第29話:穏やかな日々
運ばれた白磁草は城の近くにある川のそばにある、薬草園の一角に植えられた。
しっかりと柵で囲み、見張りを立てる。
ほんの少しの白磁草でも、黄金のような価値があるのだ。
もちろん、白磁草の担当はアイリスになった。
「ちゃんと育って増えるように、いろいろ試してみましょう」
アイリスは毎日、薬草園に通うようになった。
(群生していたということは、生育状況させ整えば増えていくはず……)
もしそうなれば、城の財政状況が良くなるかもしれない。
ヒューゴに大金を使わせたことが負い目になっているアイリスは、丁寧に白磁草を観察し帳面に記録をつけていった。
幸い、移植した白磁草は枯れることなく育っている。
「増えていきますように」
アイリスはそっと祈った。
毎日の日課ができると生活に張りが出てきた。
薬草園、お針子の部屋、図書室と居場所も増えてきた。
何より、ヒューゴの様子が変わったことが大きかった。
「アイリス、白磁草はどうだ?」
廊下ですれ違うと、以前と違い積極的に話しかけてくる。
「ええ。順調に育っているわ。あと、小さい芽が一つ出てきました」
「そうか。毎日通っているようだが、あまり無理するな」
「だ、大丈夫よ。その……薬草園は近いし、いい気分転換になるわ」
思いやりのある言葉にしどろもどろになるアイリスに、ヒューゴがふっと微笑む。
その笑顔に胸がドキドキする。
(あの決闘以来、憑きものが落ちたみたいにすっきりしている……)
なぜ、こんなにも優しく穏やかに接してくれるようになったのか、アイリスはまるでわからなかった。
嬉しい変化ではあるが、まるでヒューゴの心が読めない。
(私はただ見守っていただけ……彼に何があったのかしら)
ピリピリした一触即発といった気配はなりを潜め、アイリスに向ける眼差し一つすら優しく安心できる。
苛烈な一面が消えると、ヒューゴは一人の凜々しい騎士だった。
しかも若く美しい。
(これじゃあ、女性たちが夢中になるのも無理ないわ)
(私だって、視線を向けられるだけでドキドキするもの)
*
執務室に入ると、ヒューゴは胸に手を当て、大きく息を吐いた。
「ヒューゴ、どうしたんだ? 廊下にドラゴンでもいたか?」
大げさに緊張を解くヒューゴに、ジャレッドがからかうように言う。
「いや、その……」
ヒューゴは視線をそらせた。
「廊下にアイリスがいて……」
「それが?」
「何気なく話しかけたつもりだったが、もしかしたら挙動不審だったかもしれない……」
顔を赤らめるヒューゴに、ジャレッドはため息をつく。
「なんでそんなに動揺してるんだ。決闘してからおかしいぞ、おまえ」
ヒューゴはもじもじと指を絡めた。
「俺はどうやらアイリスのことが……」
思い切ったようにヒューゴが口を開く。
「アイリスのことを愛しているようなんだ!」
「はあ?」
心底呆れたようにジャレッドが口を開ける。
「今更? 百万ギニーも使って助けたんだろ? 大好きに決まってるだろ。そもそも騎士見習いの時期から、おまえはアイリスのことばかり話してたじゃないか」
「いや、それは……俺はずっと彼女のことを憎んでいたんだと……思って」
「愛憎は表裏一体だからな。おまえみたいな直情馬鹿は混乱するのも無理はない」
「は? 誰が馬鹿だ!」
食ってかかってくるヒューゴをあしらうように、ジャレッドが肩をすくめた。
「とにかく、おまえの心はアイリスで占められているのは間違いない」
ヒューゴはどさっとソファに座った。
困惑したように両手で髪をかきあげる。
「俺はアイリスとどうなりたいんだろう……」
「どうもこうも、婚約してるだろ」
「それは! 形だけのっ……」
ジャレッドが宙を仰ぐ。
「おまえ……あれだけ女たちに言い寄られて、あしらっていたのに、そのレベルか……」
「さっきから何だ! 感じ悪いぞ!」
「正直、呆れている」
ヒューゴはダン、とテーブルを叩いた。
「そんな話はいいから、俺はどうしたらいいんだ?」
「とにかく婚約者として普通に接しろ」
書類仕事に戻りながら、ジャレッドが素っ気なく言う。
ヒューゴは一瞬考え込み、首を傾げた。
「それは……どんな感じだ?」
「とりあえず、ふたりの時間を作れ。話せ。大事にしろ」
「……」
「なんだその、捨てられた子犬みたいな不安げな顔は」
「だって、どうしたらいいのか……」
困惑しているヒューゴに、ジャレッドは深いため息をついた。
「そうだな、お茶の時間を作れ。午後に。俺がセッティングをするから」
「お茶を飲んでどうするんだ?」
「話をしろ」
「何の」
ジャレッドは席を立つと戸棚にあるワインを取りだし、グラスに注ぐと一気に飲み干した。
「あー、面倒くさい! 手がかかりすぎる!」
「俺にもくれ。飲みたい気分だ」
「そうだろうとも」
ジャレッドはヒューゴにグラスを渡した。
「何でもいい! ……ったく世話の焼ける! 彼女の好みとか聞いとけよ。今後の贈り物の参考になる。あと、自分の話をして自己開示しろ。長い間会ってなかっただろ? おまえがどういう生活をしてきたとか……」
「待て、メモを取るから――」
あたふたするヒューゴに、ジャレッドはもう何度目になるかわからないため息をついた。




