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第16話:二人きりのお茶会

「ヒューゴ様、何かご用ですか?」

「いや……少し時間が空いたから……」


 モニカに尋ねられ、ヒューゴが気まずそうに顔をそらせた。

 お針子たちがにやにやしながらヒューゴを見守っている。


「ああ、アイリス様を探しに来たんですね!」


 モニカの声にお針子たちが大笑いをした。


「アイリス様と片時も離れたくないんですねえ」

「こんなところまで探しに来ちゃって!」


 お針子たちにクスクス笑われても、ヒューゴはその場から離れなかった。

 少し気まずそうなヒューゴに、気を利かせたモニカが立ち上がる。


「じゃあ、せっかくなので中庭でお茶でもどうですか? すぐ用意します」

「ああ」

「じゃあ、アイリス様も中庭へどうぞ」


 (うなが)され、アイリスも立ち上がって部屋を出た。

 さきほどからヒューゴは頑なにアイリスに目を向けようとしなかった。

 ヒューゴの隣に並ぶと、ぼそっとつぶやく声が聞こえた。


「……別におまえに会いにきたわけではない」

「わかっています」


 そう言うと、ヒューゴが少し(ひる)んだような顔になった。


(奴隷の私が逃げていないか、見張りに来たのね……)


 事情を知らないモニカたちはふたりが仲睦まじいと思っているようだが、アイリスは形だけの婚約者なのだ。

 しかも金で買われた奴隷だ。


「お二人ともこちらへ!」


 モニカの声にふたりは並んで歩き出した。

 袖が触れるほど近い距離だったが、アイリスはヒューゴを遠く感じていた。

 てきぱきとモニカたちが中庭にお茶を用意してくれた。


「さあ、どうぞ。ごゆっくり」


 気を利かせたのか、お茶をいれるとモニカたちは去っていった。

 中庭でアイリスはヒューゴと向かい合った。

 こうやって改めて二人きりになるとやはり緊張してしまう。


(どうしよう。何を話したらいいのかしら……)


 ヒューゴがカップを置くと、アイリスを見つめた。


「おまえは……俺が城を出てからどうしていた?」

「えっ」

「八年前の話だ」


 ヒューゴの言葉に胸がきゅっと締め付けられる。

 父が亡くなり、一気に環境が変わってしまった。


「お父様がいなくなって……いろいろ家の手伝いを」

「手伝い? 具体的には?」


「……主に掃除や洗濯を」

「はっ……。侯爵令嬢のすることではないな」


 ヒューゴが口の端を上げ、皮肉な笑みを浮かべた。


「あの底意地の悪いエイダたちのことだ。きっとおまえを邪険に扱っているのだろうとは思っていたが、よもやメイド同然とはな……」

「……」


 アイリスは義母たちから受けた仕打ちを思い出し、つらい気持ちになった。

 ヒューゴがいなくなってからの八年間、自分は笑ったことがなかった。


「道理で社交界でまったくおまえの話が出ないはずだ」

「えっ……」


 アイリスは驚いてヒューゴを見た。

 離れている間も、ヒューゴは自分のことを気にかけてくれていたのだろうか。


「食わないのか? モニカが用意したケーキ、うまいぞ」


 ヒューゴに促され、アイリスはフォークを手に取った。

 ふわふわの生地にクリームがたっぷりのったケーキは、ヒューゴが言ったとおり驚くほど美味しかった。


(そういえば、あの八年間お菓子もろくに食べられなかった……)


「義母であるエイダが家政を取り仕切るのは仕方ないとして、おまえは侯爵家の令嬢だ。そんな扱いを受けて反抗しなかったのか?」

「……他にどうすることもできなくて」


 父がいなくなり、侯爵家の仕事をするものがいなくなった。

 義母はデボラの婿取りにやっきになったが、傾いた侯爵家を継ぎたいというものは出てこなかった。


 アイリスは侯爵家を立て直したかったが、残念ながら相応の教育を受けてこなかったし、何かにつけエイダたちが押さえつけてきたので断念した。


「おまえは知らないだろうが、エイダの散財っぷりは一部では有名だった」

「えっ……」

「あの女は賭け事が好きでな。貴族が行く賭場の常連だ」

「全然知らなかったわ……」


 ドレスや化粧品が好きでよく買っていたが、まさか財産を賭け事につぎ込んでいたとは思わなかった。


(私がもっとしっかりしていれば……)


 世間知らずで無力な自分にため息が出る。


(でも、後悔してももう遅いわ……。私は侯爵家を出てここにいる)


 アイリスは気を取り直し、ヒューゴを見た。


「ヒューゴは? 騎士見習いってどんなことをするの?」


 アイリスの問いに、ヒューゴは少し驚いたように目を見開いた。


「……まずは馬の世話だな。朝起きたらまず厩に行く。水をやったら、少し走らせて体を藁で拭いて食事を与える」

「じゃあ、馬には慣れているのね」


「ああ。最初は難しかったが、慣れたら一度に二頭ずつ走らせる」

「すごいわ!」


 目を輝かせると、ヒューゴが気まずそうに顔をそらせた。


「ただの雑用係だ。洗濯、掃除、給仕――余った時間で武芸や礼儀作法を習う」

「忙しいのね」

「ああ。一日があっという間に過ぎた――」


 ヒューゴが懐かしそうに遠い目になる。


(充実した日々だったのね。私と違って……)


 大変だっただろうが、どんどん成長していく自分にわくわくしたのではないだろうか。


(よかった……)


 侯爵家を追い出されるようにして騎士の城に行ったヒューゴが気になっていた。


(ヒューゴの昔を知れてよかったわ)


 いきなりのお茶会に戸惑ったが、こうして穏やかにヒューゴを話すことができた。

 アイリスはいつしか自然に微笑んでいた。

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