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『リ・バース』第一部 第5話 Return with Reborns②

  ② リクト・レボルンス


 共同訓練場に入ると、数人ずつ集まって決闘(デュエル)形式で剣術の稽古をしたり、降霊術の練習を行ったりしていた騎士見習いたちが一斉にこちらを見た。

 皆、突然の事に緊張したかのように硬直したり、ひそひそと囁き合ったりする。滅多に訓練場には姿を現さない自分が、事前連絡もなしに入って来た事で皆動揺しているようだ。筆頭騎士長である聖光士(バロラント)が、自分たちがサボっていないかを抜き打ちで確認しに来たと思ったらしい。

 リクトは帝国の英雄として、多くの騎士見習いにとっての憧れの対象であると同時に、同じくらい多くの者からはかつての親友を討って称号(タイトル)を得たとして鬼の如く恐れられてもいた。

「やあ、これはこれは! レボルンス閣下!」

 今日の合同訓練で指南役を務めていたらしい、デスタン騎士団のネクアタッド・エミルス騎士長が挨拶してくる。彼はアルフォンスの代から、五大騎士団の中で唯一代替わりしていない騎士長だった。軍隊の規則上、アルフォンスの後継者となったリクトがフォルトゥナ騎士団を継いでからはかつて自分の上官だった者たち──アルフォンスの弟であるイザーク教官やヴォルノ副騎士長など──も恭しい態度を取ってくるようになったが、ネクアタッドについては一応同格という事もあり、幾分かその程度は低い。

「お疲れ様です、エミルス殿。……ああ、皆。私の事は気にせず、そのまま訓練を続けてくれ」

 リクトは騎士見習いたちに手を振ると、ネクアタッドに尋ねた。

「エミルス殿、エロイスとニースは何処に居ますか?」

「今丁度、腕状霊魂(ブラキオプネウマ)の招聘を練習しているところですぞ。やはり、あの二人の成績は文法(グラメール)降霊術(ネクロマンシー)共に群を抜いている。じきに、それぞれの適性属性魔術の最高技も修得に至るでしょう。閣下にお許し頂けるのであれば、是非とも我がデスタンに迎えたいものです」

 初めて共に任務に出た時から既に十四年が経ち、彼は五十代(サンカンタン)の末期に差し掛かっていたが、はっはっはっ、という豪快な笑い方は当時と変わっていない。

「人柄も誠実、見習いでありながら貴公が信頼に足る人物としてピックアップされたのも(むべ)なるかなというものだ。……磨羯宮(カプリコン)にも、ジブリ殿から報せが来ましたよ。どうだったのです、ネイピアの層状孤児(ストラトオルファン)は?」

「どう……とは?」

「本当にその子供は、ライガ・アンバースの魂を宿していたのですか?」

 ネクアタッドは、そこだけはさすがに声のボリュームを落とした。リクトは一瞬どきりと鼓動が強くなったが、動揺を(おもて)には表さなかった。

「……いいえ、まだ確信には至れていません」

 リクトは、偽りを口にした。

 テレサ先帝妃は、ガラルの身が白羊宮(エアリーズ)で預かられるという旨は他の四つの騎士団にも伝達するようにとジブリ公に伝えたらしいが、その身の内にライガの魂が宿っている事が判明し、それが既に覚醒状態に在るという事はまだ七人の間だけでの共有としよう、と仰った。

 当然だろう、稀代の死霊化者ネクロマイザーが復活したなどという風聞が万が一外に流れでもしたら、帝連中がパニックになる。それに、かつてのライガを知る者たちの間でも、彼が晩年に引き起こした数々の惨劇については様々な見方がある。

 特にファタリテ騎士団は、エルヴァーグ親子の一件で、ライガの存在は絶対に容認出来ないものとして捉えている。下手をすれば、後で裁きを受ける事も覚悟した上で誰かがガラル/ライガの暗殺を実行しようとする可能性も否めない。

 ネクアタッド騎士長はリクトの言葉を受けてやや眉を潜めたが、

「そうでしたか」

 こちらの立場を慮ってくれたのか、それ以上探りを入れるような事は口にしなかった。「よし!」と手を打ち、声量を元に戻す。

「少々待たれよ。今、エロイス君たちを呼んで来ますのでな」


          *   *   *


「ライガ──いえ、ガラル少年は?」

 白羊宮(エアリーズ)に引き返しながら、エロイスが尋ねてくる。

「今、シアリーズ陛下と一緒だ。六年間も会えなかったんだ、ライガとしても知っておかねばならない事が沢山あるし、陛下も彼に話したい事が山程おありになるご様子だ。一日や二日で語り尽くせるものではないだろう」

「いいんですか? 陛下は聖光士(バロラント)の婚約者でしょう?」

「だからこそだ。ライガは否定していたが、私は陛下の──リィズの気持ちには気付いている。今はそれを尊重してあげたい」

「そうですか……」

 そういうものなのだろうか、という(ふう)に、エロイスは言葉を濁す。

 ニースが、彼と交替するように口を開いた。

「今回の件は、あの黒服が持っていた魔導具(リゼルヴァス)についてですか?」

「ああ。ジブリ殿とイェーガーが解体したところ、予想外のものが出た。お前たちにも共有しておこうと思ってな」

 リクトは言い、無意識に眉根が寄った。

 ジフト戦役にライガによる帝連への反逆、その後相次いだアルフォンスらの死。今まで、戦場や凄惨な死体は見続けてきたつもりだった。だが、決して自分の感覚は麻痺している訳ではない。

 あの円盤状の魔導具(リゼルヴァス)の中から現れたものは、それを目にしたリクトやヴォルノに吐き気を催させるのに十分な代物だった。リクトは、ちっとも慣れないな、とやや自嘲気味に思うと共に、その事に若干の安堵を感じてもいた。

 白羊宮(エアリーズ)の一室には、結界が張られていた。自分たちが会合を行う間、秘密を共有していない者たちが誤って接近するのを防ぐ為だ。

 リクトと騎士見習いの二人は難なく通過する事が出来た。室内には、既にヴォルノとジブリ公、テレサ先帝妃が集まっている。つまり、シアリーズを除いた、リクトが秘密を共有すると決めたメンバーの全員が集合した事になる。

 アルフォンスの身内であったイザークは、七人に含まれていなかった。騎士見習いの頃から世話になったリクトに、彼への絶対的な信頼がないという訳ではない。しかしイザークは、兄が死亡してからというもの、老年というにはまだ早い段階でそれまでの活力が嘘のように衰えを見せ始め、三年前遂に大病を患った。

 幸いそれは乗り越えたが、尚も白羊宮(エアリーズ)で若き騎士たちの教育に携わろうとする彼をリクトは半ば強制的に引退させた。イザークは見習いの時分から自身の剣に教育(ルソン)の名を与えたように、いずれフォルトゥナを継ぐ兄の(もと)で後継者たちを教え導く事に生涯を傾け、妻子は持たなかった。それでもリクトは、

「先生に倒れられたら、誰がメルセデス殿を支えるのですか」

 そう彼を叱咤した。

 彼にはこれ以上、心に負担を掛けさせたくはなかった。彼はライガが死霊化者(ネクロマイザー)となった事について、またその力を以て生み出された怨霊(ルブナン)呪い(カース)によりアルフォンスの命を奪った事については、感情的な発言はしなかった。ロディやドーデムのように彼を絶対悪と断罪するのでも、兄の信じた者として彼を庇うのでもなく、あくまで中立的な態度を貫いていた。

 だが彼が、ライガの復活を知って、何も葛藤しないはずがない──。

「エロイス、ニース」

 自分の後に続いて入室した若者たちに、テレサ先帝妃が声を掛けた。彼女は、部屋の中央のテーブルに置かれたものを示しながら言う。

「これをご覧なさい」

「失礼致します、陛下」

 若者二人は一礼し、テーブルに歩み寄る。

 途端に、彼らの喉の奥からうっという呻き声が零れた。ネイピアの村で死屍累々たる有様を──イブンの使役した腐りかけの死体の群れをも──目撃した二人ではあったが、リクトと同じく、見た事があるからといってそれに対する嫌悪感が緩和される訳ではないらしい。

 魔導具(リゼルヴァス)の中から取り出されたものは、死蝋化した人間の手だった。乾燥し、取り出された時に崩れたのであろう、広げられたシートの上に大小の破片や粉がぼろぼろと散らばっている。

 リクトの位置からでも、食酢(ビネガー)のような酸臭が鋭く鼻を突いた。

栄光の手(シニストラ)……」

 ニースが呟くと、ヴォルノが「ああ」と応じた。「まさしく、左手(シニストラ)だ」

「何だよニース、栄光の手って?」エロイスが尋ねる。

「北方諸国の文化で、殺された罪人の手を切って酢漬けにしたものだ。シニストラという言葉には、『邪悪』の意味もあるんだってさ」

 ニースの言葉に、テレサが「さすがね」と一つ肯く。

「あなたたちが目にした、死霊化術(ネクロマイズ)を打ち消した粉塵のようなもの……どうやらそれが、この死蝋から削られた破片だったみたい」

「成分の分析は──」

「ジブリがもうやってくれたわ。見ての通り、人間の死体で間違いないって」

「単なる(しかばね)が、降霊術(ネクロマンシー)の効力を発揮するとは思えません」

 ジブリ公が注釈した。

「しかし、類似のケースであれば我々もよく知っています。死霊化術によって殺害され、怨霊化された者たちの肉体──生ける屍(リビングデッド)です。ライガ・アンバースの率いていた魔群(レギオン)のように、死霊化術に命を奪われた魂の入れ物に、術者と同じ魔術が刻まれる事はある」

「し、しかし」ニースが容喙した。「ライガ殿が討たれた時点で、世界には死霊化術に対抗し得る(すべ)は存在しませんでした」

「その通りだ。だがそれ以前に、これは生ける屍(リビングデッド)の体の一部ではない。成分分析と同時に、これに如何なる形でも魂が宿っていない事は確認済みだ」

 リクトは言い、「近づきすぎるな」と若者たちに注意を促した。「あまり、その粉を吸い込まない方がいい」

 誰の亡骸であるのか、という事は、最初に見た時に真っ先に考えた。

 一瞬、リクトはこれがライガの死体ではないか、と思い、すぐに何を馬鹿な事を考えているのだ、とその考えを打ち消した。ライガの遺体は自分が責任を持って引き取り、荼毘に付した。彼の体が灰になるところは確かにこの目で見届けたし、遺灰は自らが集めて壺に収め、埋葬した。

「つまり、この死体自体が既に何らかの術を施され、呪物になっているという事だ」

 リクトは続けた。

「魔術の主はこの死体ではない、別に居る。あの黒服に手掛かりがあるかとも思われたが、遺体を調べても身元を示すようなものは何も発見されなかった。……正体を聞き出す前にライガが奴を殺した事について、迂闊だったと彼を責めるような事はどうか控えてくれ。お前たちの話を聴く限り、あの時は恐らく私でも、黒服を止めるには命を奪うしかなかっただろう」

「申し訳ありません、我々が未熟だったばかりに……」

 殊勝に頭を下げるニースを、リクトは「よせ」と止めた。

「この魔導具(リゼルヴァス)を持っていた時点で、ライガですらどうなるかは覚束なかった。お前たちが危機に瀕していようがいまいが、結果は変わらなかったはずだ」

「要するに、現状は()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事ね。けれど、調べるべき事はまだ残っているわ」

 テレサは言うと、一同を見回して手を打った。

「ヴァイエルストラスの惨劇の後、帝国から姿を消したライガが、討伐されるまでの間に何をしていたのかはまだまだ謎が多いわ。今ガラル少年の体に居る彼は記憶を失っているようだし、彼が実は死霊化術を無効化出来る魔術について研究をし、それを実現していた可能性も決してないとは言い切れない。

 リクト、ライガが生前に作成していた魔導書ガルドラボーク──口に出すと恥ずかしい名前ね──は、アレイティーズと一緒に埋葬はされなかったのよね? 魔杖オムグロンデュや死天使シュラと違って、あれに書かれている事は今度の魔術研究に大いに役立つ事だったのだから。オルフェがまだ持っているだろうから、宝瓶宮(サダルメリク)に頼んで貸して貰いなさい」

「承知しました、陛下」

「ヴォルノは、念の為帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)の再調査について立案を。消えたと思っていた死天使シュラは、再び姿を現した。もしかしたら他にも、ライガと共に蘇った魔群(レギオン)が存在するかもしれない。その中にこの栄光の手(シニストラ)と同じように、呪物化された生ける屍(リビングデッド)が居るかもしれないわ。

 それに──元が本物の死体である以上、これが左手だけであるとは思えない。右手(デクステラ)も、他の体の部位もあるでしょう。それを探す事で、黒服の死霊化者たちの正体にも近づけるかも」

「はっ」ヴォルノが応じる。

「これ以上、世界を混乱に巻き込ませる訳には行かないわ。いえ、新生ジフトが動いたからには否応なく巻き込まれるでしょうが、決して私たちがパニックを起こしちゃ駄目。度重なる戦いの末に、やっと掴み取った平和よ。これが壊れる事を許してしまったら、犠牲となった者たちが浮かばれないわ」

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