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第26話:ヒューゴの治療

「ヒューゴ!!」


 目を閉じて崩れ落ちたヒューゴに、アイリスは取りすがった。


「落ち着いて!」


 駆け寄ってきた医師がヒューゴの脈を取る。どうやら決闘と聞いて待機していてくれたらしい。


「大丈夫、気を失っているだけです。すぐに医務室に運んで!」

「大丈夫だ……」


 目を開けたヒューゴが苦しげにうめく。

 さすが歴戦の戦士、すぐに意識を取り戻したらしい。


「ヒューゴ!」


 ヒューゴが痛みをこらえるように唇をかみ、しっかりと立ち上がる。


「王の前でみっともない所を見せるわけには行かない。城に戻る」

「そんな……!」

「応急手当だけしてくれればいい」


 医師に指示を出したヒューゴがふっと微笑む。


「そんな顔をするな。これしきの怪我、戦場では日常茶飯事だ」

「で、でも……」


 微笑んでいたがヒューゴの顔は蒼白で、今にも倒れてしまいそうだ。


「すぐ馬車の手配をします!」


 ヒューゴを医師に任せ、アイリスは立合場を出た。


         *


 応急手当を施されたヒューゴをなんとか馬車に乗せ、アイリスは体を支えるように付き添った。


(体が熱い……!)


 あちこち炎症を起こしているのだろう。ヒューゴの体は炎のように熱かった。

 城までの道のりが途方もなく遠く感じられた。


(早く……早く着いて!)


 城で留守を任されているジャレッドに、早馬を飛ばしてある。

 きっと医師と共に万全の準備をして待機してくれているはずだ。


(ああ、何もできない自分がもどかしい……!)


 アイリスは下働きで覚えたハーブや薬草を使った治療法を思い巡らせた。


 ようやく城に着くと、待ち構えていたジャレッドたちがヒューゴを抱えて運んだ。

 アイリスも急いでその後をついていく。


 城主が大怪我を負ったという話はもう城中に響き渡っているようで、城内は騒然としていた。


「決闘ですって!? テオ様と?」


 ジャレッドがてきぱきと使用人に指示を出し、ヒューゴを寝室に運ぶ。


「なんでそんなことに!」

「すいません、私のせいで……」

「いえ、アイリス様のせいではありませんよ」


 ジャレッドはそう言ってくれたが、もとはと言えばアイリスの因縁のせいだ。


(私がこの事態を引き起こしてしまった……!)


 ヒューゴは寝室に寝かされると、待機していた医師がすぐさま治療に入る。


「ご令嬢にはつらい光景になります。隣の部屋にいらしてください」

「で、でも……」

「アイリス様、今はお医者様にお任せしましょう」


 モニカがそっと腕を取って続き部屋に連れていってくれた。

 それから一時間、アイリスは聞こえてくるうめき声や苦痛の声にやきもきしながら呼ばれるのを待った。


「アイリス様、終わりました」


 アイリスはバッと立ち上がると、すぐさまヒューゴの枕元に行った。


「今、眠り薬を与えています」


 目を閉じたヒューゴは苦しげに顔を歪めている。

 アイリスはそっと水に浸した布をしぼり、汗を拭き取った。


(つらそう……)


 涙がにじんできたが、アイリスはぐっとこらえた。


「先生、ヒューゴはどうですか!?」

「傷は多いですが、いずれも出血は止まっています。だが、脇腹の打撲の傷がひどい。内臓に損傷があるかもしれません。場合によっては最悪の事態も覚悟していてください」


 医師の言葉に、アイリスは目の前が真っ暗になるほどの衝撃を受けた。


「ど、どうしたら? 何かできることは?」

「ご本人の治癒力次第ですね。治癒を促す白磁草(はくじそう)を煎じたものを飲ませられるといいのですが、とても高価ですし、今在庫がありません」

「白磁草!!」


 別名、『奇跡の薬草』と言われる草だ。

 陶器のように真っ白なゆえにその名が付いた白磁草は、あらゆる傷病に効く万能薬となる。

 だが、滅多に見つからない稀少な薬草だ。


「領地で白磁草ってとれるんですか?」


 アイリスの問いに、ジャレッドは首を振った。


「いえ、見たことはないですね。ハーブを採取する者たちからも聞いたことがないです」


 アイリスはじっと考え込んだ。

 昔、一度だけ侯爵家の領地で白磁草を見つけたことがある。もしかしたら、探し出せるかもしれない。


「……私、探しに行きたいです」


 突然、探したいと言い出したアイリスに、ジャレッドが目を見張る。


「えっ。何か当てでもあるんですか?」

「ないです。でも、馬を出してください」


 アイリスの真剣な表情に、ジャレッドが気圧(けお)されたようにうなずいた。


「わかりました。すぐに馬を用意しましょう」

「ありがとうございます」

「他にできることもないですしね。枕元で祈るだけなんて性に合わない」


 ジャレッドがにこりと笑った。

 だが、かなり憔悴しているのが見てとれる。

 主人であり、親友であるヒューゴの容態が心配でたまらないのが見て取れた。


「こちらです」


 馬に乗りやすい服に着替えたアイリスは、ジャレッドの馬に乗せてもらった。


「あぶみに足を引っかけて、そうです」


 ジャレッドが一気に馬上に引き上げてくれる。

 想像以上の馬の高さに、アイリスはドキドキした。


「しっかり捕まっていてくださいね。あなたにまで何かあったら――」


 言いかけてジャレッドは首を振った。


「いや、不吉なことを言うのはやめましょう」


 軽く馬を走らせ、二人は城を出た。


「どっちに行きますか?」

「では、あの森の方へ」


 アイリスが指差す方向にジャレッドが馬を進める。


(ああ、私も馬に乗れたらいいのに!)

(ヒューゴが元気になったら乗馬を教えてもらえないか頼んでみよう)


 アイリスは気が急いて仕方なかった。

 森の手前に来ると、ジャレッドが馬を止めた。


「……闇雲に探すには領地の森は広すぎますが」

「以前、白磁草を見つけたことがあるんです。その場所に似たところにあるかもしれない」


「似たところとは?」

「説明しづらいわ……。人気(ひとけ)が無くて、意識しないと目に止まらない、天然の隠れ場というか……」


 アイリスは必死で思い浮かべた。


「とても空気が澄んでいて……そこだけ別世界のような……」


 感覚的なものだ。何か法則性があるわけではない。

 アイリスはもどかしさに唇をかんだ。

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