『リ・バース』第一部 第5話 Return with Reborns⑦
⑤ ライガ・アンバース
「見えました、赤峨王です」
望遠鏡で川の向こうを見ながらペネロープ・イタキが言う。ドーデムは「よし」と肯き、騎士長就任後にカスタム武器に替えたらしい曲刀を音高く抜いた。それを高々と掲げつつ、馬上から兵士たちを見回す。
「半月に渡る我々の忍耐が、実を結ぼうとしている! 赤峨王イスラフェリオは先の戦いを経、ジフト敗北後の隠遁によって忘れかけていた戦場の風の味を思い出したらしい。奴は今回も、十八番の纏鎧術に物を言わせ、己が存在を切り札とした正面突破を掛けて来るだろう」
塵旋風の名を付けられた抜き身の剣は、川面に映ずる光をその刀身に集中させたかの如く流金色の輝きを放っている。訓練生時代に彼の使っていた片手直剣も似たような色をしていたが、当時から目指していたファタリテ騎士長となった事で自我が肥大した為だろうか、当時より感応を一層強めたように、その輝きは直視出来ない程の明るさとなっていた。
「彼我の戦力差は明らかだ。しかし、奴が直接出てからというもの、奴一人によって勇猛なる我らの同志が二十人以上も剛剣ドミナシオンの錆に変えられた。私は、この有利な戦局に於いて、敢えてこの事を遺憾であると言おう!
戦力差が圧倒的であるからこそ、我々は完全勝利の可能性を追求すべきなのだ。ジフトの豪傑とはいえイスラフェリオという魔剣士は一人、物量で押して下せぬ相手ではない。しかしその結果、我が方の勝利が壊滅と紙一重では意味がないのだ。それは集団としてではない、我々一人一人の魔剣士としてのスペックが、賊将に劣るという事を証す事になる! 許せぬ事だろう」
そうだ、と、誰かが声を上げる。
ライガは実際に見た事がなかったが、ドーデムの話し方は元老院で演説を行う政治家を彷彿とさせた。彼の父ナサニエルも、元老院ではこのような喋り方をするのだろうか、とちらりと考える。
「奴も大軍を預かる身である以上、部下を徒に失う訳には行かないはずだ。壊滅の兆しが見えれば、カヴァリエリに残された者たちの今後の為にも投降せねばならなくなる。
諸君らは、一兵でも多く敵を倒せ。赤峨王に目をつけられても戦う必要はない、奴との戦いは私一人で行う。先日と同じようにな。勝手に無用な手出しを行い、討たれても名誉の戦死などになると思うな。むしろ、恥と思え!」
「御意、閣下!」
エッガらが声を揃え、返事をする。ドーデムは満足そうに肯くと、ライガとリクトの方を蔑むような視線で見た。
「聖光士、この戦場を指揮しているのは私だ。あなたはその戦楽器を以て我々のサポートに徹し、決して出すぎる事のないようお願い申し上げる。ここは、あなたの発言が絶対視されるペンタゴナ・パラスではないという事をお忘れなく」
「承知している、ヤーツ殿」
リクトは、挑発的な彼の口車に乗る事なく冷静に返した。思ったような反応でなく残念に思ったのか、ドーデムは口の端を曲げて聞えよがしな事を言った。
「その少年の手綱は、しっかりと握っていて貰いますよ。あなたも用件だけを伝えに来たのなら、わざわざ厄介事の種を連れて来るような事をする必要などなかっただろうに──」
「戦えますよ、僕」
ライガは、つい我慢出来なくなってそう言ってしまった。ガラルとしての口調を崩さない事には、辛うじて成功した。
「聖光士の──いいえ、あなたの足を引っ張るような事はしません」
「ちょっと……」
リクトが小声で窘めて来、
「それは頼もしい限り」
ドーデムは軽く肩を竦めながらわざとらしく言った。
「ライガ、ドーデムの言う事は気にするな」リクトは声を潜め、耳元で囁く。「君の正体を暴こうとして、わざとああ言っているんだ。僕の事は気にするな、君は今、自分の身を守る事だけを考えていればいい」
「イスラフェリオがそこまで来ているのにか?」
そう思えば思う程、ライガはドーデムの態度が気に入らなかった。彼はジフト戦役で、直接イスラフェリオと剣を交えてはいない。先日の戦いで彼がイスラフェリオを撃退したというのも、彼自身の言う「戦力差」を理解している向こうの方で、決して無理な踏み込みはせず確実に指揮官を潰せる機会を窺ったからこそだろう。
(ドーデム……リクトは、お前が馬鹿にしていいような人間じゃないんだぞ)
ロディの墓を暴く事について、地べたに両手を突いて頭を下げた彼の姿が思い起こされ、ライガは心の中でドーデムにそう語り掛けた。
その時、ペネロープが再び言った。
「赤峨王並びに新生ジフト軍先鋒、川の中程まで到達!」
「我々も出る。第一陣、私に続け!」
ドーデムは愛馬ティシュトリヤを方向転換させると、曲刀の先で前方を指し示しながら叫んだ。兵士たちは雄叫びを上げ、各々の馬に鞭を当てる。正騎士叙勲から三年以上の騎兵が第一陣に集められ、露払いに割り当てられているらしい。
リクトとライガは、その後から第二陣と共に続いた。リクトは子供の姿のライガをしっかりと手の届く位置に固定配置し、魔術による射撃の的になる事がないようグラーネからは降りて走っている。
ファタリテの者たちは、リクトが何故ライガを──ガラルを自分たちの陣営の天幕で待機させないのかと訝しく思っているようだった。しかし、リクトは考えているのだ。自分の目の届かない場所にライガを留めておく方が危険だ、と。ジフト兵だけではなく、リクトはファタリテの魔剣士たちをも警戒していた。
(俺はそう易々と殺されたりしないぜ、リクト)
胸中で呟いたまさにその時、対岸から向かって来たジフト兵たちがライガにも目捉出来るようになった。丁度先陣が彼らに到達し、衝突が起こる。
「退魔剣・割陸!」
ドーデムのヴィルベルヴィントが、川面に叩きつけられた。爆発めいた音と共に川底の砂利が水を押し退けるようにして舞い上がり、先頭を走っていた数人のジフト兵が吹き飛ばされる。
「天上よりの賜物、凛々として禍星の如く墜つ! メテオライト!」
すかさず、地属性の文法が追い討ちを掛ける。
そういえばロディ騎士長も適性属性は地だったよな、と思いながら、ライガは周囲を見回す。ペネロープは望遠鏡で眺めながらはっきりとイスラフェリオの接近を口にしていたが、たちまち混戦状態となった為、彼が何処に居るのか瞬時に見極める事は難しい。視界の大部分が先行した騎馬によって塞がれている上、悠長に一所に留まっている事も出来なかった。
ライガは魔素知覚術を発動し、戦場全体の動きを把握しようとした。その中から取り分け大きな気配を探り出そうとするが、如何せん場に居る人数が多いのでそれもなかなか難しい。
「……ライガ」
こちらがイスラフェリオを探索している事を悟ったらしく、リクトがヤーラルホーンを抜きつつ声を掛けてきた。
「分かっているとは思うけれど──」
「ああ」
返事をしながらも、ライガはやはり、イスラフェリオが見つかり次第戦闘中のどさくさに紛れて死霊化術を掛けようと考えていた。術を使用する瞬間さえ見られなければ、死体が残っても誰かの放った魔術が命中したのだろうと判断され、こちらが疑われる事はないはずだ。
短絡的かもしれないが、目下新たな戦の火種となっているイスラフェリオは、やはり生かしておくには危険すぎる人物だった。
ジェムシリカにヘルムダル──ジフト戦役で猛威を振るったイスラフェリー一族の魔剣士たちの事が蘇る。長男のイスラフェリオも間違いなく彼らに連なる魔剣士ではあるが、現在の彼の脅威は個人の戦闘力だけではない。
(浮遊霊姫に、絶霊喰鬼……死霊化術が、これからの世界を、戦争を変えちまう)
ライガは、現在の世界の情勢についてリクトやシアリーズから話を聴く中で、イスラフェリオが死霊化術を本格的に新生ジフトの戦力として導入しようとしている、という事を知った。
無論、彼にそのような決断をさせてしまったのは自分だ。厳密には死霊化者は過去にも存在し──建国戦争の際「地獄の季節」を引き起こした魔術師のように──、自分と同時代にも禁術使いは居たに違いない。しかし、彼らは禁術の禁術たる所以を知っていたが故に、決して世界の表舞台に姿を見せる事はなかった。
だからこそ、新生ジフトは自分を復活させたのだ。フー・ダ・ニットの言っていた通りなら、自分はガラルの中で覚醒させられた後、洗脳されて彼らの陣営に引き込まれる事になっていたという。
そこで何をさせられる予定だったのか、想像するだに悍ましい。
(確かに俺は、隕命君主だけれども……)
そう思いながら、たまたま人生の”続き”を与えられて尚死霊化術を使い続けようとする事は、甚だしい矛盾かもしれない。だが、ライガはだからこそ、イスラフェリオに関しては自らの手で始末をつけねばならないのだ、と自分自身に言い聞かせていた。




