『リ・バース』第一部 第5話 Return with Reborns①
○登場人物
・ガラル・バング…ライガの魂を宿す層状孤児。
・エッガ・セル…ファタリテ騎士団副騎士長。
・ペネロープ・イタキ…ドーデムの秘書。
・ラナ・ピックルス…カルマ騎士団副騎士長。ノレムの婚約者。
・アンターク・ピックルス…カルマ騎士団先代副騎士長。ラナの父親。
・リムゲイ・ウカノフ…新生ジフト軍軍師。
・ドラウ・ボン…新生ジフト軍非公式部隊「影」。
① イスラフェリオ・イスラフェリー
「聖体を奪われたか……」
呟くと、目の前に傅く死霊化者、浮遊霊姫イブン・ソニア「は……?」とは怪訝そうに声を漏らした。
「ああ、その魔導具の名だ。現状、世界に存在する魔導具の中で最も危険な部類に含まれるもの故、聖光士がその性質を突き止めぬ事を期待するしかあるまい」
ソレイユ王国、商業都市モルガン近郊。
百三十本の川が注ぎ込み、また流れ出すブール湖の畔に点在する商業都市群の中で最大の規模を誇るモルガンは、盛んな水運業により大陸の北側諸国間の貿易に於ける中継点となっている。ここを勢力下に置く事は、来る帝国への侵攻に際し、ジフト本国からの補給を受ける上で重要な事だった。
旧ジフト公国、カヴァリエリの街は自分たちに味方した。ここを足掛かりに、首都ヴァイエルストラスを奪還する。それを成し遂げる為にも、まずはモルガンを手中に収めねばならない。
帝国に送り込んでいた「蠍」たちが帰還したのは、まさにその攻略作戦を立てている最中だった。
「申し訳ございません、殿下。やはり、フー・ダ・ニット、アノニム・アノニマスに任せるには荷が勝ちすぎたようです。適性文法の最高技すら、満足に修得出来ていない未熟者どもに」
「いい、イブン。彼らはまだ若い、失敗は成長に付き物だ」
「しかし、任命責任は私にあります」
「確かにお前は大人だ。しかし、なればこそ余計に気に病むな。ただそこから教訓を得、次の試行を行えばいい。それが、経験者の特権というものだ」
実際にイスラフェリオは、そこまで怒りを覚えてはいなかった。今回の隕命君主復活にしたところで、層状孤児となった彼の魂の覚醒も、その後催眠術でこちら側に引き入れる事も、一発で成功するなどと期待していた訳ではない。
復活した史上最強の死霊化者を、純然たる兵器として使用する。催眠術はあくまでその準備であり、目的の達成にはあの魔導具が──「死に至る灰」の存在が不可欠だった。
(しかし、聖体はまだ一つが手元に残っている)
「畏れながらお尋ね申し上げます、殿下」
イブンの横に跪いている絶霊喰鬼、キルヒム・アサップが開口した。
「我々の預かった例の魔導具──聖体とは、一体どのような性質のものなのでしょうか? フーらの報告にあった黒衣の死霊化者──『影の部屋』なる降霊術を使用する男は、その用途を理解していたといいますが」
「………」
イスラフェリオはやや口を噤み、考え込む。キルヒムはこちらの気分を害するような事を言ったか、というように背筋を硬直させたが、イスラフェリオはすぐに「見ての通りだ」と言った。
「攻撃に当たっては、単に出力の極めて高い兵器。防御に用いる場合は、現状世界で唯一の死霊化術を防ぐ事の出来る盾。無論、作成したのは私ではないので、原理的な事については説明を求められても困る。今回お前たちに託したのは、魔導具本来の性質である魔物を引き寄せる効果が最も高かったからだ。死霊化術を防げるという事について説明しなかったのは、現在死霊化術を戦術に取り入れている勢力は我々のみであるから。このような説明では、不足か?」
「いえ……」
「黒衣の死霊化者については、私も知らぬな。恐らく、聖体の開発に携わった者たちの関係者であろう。聖体の入手経路については、ウカノフに改めて聞いておくとしよう。組合の職人連中が裏切っているなどという事があれば、今後作戦行動を行うに当たって大事だからな」
イスラフェリオは、「報告は以上か?」と二人に聞いた。
「ならば、下がっていい。次の任務については、追って言い渡す」
「御意、ヴォートル・アルテス」
イブン、キルヒムは声を揃えて返事をし、一礼して去った。
* * *
川向こうに陣を張る帝連軍、ファタリテ騎士団と睨み合いを続ける新生ジフトの兵士たちが列を成す後方で、軍師にして強力な降霊術者、破戒僧正リムゲイ・ウカノフは双眼鏡を使っていた。イスラフェリオが天幕を出て歩み寄ると、彼はそれを顔から下ろし、貴族式の敬礼をしてくる。
「状況は?」
「依然、膠着状態が続いています。ファタリテ騎士長ドーデム・ヤーツは、我々の物資が尽きるのを待つ作戦のようです」
ウカノフは報告してくる。
「持久戦となっては、こちらが不利です。カヴァリエリからの次の補給が到着するのは、早くても半月後となるでしょう」
「分かっている。それでこちらが痺れを切らし、仕掛けるのを待っている事も」
大した自信ではないか、とイスラフェリオは思う。先のジフト戦役で、イスラフェリオは彼と──更に言えば先代のファタリテ騎士長である匍匐獅子、ロディ・エルヴァーグとも直接剣を交えた事はなかった。
死霊化術を解禁した自分たち新生ジフトだが、確かに敗残兵の集まりだという指摘については否定出来ない。父ブラウバートの率いていた旧ジフトにしても、たとえ帝連に隕命君主が出現しなかったとしても、北方の肢国数ヶ国が合併した小規模な新興国家が大陸を支配する一大勢力と長期に渡って戦い、本当に勝利出来ると考えていたのかは覚束ない。まあ、父の目的は帝連の完全打倒ではなく、自分たちの独立を彼らに認めさせる事だったのだが。
帝連軍の規模は、物量、実力共にジフトを遥かに凌駕している。イスラフェリオ自身も強力な魔剣士ではあるが、兵士の数で押されれば自軍に少なからぬ損害が出るだろうという事は想定していない訳ではない。
統制の取れた、自分たちよりも多くの戦力を誇る相手を下すには、指揮官を討ち取って命令系統を乱すのがセオリーだ。敵将ドーデムも、当然それは理解しているだろう。その上で彼が、自らの命を奪いにイスラフェリオが仕掛けて来る事を待っているのだとすれば、
(やはり、自信があると見ていいのだろう)
イスラフェリオは思い、背に負った両手用大剣の柄に無意識に触れた。
ところで、とウカノフが言った。
「双頭は、どのような報告を?」
「ライガ・アンバースの復活は恙なく成功したらしい。けれど、催眠術を施すまでには至らなかったそうだ。今、あの者は聖光士によってユークリッドへと連れて行かれた」
「例の『影』は──」
「手違いがあったらしく、『蠍』たちと邂逅してしまった。ドラウ・ボンはライガに殺され、聖体は奪われた」
イスラフェリオは、「支配」の名を持つ愛剣の柄をぐっと握り締める。
イブン、キルヒムに語った言葉は、全てが偽りという訳ではない。聖体を作成したのはランペルール公国時代からの商工組合ではないが、実際に自分にそれを譲渡した人物の正体が何者であるのか、イスラフェリオは知らない。その者は自らをジフトの信奉者だと名乗り、顔も晒したが、恐らく変身術が使われていたのではないかと思っている。
得体の知れない人物に与えられた魔導具を使用する事に、不安を覚えなかった訳ではなかった。しかし、その人物は確かに自分たちに協力してライガの魂を境界転生により呼び戻したし、聖体の放つ物質「死に至る灰」が死霊化術を掻き消す光景をイスラフェリオは確かに見た。
「『影』が殺されましたか……遺体から我々の技術について調べがつくと、厄介な事になりますね」
「ひとまずは様子見しかないだろう。ドラウ・ボンは死んだが、その前に奴がフーらに攻撃する場面を、聖光士の部下が目撃している。『影』自体存在を知る者は多くないし、暫らくの間は奴と我々の繋がりについては露見しないはずだ」
イスラフェリオは言い、もう一度対岸のファタリテの陣営を睨んだ。
自分が直接出ている訳ではないが、川沿いで小規模な戦闘は少なからず発生していた。互いに、補給を受けたり、相手への補給を妨害する為に部隊を離れたりした少人数を攻撃し合い、消耗を狙っている。
ドーデム・ヤーツは気の短い男だという話だ。こちらが痺れを切らして出るのを待っているのも、彼の方で短期決戦を望んでいるからだろう。それで居ながら向こうから仕掛けて来ないのは、同時に彼が味方の被害を最小限に抑えたいとも考えている為だろう。
「……なあ、ウカノフ」
イスラフェリオは、低く呟くように声を紡ぎ出した。
「聖光士はここにやって来ると思うか?」
「………」
軍師は、硝子玉のような眼差しで主君を見る。
「殿下の──赤峨王の力が健在であり、一騎士長を圧倒するものだという事が伝われば、或いは」
「そうか。……いいだろう」
イスラフェリオは身を翻し、右手に霊魂を纏わせた。
「ドーデムの望み通り、私が直接出てやる。実を言えば私も、そろそろ雌伏には飽き飽きしてきたからな。次世代の魔剣士とやらがどのような実力なのか、このドミナシオンを以て試してやるとしよう」
天幕に戻りかけ、ふと思い出してもう一度振り返った。
「ああ、そうだ。もう一つ、イブンたちからの報告があったぞ」
「何でしょうか?」
変わらず淡々としたウカノフに、イスラフェリオは口角を上げてみせた。
「我が甥、シュラ・イスラフェリーも復活したらしい」
本日より第五話「Return with Reborns」の投稿を開始します。「Reborns」は「リボーンズ」と「レボルンス」のダブルミーニングで、前者の場合「帰還、そして再誕」、後者の場合「レボルンス(リクト)と共に帰る」になります。今回からまた現代編です。
今回、やっと新生ジフトの指導者であるイスラフェリオが登場しました。ジフト出身者に時折見られるイスラフェリオ・イスラフェリーやアノニム・アノニマスといった名前はふざけている訳ではなく、現実のトスカーナ大公国(イタリア)でも長男の名前をファミリーネームの単数形にする、という事例があった事に由来しています(ガリレオ・ガリレイなど)。繰り返すように、『リ・バース』の世界観には特定の国のモデルはありませんが、帝国の文化の中心がフランスに近いとすれば、ジフトはややイタリア寄りです。この理由については後日説明する事になると思います。
第五話、第六話で一巻分は終了します。ここまでお読み下さりありがとうございました。




