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『リ・バース』第一部 第1話 Happy Unbirthday⑦

  ⑥ ライガ・アンバース


 目を開いて最初に見えたのは、四人の人間だった。

 夫婦と思しき中年の男女と、見慣れた赤色(ルージュ)のマントの若い騎士二人。後者の二人は夫婦の前に立ち、彼らがこちらに近づくのを防いでいるようだった。

 自らの周囲を見、思わず「えっ?」と声を上げそうになる。何処だここは、と思ってから、不意に途方もない量の記憶がフラッシュバックのように次々と脳裏に浮かんでは消えた。

 記憶は、魂と脳双方に蓄積される。自分のものでない肉体──その事は覚醒した瞬間、直感的に察していた──で魂が目覚めた時、自分のものとなった脳にあらかじめ蓄えられていたそれが魂に流れ込んだらしい。

(ここはネイピアの村だ……この体の持ち主はガラル・バング、村いちばんのお調子者……ん? あ、ああ、こいつ、こんな悪ふざけを……しかも俺の力を使ってそれをやるなんて……)

 その少年の視点から見た”記憶”に、思わず呆れが込み上げる。

 他愛もない、だが自分も小さい頃にそれをした事があると思うと「なかった事にしたい」という羞恥心が込み上げるような悪戯(いたずら)の数々。

 その一方で、自分が()()()()()()、これ程魂に刻まれた能力がこの子供に流れ込んでいたのか、と思い、こちらに対しては呆れと同時に恐れのような感情も禁じ得なかった。

(死んでいる……まあ、そうだな。死んだんだろう、俺は……けど、何だ? 何で俺の体は、この子供のものになっている? 未来世(ポスト・ヴィータ)──じゃ、ないよな。それなら記憶が──非忘却者(アレセイア)に生まれ変わったんだとしても、別の子供の記憶が俺の中にあるなんて……)

 何故死んだのか、という疑問は不思議と浮かばなかった。

 過去世(アンテ・ヴィータ)──厳密には違うが、便宜上そう考える事にする──で自分が買ってきた人々からの恨みを思えば、二十代(ヴァントネール)の半ばで命を落とすという可能性も、なきにしも非ずだと思った。

 けれど、ならば何故、誰が自分を呼び覚ましたというのか。

死霊化者ネクロマイザーなんかじゃなくたって、『審判の七日間(セプタ・クライシス)』中の強力な魔物なんか幾らでも居るだろうに……俺は別に、禁術使いではあるけど悪戯で人を困らせる怪人(トリックスター)とかじゃないんだけどなあ)

「目を背けてはなりませんよ、バングさん」

 その時、赤マントの──フォルトゥナ騎士団の騎士服を纏った若い男の片方が、唖然とする夫婦に向かって言うのが聞こえた。

「彼は、かの伝説の死霊化者(ネクロマイザー)……隕命君主(ロアデモート)、ライガ・アンバースです」

 ──そうそう、この二人がガラル少年を訪ねて来ていたんだっけ。

 突如として流れ込んで来た記憶を処理しながら──その情報量に頭が痛くなってくるが──、呑気にそのような事を考える。

 一瞬の後、はっとした。

(帝連軍の降霊術者(ネクロマンサー)が、俺を蘇らせる訳がない)

 という事は、今眼前に居るフォルトゥナの制服を着た男たちは。

 ()()()()、自らに起こった事を悟って声を上げようとした。

 ──終戦間際、逃亡したジフトの世継ぎイスラフェリオ。他でもない自分が使用を解禁した禁術(フォビドゥン)の数々。プログラムの不完全性を突き、人工的に層状孤児(ストラトオルファン)を作り出す魔術の存在。

 ……境界転生(インヴォーク)

(気を付けろ! そいつらは城の騎士じゃない!)

 叫ぼうとした時、魔物の咆哮が響き渡った。同時に、村人たちの悲鳴も。

 震動が近づいて来る、と思うや否や、

「グラララララララアアアアッ!!」

 凄まじい声が間近で聞こえ、バーンッ! という音と共に壁が崩壊した。

 視界が、部屋に樽の如く膨らんだ獣の胴体に埋め尽くされる。毿々(さんさん)と長い毛の生えたその体は、猫か山犬のそれに見えた。

「お前たち……一体何を──」

 言うより先に、魔物が前脚を力任せに振るった。それが、至近距離からこちらに叩きつけられる。本来の自分のものでない体──しかも、よりにもよって六歳になったばかりの子供の──で、今までの戦闘で行ってきた通りの動作をするのは想像以上に至難の(わざ)だった。

 自分でも驚く程に軽々と、ライガの──ガラルの体は、壁の崩壊箇所から外へと投げ出された。

 しかし、肉体から戦闘能力がなくなっていても、魂に刻まれた各種魔術は難なく使用する事が出来た。

「聖なる光よ、我を守り給え! プリヴェントファクター!」

 光属性、防御魔術。自分の実力であれば文法(グラメール)など詠唱なし(サイレント)で発動出来るが、今は万全を期したかった。

 全方位に展開された光の壁が、二階分の高さから地面に叩きつけられようとしたライガの勢いを減殺し、安全に落着させる。だが、やはり衝撃は完全に殺しきれるものではなく、受け身を取った腕全体が痺れるように痛んだ。

「ったくもう、どうなってんだ……」

 毒()きつつ周囲を見回す。魔素(エアル)知覚術を発動するまでもなく、辺りに漂う気配が目茶苦茶だという事に気付いていた。

 村の家々を、周囲の森に生息する魔物が襲撃していた。

 ハイエナと獅子を混ぜたような姿のレウクロコタ、鳥のようなモーショボー。その他にも、ライガが名前を知らない異形のモンスターが多数荒れ狂い、眠っていた人々を叩き起こして恐怖のどん底に陥れていた。

「ま……魔物だあ! 魔物が村さ(へえ)って来たのっしゃ!」

「なじょすっぺえ! おら、うちの中さ()っつぁん置っ放して来ちまっただ!」

「助けでけろ!」

 寝込みを襲われた村人たちは、寝間着姿のまま外へと飛び出して来る。そして、そこに待ち受けていた更に多くの魔物を見ると、絶望に飽和した表情を浮かべて次々と腰を抜かしてしまう。

(こりゃ酷でえや……魔除け(タリスマン)の結界が作用していないな。って事は……)

 ライガは、二階部分を土煙で覆い尽くされたバング邸を振り返る。

 魔物が襲って来る前から、自分の覚醒した少年の寝室は著しく損壊していた。これだけ多くの魔物が引き寄せられているとなると、恐らく魔導具(リゼルヴァス)が使用されたのだと考えるのが自然だ。

 どうやら、自分を呼び覚ましたあの偽騎士たちはそれだけでは飽き足らず、兵器(アーマメント)系の魔導具まで起動したらしい。しかし、それにしても数が多すぎる。

「まさか……最初から、こいつらを呼び寄せるつもりで?」

 思わず口に出して呟いた時、

「きゃああっ!」

 目の前に、若い女が転ぶような足取りで駆けて来た。その後ろから、レウクロコタが一体追駆して来、鋭い爪の光る前脚を高く掲げた。

 ライガは咄嗟に攻撃魔術を繰り出そうとしたが、間に合わない事を察するとすぐさま目をぎゅっと瞑ってしまった。ザクッ、とも、グシャッ、ともつかない湿った音が鳴り、理性を取り戻して目を開くと、既に女は俯せに倒され首筋に魔物の牙を深々と突き立てられていた。

 牙によって栓をされ、断ち切られた頸動脈から血液が溢れ出すような事は起こらなかった。だが、魔物の側頭部まで裂けたような口からは一杯になった血がたらたらと滴り落ち、それは(かえ)って痛々しく、無惨な光景に映った。

 ライガは眉を潜め、このままではいけない、と内心で呟いた。今魔物の牙に掛かった女は即死しただろうが、勢いに任せた血の流出が続いているからには心臓はまだ最後の数拍を打っているらしい。

 魂はまだ境界(リンボ)に行っていないな、と判断すると、ライガは彼女に向かって念を送り始めた。

「……苦き死よ、(きた)れ」

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