腐女子の宮廷魔法少女、結婚を回避するために男装して騎士学校に入学したら、理想のBL展開になってしまった件
「あぁ、今日も騎士様たちの友情が美しいわ……」
私は城の窓から、訓練に励む騎士たちを眺めながらうっとりと呟く。
宮廷魔法少女エンリカ・フローレンス。表向きは優雅な令嬢だが、実は重度の腐女子である。そんな私には、この世界の誰も知らない秘密があった。
前世では田中恵美という名前の、ごく普通の女子大生だったのだ。
前世の記憶は五歳の頃に蘇った。現代日本でBL小説とアニメに心を奪われ、同人誌即売会に通い詰めていた日々。そして大学への通学中、トラックに轢かれて命を落とした瞬間まで、全てを覚えている。
この世界に転生してから十七年。私は前世の知識を活かして、この中世風ファンタジー世界にBLという概念を持ち込んだ。
私の部屋の隠し扉の奥には、手描きで再現した前世の名作BL小説や、この世界の騎士たちをモデルにした創作BL小説が数千冊並んでいる。特に密かに描いている同人誌「騎士団長×副団長〜禁断の主従愛〜」は、地下で熱狂的な人気を博していた。前世の記憶にある現代的な心理描写と、この世界ならではの魔法要素を組み合わせた斬新な作風が評判だった。
前世でも現世でも、私にとって恋愛とは「妄想で楽しむもの」。リアルな恋愛は、BLの世界の完璧さに比べてあまりにも不完全で複雑すぎる。
前世では三次元の男性に興味を持てなかった。転生したからって、それが変わるわけじゃない。
そんな平穏な午後を破ったのは、侍女の慌てた声だった。
「お嬢様! 第一王子アルフレッド様がお見えです!」
私は慌ててBL小説を隠し扉の奥にしまい込む。現れた王子は確かに美形だったが、私の頭の中では瞬時に前世のBL知識が展開された。
金髪碧眼……完璧な攻めキャラね。でも時々見せる憂いのある表情は受けにも転じる可能性が……前世のアニメ『聖騎士物語』の主人公に似てるかも。騎士団長とのカップリングが一番映えそう。
「エンリカ様」
王子が膝をついて私の前に跪く。その姿を見た瞬間、私の妄想は爆発的に膨らんだ。
跪いてる! この角度、このシチュエーション! 前世で読んだ『王子様の秘密』第三巻のあのシーンそっくり! もし相手が男性だったら完璧な告白シーンなのに!
「私と結婚していただきたい」
「え?」
現実に引き戻された私は、王子の真剣な表情に戸惑う。
まさか、前世に続いて今世でもモテ期到来? でも前世では告白されても断ってばかりだったのよね……
「お、お返事は……少しお時間をいただけますでしょうか」
「もちろんです。しかし父王からの命令でもありますので……あまり長くはお待ちできません」
王子が去った後、私は頭を抱えた。
「結婚なんてしたら、BL創作に集中できなくなるわ。前世でも現世でも、私には三次元恋愛は向いてない!」
三日間、私は部屋に籠もって悩み続けた。侍女のメイベルが心配して何度も声をかけるが、答える気になれない。
「お嬢様、お食事だけでも……」
「メイベル、もし私がいなくなったら、隠し部屋のBL小説はどうする? 特に前世の記憶を基に書いた作品は、この世界には二度と再現できない貴重な文化遺産なのよ」
「えっ? お嬢様、まさか……」
私は立ち上がり、窓の外を見つめた。城下町の向こうには王立騎士学校の建物が見える。
「そうよ……逃げればいいのよ。前世でも現実逃避は得意だったし」
その時、ふと頭に浮かんだのは、前世で愛読していたBL小説『美少年騎士の恋』だった。
「そうだわ! 男装すればいいのよ! 前世の知識を総動員すれば、完璧な美少年になれるはず!」
私は興奮して部屋を歩き回る。前世で研究していた男性の仕草や話し方、歩き方。数え切れないほどのBL作品で培った「理想の美少年像」が頭の中で蘇る。
「男装して騎士学校に入学すれば、堂々と騎士様たちを観察できる。リアルBL研究の絶好のチャンス! 前世では二次元でしか見られなかった世界を、この目で確かめることができるのよ!」
メイベルは青ざめた。
「お嬢様、それは危険すぎます!」
「大丈夫よ。私の変身魔法の腕前を知ってるでしょう? それに前世でコスプレもやってたし、男装の基本は理解してるわ」
その夜、私は慎重に計画を練った。魔法で外見を男性に変え、声も低く調整し、前世のBL知識から得た「理想的な美少年」の仕草や歩き方を研究する。鏡の前で何度も練習を重ねると、そこには前世のアニメから抜け出たような美しい少年が立っていた。
「完璧ね。名前は……エリック・フォレスト。前世のBL小説の主人公から拝借した名前よ。下級貴族の次男という設定にしましょう」
翌朝早く、私は城を抜け出した。しかし現実は甘くなかった。
王立騎士学校の入学試験は、前世の知識だけでは対応できない部分が多々あった。筆記試験では軍学や戦術が問われ、実技では剣術と魔法の技能を試される。私は魔法少女としての訓練を受けていたが、男性らしい戦い方は全く別物だった。
前世のゲーム知識はあるけど、実際に剣を振るのとは大違いね……
同期の受験生たちは皆、幼い頃から騎士を目指してきた者ばかり。私は必死についていこうとしたが、体力的なハンデは大きかった。
それでも、持ち前の魔法技術と前世で培った戦略的思考で何とか合格。念願の騎士学校生活が始まった。
寮では二人部屋で、同室になったのはガブリエル・ローズというおとなしい文学青年だった。
「よろしく、エリック。僕、あまり体力に自信がないんだ」
「僕もです。お互い頑張りましょう」
私は内心で歓喜していた。ガブリエルは前世のBL作品に登場する典型的な「受け」タイプ、そして隣の部屋のダミアン・ブラックは筋肉質で男らしい「攻め」タイプ。
まるで前世で読んだ『学園騎士物語』のキャラクター構成そのままじゃない! 完璧なカップリングが目の前に!
学校生活が始まると、私は密かに前世のBL知識と現実の比較研究を始めた。
「ガブリエル、今日の剣術の授業、大変だったね」
「うん……ダミアンに助けてもらわなかったら、怪我をするところだったよ」
おお! これは『強い先輩が弱い後輩を守る』定番パターン! 前世の『騎士学園恋愛事情』で何度も見たシチュエーション!
私は二人の会話を聞きながら、頭の中で前世のBL知識と照らし合わせて妄想を膨らませる。しかし、実際に男性同士の友情を間近で見ていると、前世の創作物ほど単純にカテゴライズできないことに気づく。
「あれ? リアルの男の子たちって、前世のBL小説ほどステレオタイプじゃないのね……もっと複雑で、人間らしい」
それでも私は諦めなかった。別のクラスメイトたちも観察対象にして、前世の知識を活かして日々リサーチを続ける。
「今日はアーサー先輩とレオナルド先輩が一緒に図書館にいたわ……これは前世の『図書館デート』パターンね。研究の価値ありよ」
しかし三ヶ月が過ぎた頃、思わぬ事態が発生した。
城下町で「王子の婚約者捜索」が本格化したのだ。
「エンリカ・フローレンス嬢を見かけた者には金貨百枚の報奨金!」
街中に私の肖像画が貼り出され、兵士たちが必死に捜索している。
「まずいわ……このままじゃバレちゃう。前世では現実逃避のプロだったのに、転生先でも追い詰められるなんて」
皮肉なことに騎士学校での成績は優秀だった。前世のゲーム知識と魔法少女としての技術、そして現代的な戦略思考が組み合わさって、同期の中でも群を抜いた実力を発揮していた。
「エリック・フォレスト、君の魔法制御技術は素晴らしい。まるで宮廷魔法少女のようだ」
当たり前よ、私本物だもの……
半年後、運命的な知らせが届いた。
「エリック・フォレスト、君は成績優秀につき、王宮親衛隊の見習いに推薦される」
「えっ?」
「王宮勤務だぞ! 大出世じゃないか!」
ガブリエルやダミアンが祝福してくれるが、私は冷や汗をかいていた。
王宮って……王子様がいる場所じゃない! 前世でも現世でも、結局は運命から逃れられないってこと?
王宮親衛隊見習いとして配属されたのは、皮肉にも厩舎だった。
まさか、最初の計画通りの場所に戻ってくるなんて……前世でも現世でも、運命って不思議ね。
そして運命の日がやってきた。厩舎で馬の世話をしていた私の前に、まさかの人物が現れた。
「君は新しい騎士見習いかね?」
アルフレッド王子だった。私は心臓が止まりそうになったが、王子は全く気づいていない。
「は、はい。エリックと申します」
「エリック……」
王子はじっと「エリック」を見つめ、なぜか頬を染めた。
「なんて……美しい少年なんだ……まるで前世で愛読していた『王子と美少年騎士』の主人公のような……」
その呟きを聞いて、私は電撃に打たれたような衝撃を受けた。
前世って……まさか……
しかし王子の視線は、明らかに恋に落ちた男性のそれだった。私は慌てて作業に戻ったが、胸の奥で不安と期待が入り混じった感情が芽生えていることに気づく。
それから王子は連日、厩舎を訪れるようになった。
「エリック、君と話していると心が安らぐ。まるで前世で読んだBL小説の理想的な関係のような気持ちになる」
「君の瞳は夜空の星のように美しい……これは『月夜の騎士』第二巻の台詞だったかな」
「今度二人で馬に乗らないか? きっと『風の騎士物語』のあのシーンのような素晴らしい時間になる」
王子の言葉の一つ一つが、私の前世の記憶にある作品の台詞や設定とリンクしていた。
これって……もしかして王子様も転生者? 前世でBL作品に触れてた?
ある夕暮れ、王子が「エリック」の肩に手を置いた。
「君への想いが抑えられない……君は僕にとって特別な存在だ。まるで前世で夢見ていた理想の恋愛のような……」
私の魔法が感情の動揺で不安定になり、髪の色が一瞬金色に戻りそうになる。慌てて魔法を強化しようとした瞬間、王子に見つかってしまった。
「今、君は魔法を……? その魔法制御技術、まるで現代のゲームみたいな精密さだね」
「あ、その……現代って?」
「……もしかして君も……」
魔法が完全に解け、美しい女性の姿が現れる。王子は驚愕ではなく、理解の表情を浮かべた。
「やっぱり……エンリカ様。そして君も転生者だったんだね」
観念した私は、全てを打ち明けた。
「はい……前世は田中恵美という、BL小説ばかり読んでいた女子大生でした。現実の恋愛が怖くて、理想の世界に逃げ込んでばかりで……転生してもその性格は変わらなくて」
涙が頬を伝う。
「申し訳ございません。あなた様のご好意を踏みにじって……」
しかし王子は、なぜか苦笑いを浮かべていた。
「実は僕も転生者でして。前世は佐藤健太という、ゲームとBL小説が趣味のIT企業勤務でした」
「えっ?」
私は耳を疑った。
「『騎士団長×副団長〜禁断の主従愛〜』、素晴らしい作品でしたよ。前世の知識と現世の設定を見事に融合させた文体に感動しました。実は僕も密かにBL創作をしてまして……」
「ご、ご存知だったんですか……!?」
「僕も君と同じで、前世でも現世でも現実の恋愛が苦手なんです。父王に結婚を命じられた時、正直困り果てていました。でも君の男装姿を見た時、前世で憧れていた理想の関係を思い出したんです」
王子の告白に、私は言葉を失った。
「二次元でしか知らなかった理想の恋愛を、この世界でなら実現できるかもしれないと思ったんです。君となら、お互いの転生者としての孤独も、BL愛好も、全て理解し合える関係が築けると」
「まさか……あなた様も転生者で、しかもBL好きだったなんて……」
私たちは同時に気づく。お互いが全く同じ境遇で、全く同じ悩みを抱え、全く同じ理由で相手を避けていたことに。
「僕たち、前世でも現世でも、とんでもなく回り道をしていたようですね」
王子が笑い出すと、私も釣られて笑い始めた。
「性別なんて、転生なんて関係ありません。大切なのは心の繋がりです。君のBL愛も、転生者としての孤独も、僕は全て理解し共有したい。一緒に、前世では夢でしかなかった理想の関係を築きませんか?」
王子は改めて膝をつき、今度は心からの笑顔でプロポーズした。
「エンリカ様……いえ、エリック。どちらの君も、前世の君も現世の君も、全てを愛しています。僕と結婚してください」
私は頷いた。今度は恐怖ではなく、喜びと理解と、そして新しい愛の形への期待と共に。
「はい。喜んで。前世では叶わなかった、本当の理解者との愛を」
数ヶ月後、私たちは結婚式を挙げた。私は王子妃として、そして人気BL作家として活動を続け、王子は最大の理解者として私を支えている。新作「転生王子×転生騎士〜異世界で見つけた真実の愛〜」は宮廷でささやかなBLブームを巻き起こした。
私たちは、前世では叶わなかった理想の恋愛を、転生先で実現できたのだった。
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