『リ・バース』第一部 第8話 Gjallarhorn⑨
⑥ リクト・レボルンス
アルフォンスの剣キヴィタスが、防御結界が完全に結ばれる前に沼地へと侵入して来たビヤーキーの一体を両断し、泥水の中へと落下させた。リクトも同じく一体を仕留めたが、その時には既にアルフォンスは二体目の相手に止めを刺そうとしているところだった。
正騎士たちの戦い方は、やはり流れるようにスムーズで無駄がなかった。既にリクトはアモールで、デスタン騎士団がネクアタッド・エミルス騎士長の指揮の下、鮮やかに楽団演奏のような陣形を組んで集団戦を行う様を見ていたが、こちらもそれに近い戦い方だ。但しこの間と異なるのは、イピリアとの戦闘ではリクトは騎士見習いの一人として主戦場の外れで他の魔物たちとの攻防に徹していたのに対し、今回は自らもフォーメーションを形成する一員としてヴーニスに攻撃を加えようとしているという事だった。
ロディ騎士長は、燐葉石色の刀身を持つ曲刀斧──カスタム武器──を振るい、群がる取り巻きのビヤーキーたちを次々と打ち落としながらヴーニスに向かって接近を掛けていた。その勢いは、ビヤーキーが飛行系であり、本来地上からの剣での攻撃は当たりにくいという事を忘れさせる程だ。
「トリュフォー、ハント、その位置からヴーニスのターゲットを取り、『ペトロリアム・ハウル』を誘え。お前たちの出力であれば、相殺出来ない程ではない。その隙にタッドポール、セル両名は麻痺化を」
「了解!」
ロディから指名を受けた者たちは、威勢のいい返事と共に各々動き出す。二人の魔剣士が列から離れ、帝連軍の中では持参する者の珍しい盾を振り上げながら勝ち鬨のような叫び声を上げた。
これも、技ではないが戦闘時に於ける技術の一つだった。挑発、敵のターゲットを半強制的に──魔物の本能を利用したテクニックだが、相手に見られていなければ意味がない──自分へと引き寄せるもの。
ヴーニスは、誘いに乗ったように彼らに対して水属性ブレスのような魔術を射出した。が、これが単に水圧で押し流す攻撃でなく、何かに当たった瞬間爆発を起こすものである事は皆が分かっている。
ターゲットを取ったファタリテの魔剣士たちは、その攻撃──「ペトロリアム・ハウル」が放たれるのを見るや否や、即座に迎撃に入る。
「白濁の沃野を息吹きし凍て風よ……ブリザード!」
文法は、二人とも空属性術だった。八属性の攻撃技の中で唯一超低温を発生させる技は、爆発によって放出される熱エネルギーを最小限まで中和する事に大きく貢献した。リクトが覚悟していたよりも、戦闘が行われている環境を乱す程の衝撃や熱は皆に襲い掛からない。
その間に、タッドポール、セルと呼ばれた二人が側面からヴーニスの懐に入り込もうとしていた。彼らは非常に大柄で、頭頂が魔物の胸板の辺りまで到達しようとしている。
しかし、彼らの制空圏に魔物が入るより先に、ヴォルノが前に出ていた。彼の振り被った紅殻色の刀身が、魔物のペトロリアム・ハウルが冷却時間に入り安全に火属性攻撃を繰り出せる──つまり、反属性で大ダメージを与えられる──チャンスとなったタイミングでヴーニスに肉薄する。
「はあっ!」
フォルトゥナ副騎士長の裂帛の気合いは、乱戦状態で様々な音声が入り乱れる中でもはっきりと響いた。炎に包まれた彼の剣が、ヴーニスの腹の辺りを切り裂こうとした瞬間、
「イェーガー殿!」
ロディの、鞭打つような声がびしりと空気を揺らした。
刹那、彼の命令でヴーニスに突進を掛けていた二人がつんのめるように魔物の制空圏へと入り込み、濁った水飛沫を上げてヴォルノの背を突き飛ばした。彼は魔物の足元で前のめりに倒れ、それを見ていたリクトとアルフォンスは同時にあっと叫んでしまった。
「何を──」
するのだ、と、アルフォンスは続けようとしたに違いない。が、それよりも早くロディ騎士長の一喝が飛んだ。
「イェーガー殿、邪魔をなさらないで頂きたい!」
その時には既に、ヴーニスはファタリテの二人の斬撃を浴び、怯みを誘発して微かに仰反っている。その為、倒れ込んだヴォルノは魔物に踏みつけられて潰されたり溺れたりする事なく、起き上がる事が出来ていた。
ロディのあまりな言い草に、ビヤーキーを掃討しているフォルトゥナの者たちの中から抗議の声が上がった。リクトも、ヴォルノの妨害をするような形で魔物に部下をけしかけたのは彼自身ではないか、と思ったものの、それを口に出している余裕はなかった。
ライガが見たら激怒しそうな光景だな、と、ちらりと考えた。
アルフォンスも、何かを言いたかったに違いない。しかし、彼はロディに抗議をするよりもヴォルノに声を掛ける事を優先した。
「イェーガー、一旦離れて態勢を立て直せ!」
リクトは、ロディの部下への指示は的確だった、と思う。但しそれは、現在フォルトゥナと共闘している、という状況を度外視したものだった。直感ではあるが、それは意図的な無視であるような気がした。
ヴォルノが退いたタイミングで、ヴーニスが立ち直った。
同時に、固有魔術の冷却時間が終了する。トリュフォー、ハントが再びターゲットを取ろうとしたが、ヴーニスはそれよりも先に、自らに攻撃を命中させたタッドポール、セルに向かって爆発する水を吐き出そうとした。
防御結界を維持していたウィーズルが、動揺したように彼らの方を向いた。その拍子に、結界が一瞬揺らぎ、形成が乱れかける。ビヤーキー数体が、それを待っていましたというかのように突進を掛け、自分たちの飛翔能力を制限するそれを破ろうと試みた。
リクトは、それらを撃墜しようと詩文を唱えかけ、即座に中断した。射程的に、下級技では届かない。一方で、光の剣や聖痕などを放っては、乱れかけた結界自体を破壊してしまうかもしれない。
代替手段としてリクトは、拘束術で空中に居るビヤーキーたちを縛り、落下させようとした。
が、その為に霊魂を招聘しかけた時、逸早くアルフォンスが動いた。
「エルヴァーグ殿……申し訳ないが、荒らさせて貰う!」
彼は愛剣キヴィタスを泥の中に突き立てると、背中から戦楽器を抜いた。その瞬間、周囲の者たちの空気が一変する。
感嘆──或いは畏怖。
莞根士を象徴する、蝸牛の如く渦を巻いた管楽器。魔笛ヤーラルホーン。
その先端から紡ぎ出された澄んだ音色は、金色に輝く五線譜のエフェクトを伴って結界に向かうビヤーキーたちに肉薄し、縛り上げた。
リクトがそうしようとしていたように、ビヤーキーたちは翼を縛られて沼の中へと落下する。それらが水面に到達するよりも早く、アルフォンスは再び音色を紡ぎ出していた。
今度は、五線譜はヴーニスへと向かった。ペトロリアム・ハウルを射出しようとしていた魔物は、水中に隠れている膝関節の辺りから頭部までを螺旋を描くようにそれに拘束され、怒号を上げる。
刹那、五線譜が目映く発光した。
「クレッシェンド!」
アルフォンスの叫びと共に、
「ヴヴヴヴォオオオオオオオオッ!!」
魔物の咆哮を掻き消すように、爆発する。光焔が、その全身を包み込んだ。
リクトは、この間のシャンタクとの戦いの最中、アルフォンスがこの降霊術を使用して敵を葬り去るのを見た。しかし、これ程間近でではなかった。発生した熱が、沼の水を沸き立たせてもうもうと水蒸気を上げる。
その迫力に、思わず剣を振るう事も忘れて見入ってしまう。
「やったか……!?」
魔物の姿が見えなくなった時、誰かが呟いた。それに対して、アルフォンス本人が油断なく「まだだ!」と叫ぶ。「先陣部隊、畳み掛けろ!」
「承知!」
ヴォルノが、数人のフォルトゥナの魔剣士たちと共に突進した。
水蒸気が徐々に薄らぎ、晴れた時、魔物は皮膚からぬらぬらした糖蜜の如き体液を染み出させ、爆発によって加熱した身を冷やしていた。人の使う霊薬のような成分も含まれているのか、広範囲に負った火傷も徐々に癒えていく。
ヴォルノたちはその体液──水のベールを引き剝がしに掛かった。粘度がある訳ではないらしく、剣で絡め取る事は出来ないようだが、やはり火属性技との相殺で蒸発させる事は可能だった。
「緋炎斬!」「焔縫剣!」「フレイムバレット!」
「フォルトゥナに後れを取るな!」
ロディ騎士長が、鼓舞するように部下たちに叫んだ。
「隊列を整えろ! 麻痺化術を使える者は、再度その準備を! 先程はイェーガー殿が割り込んだ為、上手く行かなかったが──」
彼の指示を聞きながら、リクトはやはりロディ騎士長は何処かむきになっているようだ、と思う。ファタリテがフォルトゥナに絡んでくるのはいつもの事らしいが、今回はやや常軌を逸している。
(もしかしたら……)
リクトは、胸中で独りごちた。
ロディは現在、まだアルフォンスの養子ライガが自身の息子を攻撃した事について憤り、アルフォンスに対して意趣返しをしようとしているのではないか? 共同作戦という今回の大舞台で、彼は筆頭騎士長が手柄を立てる事を何が何でも阻止しようとしているのではないだろうか。まさか、とは思ったが、戦闘が進むに連れて、リクトにはそれが俄かには否定出来ないものに感じられてきた。
(ロディ殿は、矜持の為にそこまで躍起になっているのか? いや……これは矜持というより──面子じゃないか)




