第17話:婚約パーティーの準備
翌日、城に王からの婚約祝いの品々がどっさり届き、にわかに皆が活気づいた。
「すごい量の酒だな!」
「見ろ、牛や豚もこんなに……!」
「砂糖もすごい量だわ。たくさんお菓子が作れるわね」
城中がウキウキした空気に包まれるなか、アイリスだけが取り残されていた。
モニカが贈られてきたドレスを広げていく。
「うわあ、素敵ですね。最新型のドレス! どれもアイリス様に似合いますよ!」
「え、ええ」
「どうしたんですか? 楽しみじゃないんですか? とうとう正式に婚約するっていうのに!」
「そうね」
アイリスは無理矢理笑顔を作った。
(これは私の役目なんだから。ちゃんとしなくては)
(でも、正直想像がつかない。婚約するってやっぱり皆嬉しいものよね)
好き合っている人と結婚の約束をする。
公認の仲になって皆に認められる。
どれもアイリスは経験したことがなかった。
(わからないわ……。私、恋もしたことがないから……)
父が亡くなってから、とても恋など考えている暇などなかった。
ただ日々を生き抜くので精一杯だった。
「どうしたの、モニカ?」
物思いにふけっていたアイリスは、モニカがじっと見つめているのに気づいた。
「あの、まさか他に好きな人とか……」
ドキドキしたようにモニカが尋ねてくる。
「まさか!」
アイリスは思わずふきだした。
「それならいいんですが……アイリス様はお美しいから、他にも求婚者がいたでしょうし」
「いないわ、そんな人。……縁談が持ち上がったことはあったけれど……」
「えっ、どんな人でした?」
モニカが興味津々に聞いてくる。
キャラダイン公爵以外にも、実家が困窮していても構わないとアイリスに求婚してくる者はいた。
「年上の貴族の方よ。ええっと八歳年上で、私が十六歳のときに申し込まれたの」
街に買い出しに行ったときに見初められた。
だが、義母が高い結納金を迫り、縁談は立ち消えた。
アイリスはずっと蚊帳の外だった。
「アイリス様はその方のことを……」
「いえ。ほとんど話したこともなかったし」
(いい人そうだったけれど、結婚するなんて全然ピンと来なかった)
確か名の通った騎士で、男爵だったはずだ。
(名前は……確かテオ・リーブス様だったかしら)
茶色の髪と目をした落ち着いた雰囲気の人だった。
もう顔もうろ覚えだ。
(不思議ね……十年以上前のヒューゴの顔はまざまざと思い出せるのに……)
*
婚約パーティーの準備が着々と進むなか、肝心のヒューゴとアイリスはぎこちない生活を送っていた。
食事時以外にはあまり顔を合わせることもなく、互いの仕事を黙々とこなす。
といっても、アイリスはお針子たちと刺繍をするくらいのものだったが。
(お茶会で少し距離が縮まった気がしたけれど……)
アイリスは大金を使わせてしまった引け目から、ヒューゴに話しかけづらかった。
当のヒューゴも忙しくなったせいか、あまり顔を見せなくなっていた。
ヒューゴにプレゼントする予定のハンカチーフの刺繍が終わる頃、婚約パーティーの前日となった。
「いよいよ明日ですね!」
モニカが高揚しているのか、声をうわずらせる。
(私以外の誰もが婚約パーティーを楽しみにしている……)
ずきっと胸が痛んだ。
本来なら、とても嬉しいはずの出来事に、一人だけ気が重くなっている。
そのとき、わっという声が外から聞こえてきた。
「何かしら、すごい騒ぎだわ」
城門のほうから歓声が上がっている。
窓から外を見たアイリスは驚いて目を見張った。
見慣れぬ赤と白の旗をかざした騎士たちが城の中に入ってきている。
「ああ、ファーディナンド様の騎士団ですね」
モニカがこともなげに言う。
「ファーディナンド……?」
「ヒューゴ様の師匠の騎士ですよ。ローゼンダスク騎士団の団長をされています」
「えっ、じゃあヒューゴが従騎士として付き従った方?」
「そうですよ。立派ですねえ、女の子たちが集まってきましたよ」
白い騎士服に赤いマントが眩しい。
先頭に立っている赤い髪の美男がファーディナンドだろう。
すらりとした長身で、華やかな雰囲気をしている。
年の頃は三十歳くらいだろうか。
「さあ、ご挨拶にいきましょう!」




