『リ・バース』第一部 第5話 Return with Reborns④
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「君の遺した品々は、戦いの後で五大騎士団に分譲された。フォルトゥナには魔杖オムグロンデュ、ファタリテには君の遺体、デスタンには漆黒剣アルターエゴ、フェートには魔導書ガルドラボーク、カルマには死天使シュラが与えられた。覚えていないかもしれないけど、シュラは君が討たれるよりも早く生け捕りにされて、君との主従制約を破棄されていた。だから、君の死によって魔術が解けても消滅する事はなかったんだ。……動かない屍にはなってしまったけれど」
リクトの説明に、ライガは首を捻った。
「あれ? じゃあ消滅したと思われていたのは……」
「キューカンバー殿が亡くなった時、彼の戦利品、副葬品として一緒に埋葬されたんだよ。もの扱いで、彼と同じように火葬された訳じゃないけれど、土に埋められて二年も経てばさすがに朽ち果ててしまうだろう?」
「そういう事だったのか」
ライガが肯くと、リクトは「話を戻すよ」と言って先を続けた。
「けれど、君の遺体を受け取ったロディ殿がそれを辱めた。通りに吊るして、人々に石を投げつけさせてね」
「そうされて当然だ。俺は、マロンを──」
「僕は、許せなかった。デルヴァンクール殿もそれは同じで、だからロディ殿に持ち掛けたんだ。魔杖オムグロンデュと、遺体を交換する事を。あの杖は、遺品の中で最も危険なものだからフォルトゥナが預かったんだ。けど、さすがにロディ殿もそれを悪用する事はないだろうから」
「そっか、おじさんが」
リクトは言わなかったが、その後火葬は彼が行ってくれたらしい。世界に災厄をもたらした自分を、それを討った筆頭騎士団のフォルトゥナが大々的に弔う事は許されなかったのだ。
ライガは、リクトとアルフォンスに心の中で感謝した。
「それで、ロディ殿が亡くなった際に、オムグロンデュは一緒に埋葬された。あの杖については、そうするのがいちばんだっただろう。誰も使いこなせないから記念物ではあったけれど、内心では彼も恐れていたんだ。あの杖が主の死後も、怨霊を招聘し続けるのではないかってね。彼が亡くなった時、君の祟りではないかという噂が立ったのも、これが関係しているようだ」
「だから──」
「ああ」
リクトは、行く手のソレイユ方面を見据えて言った。
「オムグロンデュを調べるには、ロディ殿の墓を暴かなくてはならない」
ライガの死後、三年に渡って姿を消していたイスラフェリオはジフトの再興を宣言したものの、再び現れたカヴァリエリから本人が動く事は、六年の間一度もなかったという。
人々は、彼がライガの「審判の七日間」明けに姿を現した事、彼が死霊化術の研究解禁を宣言した事で、隕命君主の境界転生による再来を噂し合ったが、イスラフェリオの不動もまたその裏づけではないかと考えたようだ。胎児の身に宿り、再誕した隕命君主が成長し、自らに目覚めるのを待っているのではないか、と。
実際、イスラフェリオの狙いはその通りだったのだろう。ライガの覚醒から一週間程前、彼が遂に不動を破った。
イスラフェリオは五千の軍を率い、カヴァリエリからソレイユ王国モルガンへと南下した。先の戦役での玉砕から敗残兵を掻き集めたのだとすれば、それなりに大きな規模ではある。それまで「蠍」を使い、各地で諜報や小規模な破壊活動を繰り返していた事とは比べ物にならない。
この鎮圧に派遣されたのが、ドーデムの率いるファタリテ騎士団一万だった。現在彼らは、モルガン近郊で睨み合いを続けているという。
リクトは、ライガを連れて彼の助太刀に行くようテレサ先帝妃に命じられた。目的は、早い段階でドーデムに「ネイピアの層状孤児」の存在を認めさせる為だ。それは先日ネイピアの村で回収した魔導具について──その中に収められていた栄光の手について、調べる為でもあった。
オルフェからガルドラボークを借りたリクトはそれを隅々まで読んだものの、結局その中に人体を呪物化する魔術に関する記述は発見出来なかったそうだ。他人事のようだと言われるかもしれないが、ライガには自分が晩年ガルドラボークに記述した事について記憶はなく、記録していない魔術については最早想像する事すら難しいので仕方がない。
但し、手掛かりはなくなった訳ではなかった。
エロイス、ニースが報告したような、遺体から作られた、死霊化術を中和する物質については作成の記憶はないが、遺体から魔導具を作り出した事はある。それが、死霊化術を一対多で行う為の魔杖オムグロンデュだった。
事実を知った者たちからは悍ましがられたが、オムグロンデュは帰らずの地に打ち捨てられた建国戦争時の怨霊から作成した。帝祖テオドールを苦しめ、戦いを泥沼化させた「地獄の季節」の際、百年前の死霊化者の禁術により流し込まれた感応が深く息づいている生ける屍を、ライガは解体し、自身の強烈な感応──嘆きと憎悪を以て再構成した。
それを使用していた頃のライガは気付かなかったが、ややもするとその時点で、オムグロンデュには死霊化術に対抗し得る能力が秘められていたのではないか。あの杖をもう一度調べれば、栄光の手が発揮した未知の効果について、何らかの手掛かりが得られるのではないか。
その為に、杖を共に埋葬した先代ファタリテ騎士長、ロディ・エルヴァーグの墓を掘り起こさねばならなかった。勿論それは、幾らフォルトゥナといえども勝手に行っていい事ではなく、ドーデムの許可が必要だった。
「新生ジフトが君の魂に境界転生の術を施した疑いが出てから、僕は各地で層状孤児の噂を聞く度に出向いて調査を行ってきた。中には間違いも多かったし、人為的でなくプログラムが誤って発生させたものは、その都度除霊に努めてきたけれどね。しかし無論、それらの魂が過去世で誰のものであったのか、突き止める事は容易ではない」
リクトは、憂いを帯びた声でそう語った。
「ドーデムは、ガラルが──城から里子に出された子供が層状孤児ではないかという疑いが出た時に、抹殺を主張した。今回は特に、層状孤児となっている魂が君のものである可能性が高かったから」
「当然、疑惑は晴れた訳じゃないよな? お前は俺を──ガラルを、城へと連れて帰った。その上、この一件を知る者たちには、まだ俺がライガだったという事について伏せたままだ」
リクトやシアリーズ以外の皆の中では、まだ自分は「隕命君主なのかそうでないのか分からない子供」であり、潜在的な脅威のままなのだ。オルフェも対面の際はにこやかに接してくれてはいたものの、内心では決して自分に気を許そうとはしていなかったかもしれない。
──疑わしきは、取り返しのつかぬ事になる前に排除すべし。
ロディの頃からファタリテにはそのような思想の傾向はあったが、ドーデムもやはりその例外ではなかったという事か。
「ドーデムには殺されたくないな。俺を目の敵にしていたあいつの事だ、どんな風に嬲り殺しにされるか、分かったもんじゃない。けど、前も言った通りお前が今後、新生ジフトとの戦いの中で俺の存在が危険だと判断したら──」
「それはもう言うな、ライガ」
リクトは、ネイピアの時と同じように首を振った。
「僕はリィズを、これ以上泣かせたくはない」
「なら、お前がリィズに寄り添ってやれ。それは、お前の役目だろう」
ライガは帰還後、シアリーズと話し、彼女がまだリクトと婚姻を結んでいない事を知った。リクトが皇帝でなく、フォルトゥナ騎士団の長となっていた時点でその事には薄々気付いていたが、直接聞かされるとずきずきと胸が痛むのは如何ともし難かった。自分が死んだ事、間もなくアルフォンスも亡くなってフォルトゥナ騎士長の席に空白が出来た事でリクトもシアリーズもそれどころではなくなった、という話だったが、やはり「だからといって何故」という思いは変え難かった。
シアリーズは、まだ自分をそのように想っていたのか。友を苦しめ、父親の命を奪い、酷い裏切りを行った自分の事を──。
「ライガ」
リクトの声が、そこで微かに震えた。
「リィズは、僕じゃない、君の事が……!」
そこに、微かな怒気すら孕まれたような気がした。しかし、リクトはそこで言葉を切り、ぐっと押し黙る。やがて、ふうっと長い息を吐き出した。
「やめよう。僕が今言いたかったのは、そういう事じゃない」
「リクト……」
「必要なんだ、ライガ、君が」
彼は、自分の前に座るライガの目を真っ直ぐに見つめてくる。子供の背丈のライガは、顎を上げて高い位置にある彼の双眸を見上げる。彼は、殊更に韜晦しようとする態度には見えなかった。
「リィズの為だけじゃない、僕自身にとっても」
「……騎士長としての、か?」
ライガは声を潜め、彼に問う。
「ああ」
「俺はきっと、この先も死霊化術を使うぜ。あのイブン・ソニアやキルヒム・アサップに対抗する為に、俺に出来る事はそれしかないから」
「それでもだ。たとえ君が死霊化者、隕命君主だとしても、僕には君の力が居る。僕は──たとえ皆から求められても、常に英雄でいられる訳じゃないから」
リクトの独白のような言葉に、そうかもしれない、とライガは思う。
自分が完璧ではないように、リクトも完璧ではない。シアリーズもそうだったのだから、自分の居ない六年間、リクトが苦しまなかったはずがない。それでも彼は、英雄である事を求められ続けてきたのだ。後輩のエロイスやニースも居たのだし、彼らの手前、情けない姿は見せられないと気も張っていただろう。
(こんな俺の力でも、まだこいつの為に使えるなら……)
ライガは考える。
それが罪滅ぼしになるなどとは無論思わないが、ならば自分が蘇った事にも、少しは意味が生まれるだろうか。
「分かったよ、リクト」
ライガは、微かに笑みを浮かべてそう言った。
「お前の為にも、ちゃんと生きてやる」
「ありがとう、ライガ」
リクトは言うと、行く手を見据え、グラーネの背に手綱を当てて加速した。
礼を言うべきは自分の方だ、とライガは思った。




