第31話:王都へ
翌日、アイリスは張り切るモニカに着飾らされ、階下に降りた。
(王都か……)
国で一番の大都市だ。昔、父に連れていってもらったことを懐かしく思いだした。
父が亡くなったあと、屋敷から出ることなく下働きをしていた。
(私には関係のない、遠い存在だと思っていたのに……)
「アイリス、馬車の用意ができた」
真っ白な貴族服を着たヒューゴが声をかけてくる。
綺麗に整えられた姿があまりに眩しく、アイリスは思わず目を細めた。
(すごいわ。生まれた時からの貴族のように見える……)
「今日は俺が御者をさせていただきます!」
騎士見習いのコディが少し緊張した面持ちで挨拶にくる。
「よろしくね、コディ」
「はい! それにしても、お二人はよくお似合いですね。美しすぎて天上の存在みたいです」
「大げさよ、コディ」
コディにうっとりと見つめられ、アイリスは顔を赤らめた。
(ヒューゴは本の中の英雄のようだけど、私は……)
「なぜうつむく」
ヒューゴの声に、アイリスはハッと顔を上げた。
「おまえは俺の婚約者なのだから、堂々としていろ」
「……!」
(そうだわ。私はもうヒューゴの正式な婚約者。みっともない真似は許されない)
そう思うと自然に背筋が伸びる。
新進気鋭の騎士で城持ちの伯爵にふさわしい女性であらねばならない。
「髪飾りだな! 装飾品を扱う店は……」
ヒューゴがきょろきょろと店を見ていく。
(わあ……)
一緒になって店を見つめたアイリスは思わず声を上げそうになった。
ショウウインドウに飾られるドレス、艶やかな靴、鮮やかな色味のお菓子、焼きたてのパン――次々に現れる品々にアイリスは目を奪われる。
「気になる店があるのか? 入ってみるか?」
「いっ、いえ、大丈夫」
気の向くままに店に入っても、とても手が出ないものばかりだ。
「そうだ。これを渡すのを忘れていた」
綺麗な細工がされた皮財布が渡される。
「素敵ね。これは……?」
「城の外で無一文では心許ないだろう。おまえのものだ。好きに使ったらいい」
「えっ……」
アイリスは驚いて手の中の財布を見つめた。
「でも、あの――」
「おまえは俺の懐具合を気にしすぎだ。まあ、百万ギニーは大金だが……」
ヒューゴがため息をつく。
「王から賜った土地でとれる作物の評判が良くてな。想定していたより収入が増えている。この程度の小遣い、気にする必要がない」
気負う様子もないヒューゴに、アイリスはありがたく財布をもらうことにした。
「ありがとう……」
「別に。婚約者として当然だ!」
照れくさいのか、ヒューゴがプイと横を向いてしまう。
「それより、この店を見てみるか」
煌びやかなアクセサリーが飾られた店へとヒューゴが足を進めた。
「わ……あ」
店内には、所狭しと美しいアクセサリーがずらりと並んでいた。
「この辺りが髪飾りだな」
花や鳥などをモチーフにした、色とりどりの髪飾りに目移りする。
「どれがいい?」
「え、えっと……」
アイリスはおろおろと髪飾りを見渡した。
「選べないわ……」
「そうか。じゃあ、全部買うか」
「えっ! ダメよ」
胸元から財布を取り出したヒューゴにアイリスは慌てた。
「選ぶから、待って!」
勘でわかる。ヒューゴは冗談ではなく本気で買うつもりだ。
自分の瞳と同じ色をした、薄紫の花が飾られた髪飾りが目についた。
「これ! これにするわ」
「わかった」
ヒューゴが上機嫌で店員を呼ぶ。
(勢いで欲しいと言ってしまったけど、よかったかしら……)
綺麗に包まれた髪飾りを手渡され、アイリスは戸惑いがちに口を開いた。
「あ、ありがとう。でも、冗談でも全部買うなんてやめて。心臓に悪いわ」
「なんでだ? ジャレッドから了解はとってある。それくらい買える予算はある」
「……ジャレッドさんは甘すぎよ」
おそらく、自分を買った百万ギニーも家令のジャレッドから了承を得ているのだろう。
やりくりがうまいのかもしれないが、財布の紐が緩すぎる気がする。
「そうか? あいつが大丈夫と言ったなら大丈夫だろう。騎士見習いの時代から、あいつは計算が得意でな。必需品の発注から、備蓄品の管理まで任されていた」
「そうなのね……」
「俺が自分の騎士団に引き抜いた時は、ファーディナンドから恨めしげに見られたものだ」
アイリスは困り顔のファーディナンドを思い浮かべ、思わずくすりと笑った。
そんなアイリスを見て、ヒューゴも笑顔になる。
「次はどこへ行く? そうだ。新しいカフェができたと皆が噂をしていた。そこに行くか」
「ええ」
楽しそうなヒューゴに、アイリスはだんだん肩の力が抜けていくのを感じた。
*
「ほう、ここが……」
広々としたテラス席のあるカフェは、既に混雑していた。
「すごい人気ね……」
店内とテラス席合わせて百席はありそうだが、もうほぼ席が埋まっている。
「二人だが入れるか?」
ヒューゴが尋ねると、店員がにこやかにテラスの奥の席に通してくれた。
席はゆったりしたソファで、並んで座るようになっている。
テーブルにはレースのクロスが敷かれ、小さな花瓶には綺麗な花が生けられていた。
「素敵なお店ね」
「ああ」
ヒューゴが店員からメニューを受け取る。
「……何か飲みたいものがあるか」
「そうね。少し暑いので冷たいものが……」
メニューを覗き込むとヒューゴの腕があたり、アイリスはドキッとした。
(この席ってカップル用の席よね……)
「ヒューゴは何か……」
言いかけて、アイリスはヒューゴが一点を見つめていることに気づいた。
ヒューゴの視線の先には別のカップルがいた。
ふたりの目の前には大ぶりのグラスがある。
グラスは花が飾られ、赤いソーダが入っており、ストローが二つ差されている。
「……?」
カップルが同時にストローに口をつけ、一つのグラスからソーダを飲みだした。
お互いの顔が今にもくっつきそうだ。
(わ……カップル用のドリンクなんだわ!)
見ているだけで顔が赤くなってしまう。
(まるでキスしているみたい……)
「あれを頼みたい」
「えっ……」
思わぬ言葉にアイリスは絶句した。
ヒューゴが真剣な表情でアイリスを見つめていた。
メニューを見ると、『ラブドリンク(ダブルストロー)』と書かれている。
「嫌か」
じっと見つめられ、アイリスは呆然とした。
(本気……?)
「い、嫌じゃないけど」
そう言った瞬間、ヒューゴがさっと手を挙げて店員を呼ぶ。
赤いソーダの入った華やかなドリンクがやってくると、ヒューゴが満足そうにうなずく。
「じゃあ、飲むぞ」
「あ、はい。お先に……」
「何を言ってるんだ。同時に飲まないと意味がないだろう」
ヒューゴの白い頬が赤く染まっている。
アイリスの顔も同じくらい赤くなっていた。
アイリスは思いきってストローに口をつけると、ごつんとヒューゴの額に額をぶつけた。
「これは……飲みづらいな」
戸惑うヒューゴに、アイリスは思わず笑ってしまった。




