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『リ・バース』第一部 第4話 His Punishment⑮

「舞い踊れ……」

「ライガ?」

 リクトは目を見開く。最下級技──威力は低いが、詠唱が短いので手数で攻めるにはもってこいだ──の詠唱。しかしライガの唱えたそれは、まだ彼の修得に至っていない水属性のものだった。

 ──彼は、既に六属性の文法(グラメール)を使用する高位者(アデプト)だ。だから残り二属性、水と雷も理論を理解して練習を重ねれば使用出来ない事はないだろう、と推測する事は可能だったが、魔術に絶対は有り得ない。彼の今使用出来ない二属性への適性は、それ以外の部分で天才的な能力(スペック)を発揮する彼にとって、数少ない致命的な弱点である可能性も否定は出来ないのだ。

「スプラッシュ!」

 案の定、暴発が起こった。彼の(てのひら)から、四方八方に飛び散るように細かな水飛沫(しぶき)が放たれる。なまじ出力が高いだけに、魔物に当たらず地面に落ちたそれらは小爆発を起こし、辺りに衝撃を散らした。

「ライガ、今は魔術の練習をしている場合じゃ──」

「スプラッシュ!」

 リクトの声に耳を貸さず、彼はまた水飛沫(スプラッシュ)を放つ。再び暴発し、彼の近くに居た訓練生たちが蹈鞴(たたら)を踏む。

 とはいえ、効果(パフォーマンス)がない訳ではなかった。あくまで偶然にも群がる魔物に命中した攻撃は、その頭部や胴中央──心臓を一撃で貫き、それらを骸へと変える。オルフェとマロンが相手をしていたペトスコスも、(もた)げていた頭部を側面から貫かれ、空中に一筋血を飛沫(しぶ)かせて身を横たえた。

「おい、いい加減にしないか!」

 マロンが、業を煮やしたように彼に叫ぶ。しかし、その時ライガは既に三発目を放っていた。「スプラッシュ!」

 バトラスは、彼の撒き散らす形を成さない魔術から逃れようと(まろ)ぶような足取りで駆け回っていた。その踵でまた水の断片が()ぜ、彼は翻筋斗(もんどり)打つようにして一体のペトスコスの前に転がり出た。

 あっ、と、リクトが叫んだ時には遅かった。

 ペトスコスの大口が、バトラスの頭から胸にかけて一気に喰らいついた。固く閉じられた顎の隙間から覗く彼の下半身が、びくりと痙攣する。ペトスコスは頭を振りながら、その体をゆっくりと呑み込んで行った。

「局長が食われたぞ!」

 誰かが叫んだ。リクトは目を見開き、ライガの方を見る。

 彼は、バトラスを呑み込んだ魔物に対し、冷ややかな一瞥をくれただけだった。無言で何らかの魔術を──よく見えなかったが、恐らく風切り羽(フェザースラッシュ)空気切断(エアカッター)だと思われる──放ち、その魔物の頭を無造作に刈り取る。

 そして、また水飛沫(スプラッシュ)を詠唱した。今までの三発で何となくコツを掴んだのか、今度は幾分か拡散が抑えられている。

 学問所時代から自分の使用出来ない魔術に対しては貪欲で、幾度も練習を重ねていたライガだ。今三度試しただけで、それが操作性を向上する練習になったという訳ではないだろう。恐らく、今日までの二日と少しの間に実際にネクアタッドらが発動するところを見た事で、書籍を読むだけでは不十分だった理論の理解が「自身のセンスで感じ取る」という形で行われたのだ。

 だが──。

(ライガ、君は……)

 リクトは、バトラスの呑み込まれる直前にライガの放った不安定な魔術を思い起こし、浮かびかけた考えを「まさか」と自ら否定した。

 ライガの不安定な魔術が、暴発してバトラスに当たりかけた。バトラスはそれを避けようとし、転倒して魔物の眼前に飛び出した。半ば半狂乱で逃げ惑っていたバトラスだ、遅かれ早かれこうなっていた可能性はあるが……

(何を考えているんだ、僕は!)

 リクトは我に返って(かぶり)を振り、余計な考えを追い払った。

 邪推だ。そう自分に言い聞かせようとした。

「ラジエーション!」

 光線を放ち、一体の魔物の胴を射抜く。他の訓練生たちは、バトラスが無残に食い殺された事に動揺を禁じ得ないような表情を湛えて動きを止めていたが、リクトが再起したのを見るや各々(おのおの)に戦闘状況を再開する。

 誰もが、ショッキングな出来事の中でも自らのペースを崩さず、戦い続けるライガの事を、やはり魔剣士として優秀な彼は精神力が凄まじいのだと解釈しているようだった。リクトはその事に対し、安堵を感じているような自分が居る事に気付き、はっとせざるを得なかった。

 後方で、ドボーン! という鈍い水音が鳴った。

 振り返ると、ネクアタッド騎士長の「エターナル・パニッシュメント」に閉じ込められていたイピリアが全体を湖面に露出させていた。デスタンのローテーションは完璧だったが、やはり戦闘中は、詩文(ヴァース)を噛んで魔術の発動に手間取るなど、イレギュラーは少なからず起こる。

 それに、攻撃回避率(エヴァーション)や状態異常効果の自然消滅時間などは「幸運度(セレンディピティ)」というれっきとした一ステータスであり、プログラムによって魔物に付与されたものだ。どのような手練れの戦士でも、それによって相手に機会を与える事はある。

 イピリアは、その隙を無駄にはしなかった。

 咆哮と共に、魔方陣が展開される。あの予備動作は、昨日も猛威を振るった魔物専用魔術、デリュージング・ゲリラ──。

「エミルス殿!」

 リクトは、戦闘音の中、恐らくここからでは聞こえないであろう声で騎士長に叫んでしまう。騎士長は叫ばれずとも分かっていただろうが、派生技(アディショナル)はまだ冷却時間を完了していなかった。

 ライガは、湖で起こっている事に気付くや否や動いていた。もう大分安定した水属性術を乱射しながら、騎士団が防御の構えを取る主戦場へと走る。

「ライガ──」

 ヴォルノが、彼に気付いて何かを言いかけた。しかしライガは、それに耳を貸す事なく詠唱を行う。「変幻の権化よ、一筋の(やいば)となりて断ち流せ……ハイドロブレード」

 いきなりそれは無茶ではないか、と思ったリクトだったが、一度コツを掴んだ彼の成長速度は凄まじかった。水属性術の斬撃系統技は、やや形が崩れてはいるものの騎士団の第一班の者たちと遜色のない精度でイピリアへと飛ぶ。

 魔物の魔術が発動する直前、ライガの水の剣(ハイドロブレード)がその眼球のすぐ下に当たった。魔物は怯みを──行動遅延を発生させ、発動しかけの魔術は中断される。

 デスタンの魔剣士たちは、ヒットすれば必ず遅延(ディレイ)となる死角からの攻撃を誰が放ったのか、確かめようと視線を一斉に水路の方へと集中させた。しかしライガは、それで重圧を感じるような事はないようだった。

「……俺にだって、出来ないはずがないじゃないか」

 微かな独白が、リクトの耳に届いた。

 ライガは湖の(ふち)まで躍り出ると、またも詩文(ヴァース)を唱え始めた。

「滔々と侵し(きた)れるもの、(いか)き波濤の(いただき)(いま)すもの……」

 それは紛れもなく、

「……()が咎を御手(みて)に委ねん」

 水属性術最高技だった。

「パニッシュメント!」

 ──魔物の頭に、水の塊が飛んだ。

 魔物は先程の水の剣(ハイドロブレード)を飛ばしたのは誰だ、というかのように、遅延から立ち直りつつライガの方を見る。必然的に、こちらに居る訓練生たちもイピリアの一睨みを浴びる事となり、リクトを含め誰もが蛇睨みに遭った蛙の如く身を竦ませた。が、それは過剰な怯えというべきだった。

 ライガの射出した水の塊は、イピリアの頭部を包み込み、やがてシャボン玉が弾けるかのように破裂した。水と共に、破砕された魔物の肉片や血液が湖畔に散る。呆気ない程あっさりと、イピリアは絶命し、水底(みなそこ)に沈んで行った。

 そこで、さすがにライガにも限界が訪れたようだった。

 張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように、彼はよろよろと後退し、手にしたアルターエゴを地面に突き刺した。それに縋るように、がくりと(くずお)れる。

「ライガ!」

 リクトは、彼に駆け寄ってその背を支えた。

「リクト……」

「無茶のしすぎだ。一騎士見習いが、僭越というものだよ」

「すまん、リクト……もうしないよ」

 ライガは荒い呼吸の中で、本当に懲り懲りだというように弱々しく微笑んだ。

「実戦はやっぱ違げえや……ああ、もう二度と、こんな事はするもんか……」

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