さ、疲れだろう。夕食を用意している」
「ファーディナンド様、お招きありがとうございます」
アイリスが丁寧に挨拶をすると、ファーディナンドが破顔した。
「アイリス殿も来てくれて感謝する。自分の城と思ってくつろいでくれ」
アイリスはヒューゴと連れだって、ドーンコート城内に入った。
「わあ……」
当たり前だが、シルバリウス城とは全然違う作りだ。
忙しそうに行き交う人々も皆初見の者ばかり。
(なんだか新鮮だわ……)
ファーディナンドの人柄のせいだろうか。慣れない新しい場所にいるというのに、アイリスは不思議とリラックスしていた。
「ドーンコート城は我が国でも有数の敷地を誇る。迷わないよう、俺から離れるな」
「ええ」
ヒューゴが差し出してくれた手を、アイリスはきゅっと握った。
それだけで胸が満たされる。
主塔に案内され、ふたりは広い食堂に入った。
「さあ、うちの料理人が腕を振るった夕食だ。たくさん食べてくれ!」
目の前にずらりと並べられた料理の数に、アイリスは目を見張った。
「すごい……!」
特に豚の丸焼きなど、肉を使った料理が目を引く。
ヒューゴが嬉しそうにどんどん平らげていくのを、ファーディナンドがにこにこと笑って見ている。
(さすが騎士様だわ……)
ふたりとも健啖家で、料理も酒もあっという間に空にしていく。
気持ちのいい食べっぷりに飲みっぷりだ。
食後のお茶をいただいていると、ファーディナンドがおもむろに切り出した。
「ヒューゴ、体の調子はどうだ? 決闘ではかなりの怪我を負ったと聞いたが……」
「思ったよりやばかった。けど、白磁草のおかげでこのとおりピンピンしている」
「そうか、それならよかった……」
ファーディナンドがほっとしたように目を細めるのを見て、アイリスは気づいてしまった。
(もしかしたら、ファーディナンド様はずっとヒューゴのことが心配だったのでは……)
ヒューゴが元気になったのを、この目で確かめたかったのかもしれない。
「なんだよ。あんたまでカッとなって無茶をするな、って説教したいのか?」
散々ジャレッドたちに怒られたヒューゴが、ファーディナンドを拗ねたように見つめる。
「いや……」
ファーディナンドはふっと微笑んだ。
「アイリス殿の名誉のためだったのだろう?」
「ああ」
「婚約者として当然の振る舞いだ。俺だって同じことをしただろう。よくやった、ヒューゴ」
ファーディナンドの言葉に、ヒューゴが嬉しそうに頬を染める。
「だよな? 婚約者を馬鹿にされて放っておけるかっての。まあ、思ったより強くて驚いたけど……」
「何にせよ、無事でよかった」
「俺は『不死身のヒューゴ』だぜ? 決闘くらいで死んでたまるか」
「おまえはまた、勝手な二つ名を自称して……」
苦笑するファーディナンドがヒューゴを見る目は、師匠というより父に近かった。
ヒューゴもおそらく感じ取っているのだろう。
他の誰にも見せない甘えた表情をしている。
(ヒューゴのそばに、ファーディナンド様のような方がいてくれてよかった……)
アイリスは改めて実感した。
父亡き後の侯爵家にいるよりも、城で騎士見習いとして生きていた方がヒューゴにとってよかったと思わずにいられなかった。




